2.5


入部二日目。3対3の試合を終えて主将に肉まんを奢って貰った後の帰り道。山口とは既に別れていて僕と名前はまだ少し歩きなれない道を並んで歩いていた。

「影山くんのセットアップ。やっぱり間近で見ると全然違ったね。音がしないぐらい静かで綺麗なんだけどトスが上がる瞬間に、こう…『フワッ』て音が聞こえるみたいでさ。フォームも綺麗だからギリギリまでどこに上がるかわからないし!…それに加えて日向くんのあの速攻!普通の人なら絶対にできない攻撃だから更に映えるし、神業≠チて思っちゃうよね。…あれを止めるにはコミットで一人ブロッカーをつけた方が効果的なのかな…」
「…………」
「今度の青城との練習試合ではあの速攻をどうやって使うかがポイントになりそうだよね…向こうは影山くん単体を警戒してるっぽいからあんな条件を出したんだうけどさ」

僕の隣。頭一つ分程下にある所から息つく間も無く、そして言葉を挟む暇も無く語り続ける幼馴染の声が聞こえる。
普段はその見た目から『物静か』とか『クールで大人っぽい』とか言われている彼女だけど、それはただ『人見知り』から来る静かさであり、ことバレーに関しては、昔から聞いているこっちが引くくらい食い付いて饒舌に語り続けるものだから周りのその評価は取り下げた方がいいと思う。
彼女は単純に、バレー馬鹿なのだ。

「まず練習試合に日向も出れるとは決まってないデショ。…それに、コミットで飛んでもあのハエみたいなすばしっこさだと大抵は無理だね…一歩でも遅れればアレには追いつけないし、ムキになれば囮として引っかかる。王様のゲームメイクは不本意だけど優れてるし、まさに奴らの思うツボ」
「…今日の蛍みたいに?」
「名前??」
「ハハッ、図星だ!」

睨みながら彼女の名前を呼んだものの、名前には通用しなくてただ笑われてしまう。…ケラケラといつもよりテンションが高めな声なのは、やはり今日の試合を見たせいだろう。
コート上の王様≠ニ呼ばれる影山飛雄。彼と共に僕らを負かした、チビで下手くその日向翔陽。…不本意ながらもこの二人と僕らは今日から同じ部活のチームメイトになった。
中学時代からよく噂を聞いていたあの王様≠ニ同じ部活に入っただなんて…実は未だに信じられていない。
認めたくはないがアイツの実力は確かなものだし、県内随一の強豪校の白鳥沢学園≠ゥ、彼の出身中学者が多くいる青葉城西高校≠ノ進学すると思っていたから、まさかこの学校で出会うとは夢にも思っていなかったのだ。…まあ、今更何を言ったところで変わることはない現実であることは理解している。

「確かに影山くんのゲームメイクはすごかった…というかあの精密すぎるトスがすごいよ。機械みたいに寸分の狂いもないし………いや?それを打つことのできる日向くんもすごいのか??」
「………」

再び王様達のプレーを思い出して真剣に考え込んでしまった様子の名前。…こうなった彼女は自分の世界に入り込んでしまい暫く周りのことが目に入らなくなる。現に今、ブツブツと口を動かしながら歩いている道の先に電信柱があることに気付いていない。

「日向くんの速攻を効果的に使う為のポジション…そしたらやっぱり最初はレフトでもライトでもなくて…」
「名前!」

あと数歩、そのまま進めば彼女の顔は電信柱に突っ込むという寸前でその腕を掴む。
ガクン、と後ろに傾いた名前の身体を自分に引き寄せると何が起こったかわかっていない彼女の頭はそのまま僕の胸元にぶつかった。

「えっ、…えっ?!ごめん蛍!大丈夫?!」
「本当バカ…」

思ったよりも勢い良くぶつかった名前の頭に鈍い痛みが響く。それに耐えながら漏らした声は随分低くて、さすがの名前も焦ったように僕のことを見上げていた。

「バレー馬鹿なのはいい加減慣れたけどさ、もっと周りには注意しなよ。特に外では」
「は、はい…」
「こっちの身がもたなくなるよ…全く」
「ごめん…いやほんと石頭でごめん」

僕が怒ってるのはそこじゃないんだけどな。
少し見当違いなことを謝る名前に思わず溜め息が溢れる。そして、掴んだままでいた彼女の左手を握り直しそのまま歩き出す。

「……あ、あの…蛍さん?」
「何」
「…この手は、…一体なんでございましょうか」
「何その言葉遣い…。またさっきみたいに電信柱に突っ込まれたら堪らないからね。先に掴んでおこうと思って」
「………」
「今さら照れることじゃないデショ」

指と指の間を深く結ぶように繋いだ手。久々に触れたその温度は、ジワジワと熱を生み出してお互いの体温を上げた気がする。

「…ねえ、蛍ちゃん」
「何…ていうかもうその『ちゃん』付けやめてよ」
「耳赤いよ」
「…………」

こいつは…。緊張感も甘いムードも全部壊すような名前の一言に自然と足が止まる。
その瞬間、トン、と背中に小さな衝撃が当たり名前も足を止めたことがわかった。
眉間に皺を寄せながら、睨むように振り返って見ると…僕と同じように頬を赤く染めて、それでもどこか嬉しそうにしている名前の笑顔があった。

「ヘヘッ。蛍、頬っぺも真っ赤だよ?」
「……名前も。人のこと言えないぐらい顔赤いよ」
「そう?…いや、蛍は首まで真っ赤だ。自分から繋いで来たくせに」
「うるさい。……ほら、早く帰るよ」

「うん!」と嬉しそうに頷いた名前と今度は歩幅を揃えて歩き出す。少しだけ繋いだ手に力を込めた。

僕の隣。先ほどよりも距離が無くなった二人の間で繋いだ手が揺れている。
今彼女が嬉しそうにしているのは、バレーのことじゃなくて僕が理由だ。
王様でも日向でも無く、僕自身。
…さっきまで静かに嫉妬してただなんて、おそらく名前にはバレていることだろう。
でも今、名前が幸せそうに笑っている理由が僕であること。それだけでとりあえずは許すことにする。

……嫉妬してただなんて、口が裂けても言ってやらないけどね。






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