向いてない、なら書き換えてしまえよ






かの偉大なる劇作家、ウィリアム・シェイクスピア曰く。
「全世界は舞台だ。そして男も女も、みんなただの役者にすぎない。それぞれが登場しては、次々と退場してゆく。そして、時代に適った者は、いくつもの役を演じるのだ」
有名な一説だ。ロミオとジュリエットに比べれば認知度は低いかもしれないが、なかなかインパクトがあるように思う。だがその言葉の本来の意味を知っている人間は少ない気がする。少なくとも自分は会ったことがない。
「人間は皆役者であり名優だ。人生という舞台の上で、一人一人自分自身を演出し、自分が最高と思える振る舞いを演じて。そして死んでいくのだから」
どんなに同じ空間を過ごしていようと、数多くの全く違う意見を持ち、行動も誰一人として同じではない。たとえベースになったものがあろうと、それが現実である限り全て同じ未来などありはしない。
それがわかっているのなら、足掻く理由にするのに十分だと思った。

死んだら転生した。そしたら今流行りのヤンキー漫画「東京卍リベンジャーズ」の世界だった。
自分がこの世界の住人でないことを知ったのはだいぶ幼い頃の話だ。それこそ赤児の時からその記憶があるんだから、だいぶ変わった子供であったように思う。二次創作で起こるような展開が自分の身に起こっているという状況。まるで夢小説だ。そう思って頰をつねったりしたものの覚めることはなく。朝が来て昼を越して夜に沈むを何日も繰り返してようやく、夢ではないのだと認識した。
自分の死因や残してきた家族は気になるが、こうなってしまった以上は気にしても仕方がない。切り替えは早いほうがいいと人生の経験で学んでいる。それに、自分が元いた仕事場の特性を考えるとどうせロクな死に方はしてないだろう。過労死とか栄養失調とか、おそらくそんなところだと思う。だから平和に生きれればいいな、なんて思っていた。
といってもどこぞの米花も震え上がるような犯罪ならぬ抗争が起こり簡単に人が死ぬこの世界。だが幸か不幸か、今世の体はそれなりに喧嘩ができた。この物騒で息苦しい世界で喧嘩に負けないくらいの強さを持っていると言うのは、それなりに重宝すべきことである。それは確かなのだけど、望んでいた平穏は崩れ落ちてカケラもない。むしろ、自分からアンダーグラウンドに足を突っ込んでいっている気がする。自分が頭のチームができた時は頭を抱えたが、まあこんな世界でモブに生まれた自分はすぐ死ぬんだろうなと気楽に思っていた。しかし、悪運が強いのかなんなのかチームはそれなりに出世して生き残ってしまっている。なんでだ。
まあだから、今世もロクな死に方しねぇだろうなぁ。人の寄り付かない公園のベンチに体を投げ出して座り、前世からの習慣で結局今世も手放せなかった煙草を咥えながら呟く。銘柄はCASTER。よくその顔で?と聞かれるが別にいいだろうに。まあ確かに、気難しい顔をしている自覚はあるけども。それでも私は極度の甘党なのだ。
バニラの匂いのする煙をふーっと吐き出す。煙は木漏れ日の光の斑点を縫って迷い子のようにゆらゆら立ち昇っていき、虹が消える瞬間のように美しく消えた。その瞬間をぼうっと眺めてさてもう一息と咥えようとすれば、ふと手の中から煙草が奪い去られていった。あ、と思う間も無く灰皿にぐしぐし押しつぶされて、煙草から火が消えていた。
「・・・・・・勝手に消すなよ」
きゅっと顔を歪めてその手が伸びてきた方向を睨む。こういうことをするのは、心配性の副総長と、あともう一人。今ここで私の隣にいる男だけだ。昔はおたおたと謝ってきた男は慣れたのか、今では睨まれたというのに悪びれもしない。それどころか、文句を言わせない笑みを浮かべて目を合わせてくる。
