ナチュラルに年齢操作、ダミアニャ二人が皇帝の学徒、などの要素はありますがふわっとした話なのでなんとなくの気持ちで読んでください。
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ダミアン・デズモンド。
傲岸不遜、傍若無人、絵に描いたようなおぼっちゃま。ひねくれものでよく口が回り、よく手も出る。腹の中真っ黒であえば憎まれ口しか叩かないような。負けず嫌いでどんな勝負でも手を抜かないような、鼻っ柱エベレストの偉そうな男。ーー父の仕事の関係で(何を隠そう父はスパイなのだ!)、仲良くすれば喜ぶことを知っていなければきっと積極的に関わろうとはしないであろう、要はいけすかないやつ。
そんなやつが「ストイックで素敵」とか「アンニュイな色気」とかいって女子生徒からの人気が高いことに、アーニャは不思議なこともあるものだと思っている。人の心がわかっても、「なぜそこまでに至ったのか」までは流石にわからないものらしい。分からないことが怖いような、わからなくてホッとするような、そんな微妙な気持ちに駆られて小さく首を傾げると、「おい」と呆れたような低いテノールが聞こえた。
ふわりと首を向けると、思考していた件の男。ダミアンが壁に寄りかかっていた。初めて出会った時はそこまで変わらない身長差であったはずのダミアンは、皇学の学徒を目指して星を競い合いその席を手に入れるまでに随分と大きくなった。すっと通った体つきにシャープな輪郭と、まあ昔のよくあるボンボンというよりは見れるようになったんじゃないか。真っ黒黒すけな心内は変わってないけどなんて、アーニャは心の中で毒づく。それに呼応するようにダミアンは顔を歪めた。
「お前失礼なこと考えたろ」
「べつに。じなんの気のせいじゃない」
「お前のそういう顔は、絶対変なこと考えてるって決まってんだよ」
そんな軽口を叩きながら、ダミアンはがたんと椅子を引いて隣に座った。なんで隣にくるんだ、意味がわからない。そう思って胡乱げに見上げると、ふんと鼻を鳴らして頬杖をついた。
アーニャとダミアンが皇帝の学徒となり、しばらく経つが。その頃から彼は不可解な行動をするようになった。アーニャが一人で俗に言う「ものおもい」とやらに耽っていると、いつのまにかアーニャの居場所を見つけ出し、やってきては隣に座っている。昔は考え事をしているアーニャを見れば「バカが一丁前に考え事かよ」と罵られたものだった。もちろん、全部返り討ちにしてやった。アーニャは強い子なのだ。父と母の娘なのだから、これくらい当然。
そんなことより、と女の子たちのよく言う『憂いを帯びた目』をしたダミアンをそっと見上げる。次男と二人きりになったの、いつぶりだったっけ。最近とある理由からアーニャはダミアンと二人きりになるのを避けていたから、大抵はベッキーと一緒にいるようにしていたのだけど。その時はその理由が訪れることも少ないから。
だからこうやって二人きりなんていつぶりだろう。
「おい、フォージャー?」
はっと気がつくと、ダミアンがこちらを見据えている。「誇り高き皇帝の学徒が、体調不良なんて何事だ」などと嘯いて『これだからこいつは』というように顔を顰めているようで、その実瞳の奥には心配な色が濃いことに気がついたのはいつからだろう。
心を読まなくてもこいつが、アーニャを見ていることに気づいてしまったのは、いつからだろう。
「なんでもない。次男には関係のないこと」
「はぁ?おま、人が折角心配してやってるって言うのに!」
「よけいなお世話」
「っお前ほんっとかわいくないやつ!」
大体お前は、だとか。あーあ探したのが馬鹿だった、とか。厳しい声でぐちぐちと言いながらも目だけは甘い。かりそめの両親からもらえるような優しさではなく、親友のベッキーからもらえるような親愛ではない。
