rest in piece


※転生パロ




彼と出会ったその時、『あの時』の事をすべて思い出した。


「名前、それは僕がやるから君はこっちを宜しく」
「あ、うん。わかった」

放課後の教室。黒板に残された数式を消そうとしていた私の手から黒板消しを奪い取りベルトルトはそう言った。背の高い彼は私を上から見下ろすようにしていて、私はそんな彼を文字通り仰け反りながら見上げていた。それから彼の言葉に頷きを返し渡された日誌を書く為に自分の座席に座る。既に彼によって半分以上が書き込まれていたそれは、あとは今日一日の感想と私の名前を記入すれば終了するようになっていた。

こういうさりげない優しさに胸の奥が擽られたような感じが生まれる。それは今も…『昔』も変わらない、私が思う彼の好きな所だった。

「名前、それは僕がやるから……君はこれをお願い」
「え?でも…これは私が教官に頼まれたから…」
「……そんな危なっかしいの僕が見てられないんだ。だから名前はこっち」
「……ありがとう」


遥か遠い昔の記憶でも彼は今みたいに私に代わって高い部分の仕事をしてくれた。あれは確か、教官に兵法講義で使った資料を本棚に戻すように言われて、その一番高いところに背の届かなかった私が安定感の無い椅子を無理やり踏み台にしていたときの事だった。偶然資料室に居たというベルトルトは私の手から資料を奪い、軽々とそれらを本棚に戻す。そして私には低い位置に戻す資料を渡してくれた。しかもそれはほんの一、二冊で…今と同じように、私への負担を減らすように配慮をされていた。

昔からそうだった。人よりも背が高くて、けれど人一倍引っ込み思案で臆病で、大きいけれど気弱で、それでも優しくて…そんなベルトルトが私は『昔』から好きだった。

『昔』…今となってはそれが一体どれだけ前の事なのかは解らない。実際にあったことなのかもわからない。けれど私は現代に生まれて物心ついた頃からずっと夢の中で『あの時』の事を見ていたのだ。
最初のころはただの気持ち悪い悪夢だと思っていた。…破壊された街で茶色のジャケットを着た人間が何倍も大きさのある裸の人間…巨人に喰われていくシーン。ある時は踏みつぶされていたり、握りつぶされているときもあった。そんな夢ばかりを見る私は普段の生活でも暗い、表情の無い不愛想な人間に育っていて友人と呼べる存在の人もなく過ごしていた。
でも、高校に入学した日。なんとなくで選んで受験したこの高校で彼と出会った。新入生でごった返したクラス表の掲示された昇降口。そこで目に付いた他の人たちよりも頭一つ分以上出ている後ろ姿。初めて見る人なはずなのに、その後ろ姿を見つけた瞬間に胸の奥で何かが溢れ出てくるのが止められなかった。そして、彼がゆっくりと振り返り私の事をその瞳に映した瞬間…―――涙と同時に、すべての記憶を取り戻したのだ。

「名前、日誌は終わった?」
「え、あ…ちょっと待って!!」
「うん、いいよ慌てなくて」

物思いに耽っていたらいつの間にかベルトルトは自分の作業を終えて私の目の前に居て顔を覗き込むようにしていた。その距離の近さにドキリとしつつ、慌てて握っていたままだったペンを動かし自分の名前を書き込む。その間にベルトルトは教室の窓の戸締りを確認し、汚さぬように脱いでいた制服のブレザーを着ていた。
…その姿が、調査兵団のジャケットを着たときの彼と重なる。

この学校には彼の他にも当時の同期生達が多く通っていた。彼と幼馴染のライナーとアニ。同じ中学から進学したというジャンとマルコ。そして学年一の秀才と言われるアルミンに優等生なのにある意味問題児と言われるエレンにミカサ。あとはおバカコンビと名高いサシャとコニーに、学校一の美少女のクリスタと彼女の親友であるユミル。…みんなあの頃と同じ姿形でこの世界に転生していたのだ。
けれどもその中の誰一人として私のように『昔』を覚えている人はいない。僅かな希望を持って『巨人』や『壁』、『調査兵団』などと言っても何一つ通じなかった時の絶望感は本当に計り知れなかったものだ。
ベルトルトももちろんその中の一人。『昔』の事も、…『私』の事だって何一つとして覚えてなくて、突然泣き出してしまった私に心底困った顔をしていたのをよく覚えている。

最初はそれが耐えられないと思っていた。けど…私のこの『昔の記憶』が正しければ、みんなが『昔の記憶』を持っていないのはいいことなのかもしれないとも思う。
辛く厳しい訓練を共に受けた三年間。それなのに所属兵団を決める前の掃討作戦で命を落としたマルコ。人類の希望とされ戦ったエレンに彼を守り続けたミカサ、アルミン。…そして、人類の最大の敵とされシガンシナ区の壁を破壊した超大型巨人であったベルトルト。

私が憶えているのはそこまでだ。…なぜなら私は、ウトガルド城の戦いで大きな傷を負い、その後の助けられたウォール・ローゼの壁上で力尽き命を落としたのだから。
私が息を引き取る最期の瞬間、薄れゆく意識の中で見たのはライナーとベルトルトがそれぞれ巨人となる為にあの蒸気に包まれる姿だった。…その後、彼らがどういう末路をたどったのか、エレン達がどんな選択をしたのか、人類と巨人の戦いはどちらが勝利したのかはわからない。

「…名前?どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ」
「そう?…でもなんだか僕を見て固まってた気がするんだけど…」
「気のせいだよ。……よし、おーわりっ」

ベルトルトの言葉に声だけ返して、空欄になっていた日誌の今日一日の感想を簡潔に書き込む。
パタン。とそのまま日誌を閉じてペンを仕舞うとベルトルトは自分の鞄を持ち私の手からその日誌を奪った。

「じゃあこれを先生に出して帰ろうか」
「うん。……て、え?一緒に帰るの?」
「え、う、うん…僕はそのつもりだったけど……あ、ごめん。何か他の誰かと約束でもしてた?」
「ううん…ベルトルトこそ、ライナーとかアニは?」
「二人とも今日はもう帰ったよ。…でも、名前が嫌ならこれは僕が出しておくから先に帰っていて」
「…嫌なんて、言ってないじゃん」
「………」

困ったような表情で言葉を紡ぐ彼は昔の記憶と同じ。偶に自分の意見を言ったと思ったら途中で自信を無くしたように俯いてしまうのも彼の昔と同じクセ。そんな彼は私の発言に勢いよく頭を上げて、ほんの少しだけ目元を赤く染める。

「そ、そっか……じゃ、じゃあ!早くこれ持って行って、…一緒に帰ろう」
「うん」

私から取り上げた日誌を抱えて教室を出ていくベルトルト。私もそんな彼のあとを追って教室を飛び出す。

「そういえば今日一日の感想ってところ、何て書いた?」
「んー…今日も一日頑張りました。って感じに適当」
「ハハッ。なんか名前らしいね」
「それって私がいつも適当っぽいってこ?」
「い、いや、違うよ!そういうつもりじゃ…」
「…ベルトルト、慌てすぎだよ」

誰もいない夕陽に染まった廊下を二人で並んで歩いていく。他愛のない会話を交わしながら、この穏やかな時間がずっと続けばいいと思っていた。

昔の事を憶えていなくていい。このまま一生思い出さなくていい。
昔も苦しんだ彼なのだから、この時代では穏やかな一生を過ごして…そして、幸せになって欲しい。
たとえ彼を幸せにできるのが私じゃなくてもいいから…だから…―――


R.I.P
恋心よ、安らかに眠れ…




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