それはじりじり焼き尽くすようにこちらに迫ってきて、かと思えば柔らかく手招きして絡めとるような。知って終えば出てこれなくなるのではないかという本能的な恐怖のある、甘い蜜をこれでもかと混ぜた瞳。
そして極め付けは、この声だった。
(ああほんと、かわいい、)
あぁ、と。声のないため息を口にしていないか不安で、アーニャは小さく俯く。聞かないように、していたのに。一度意識して終えばその苦労も後の祭りで。ダミアンの口から聞いたこともないような、熱に浮かされた声が一気に脳内に溢れ出した。
(可愛い、かわいくないなんて嘘だ。こいつが一番可愛い。ちょっとからかった時のむくれた顔も可愛いし、度が過ぎると怒ったように涙ぐむのも可愛い。あぁ、でも笑った顔も好きだな。薔薇が咲くみたいで、それもまた可愛くて仕方ない)
(今日はまたどうしたんだ、具合が悪いのか。それともまた他のやつに何か言われたか?なんとかできるところはやってやるとして、元気になったらこいつの好きなケーキ屋にでも誘おう。そしたら、少しは元気になるはずだ。こいつが無神経なくらい元気でアホやってるのが、一番可愛い)
(本当は、こいつがこうやって考え込んでる悩みも払ってやれるような存在になりたいが。でもまだ早い。こいつはきっと俺の感情をわかってないし、こいつがいいんだと胸を張って言えるようになるまでは、まだ。・・・・・・だけど逃げるのを追いかけるのも悪くない、か。きっとその様も可愛いだろう)
可愛い、可愛い、可愛い。ホットチョコレートに蜂蜜とホイップクリームを混ぜたようなどろどろの、甘くて甘くて仕方ない言葉に胸焼けがしそうだった。アーニャ、甘いのも好きだけど、甘すぎるのは。それなのに目の前の男は、アーニャに会うたびに甘ったるい告白じみた言葉を吐いている。口ではどんなに冷たくても、俗に言う塩でも、小馬鹿にしたように笑われても。耳を塞ぎたくなるほどの感情に、溺れてしまいそうで。
(あぁほんと、こいつにはなんで可愛いしか思えないんだろう。まるでバカになったみたいだ)
(何も知らないこいつを、ただたべてしまいたい)
(フォージャー、可愛い人、アーニャ。あぁ下なんて向くな。お前の顔をよく見せて。もっと見たいんだ。すき、すきだよ、かわいい、すきだ)
かわいい、すき。壊れたラジオテープのようにその言葉しか聞こえなくて、しかもそれが全く悪意がない。甘い甘いお菓子でできた嵐みたいに、胸焼けしそうな感情を豪速球でぶん投げてくる。両親やベッキー、他の周りはこんなことないのに。優しくしてくれる人でも、本音はどうかわからないなんて、よくあるのに。こいつはまるで逆だ。いつも小馬鹿にしたような態度で、いつもこちらを睥睨しているのに。それなのに、心の中は逃げ出したくなるほどの激情が渦巻いていて、気がつけばどくどくと心臓が鳴っていた。どうしてなのか、アーニャにはてんで見当もつかない。途方に暮れて肩を落とすと、そっと手が差し出された。
「?」
「大丈夫そうな顔してねぇから、今日は送ってやるよ」
「え、アーニャだいじょぶだし」
「バァカ、そう言って大丈夫な奴がいるか。馬鹿は風邪ひかないっつっても、万が一があっても困るからな」
「次男、余計なお世話」
「んだと」
そう言ったダミアンは小さく口を笑みの形にした。
「バカにする相手がいないとハリがないんだよ」
(元気なお前がいないと、つまんないんだ。早く元気になって、可愛いお前を見せてくれ)
そう言ってぐいとアーニャの手を引いたダミアンが立ち上がり、連れ立って教室を出る。つれない態度に、甘い心の声。なんともちぐはぐで、混乱してしまうこの男の、ダミアンの、次男のこと。
わからない。こいつが、次男がわからない。
そしてわからなくて少し怖い次男に、心がむず痒くなるような暖かさを覚える自分のことも、よくわからなくなってしまっていた。