「たぁばぁこ。やめてくれっていったろ?」
「体に悪いって?わかってる。別に私の体なんだからいいだろ、真一郎」
「バァカ。確かに吸うのはお前の勝手だけど、俺がやなの」
「はぁ?」
「だって俺、お前の彼氏だし?自分の彼女の心配して何がわりーの?」
ある家族の長男の彼、真一郎の言葉は諫めている口調なのに、声は睦言を囁くように甘かった。どろりどろりと溢れる蜂蜜というより、しゅわしゅわ弾ける爽やかに甘い炭酸のような。思わず顔を凝視すると氷塊だってすぐに溶かしてしまいそうな太陽を思わせる笑みが浮かんでいた。真っ直ぐな優しさと燃えるような恋慕を乗せた瞳が三日月に微笑む。ああそういえば、こいつ私の彼氏だった。なんだか居心地悪くなって、視線を逸らす。
「・・・・・・あっそ」
「なに。黎れい、もしかして照れてんの?」
「・・・・・・」
「ははっ!照れてる!あの黎が!」
「うるさい」
あまりにも嬉しそうに頬を染めるので腹が立って。いや、腹が立つと言うより恥ずかしくなって。それを冷やすようにばちんと音を立てて真一郎の肩を勢いよく叩いてやった。いてぇよと言いながらもその顔にはニマニマとした笑みが浮かんでいた。満足です!という感情が滲み出ている。この野郎、と口端を引き攣らせて、次いで小さくため息を吐いた。
「あっ溜息吐くなよー幸せが逃げるぞー」なんてこちらを覗き見てくるが無視。感じ悪いと思われようが、流石にこの状況で真一郎の目を見れるほど純粋培養ではないのだ。
黙り込んで目を逸らす私にくくくと笑いながらまっさらな夜空の闇を思わせる髪が揺れる。同色のとろりとした宵闇の瞳が、きらきら、きらきら、輝いていた。
不良チーム、黒龍のトップ。
喧嘩は弱いけれどカリスマ性がある兄貴。
原作前には死んでしまう人。
出会った時の印象はそれだけだった。
それだけだったはずなのに。
まさか、そいつが自分の恋人の座に居座っているだなんて。自分を好いていてくれるなんて。そして私自身も、この男のことが好きだなんて。数年前の私が見たら嘘だろと鼻で笑うことだろうな。自分の高く結い上げた髪の一房を引っ張って弄りながら、そんな思考に耽る。だって、原作にはそんなに関わらないで生きていきたかったから。平穏無事、とは行かなくてもまあまあ気楽に生きていけた方が幸せだと思っていたから。だから、とても心苦しいけれど見て見ぬ振りをしようと。初めてあった時、興奮した様子で話しかけてきた彼に笑顔で返す裏でそんな腹黒いことを考えていたのに、いつのまにか。
ふっ、と。気がついた時には唇が重なっていた。映画でよくあるしつこいものではなくて、お互いの体温を分け合うようなキスだった。一瞬。それだけのはずなのに、時が止まったように感じた。合わせた唇から、少しレモンの味がする。こいつ飴舐めてるな。そう思ったら、目線で口を開けるように促される。言われるがままウツボのようにぱかりと開ければ、舌がそっと差し込まれて。ことり。飴が落ちる音が聞こえた気がした。口を閉じて転がす。
飴玉はやっぱりレモンの味だった。
「やっぱあめぇな。バニラの匂いがする」
そうやって微笑んだ真一郎は、周りから人懐こいと言われる笑みで、けれど誰よりも男の顔をしている。お前が甘いよ、馬鹿野郎。そんなことを思いながら目を伏せた。出会った頃なんて、童貞丸出しだったくせに。なんて、手前勝手なことを思ったりした。時間が移り変わり、変わっていくのは当たり前なのに、なんとなく。このまま時間が止まって二人だけになって仕舞えばいいのにと。原作なんて、始まらなければいいのにと。
でもそれは叶わないから、あの日。
こいつの告白を受けた日に、誓ったのだ。
「なぁ、今からちょっと変なこと言うけど許して」
「?おう」
飴玉を口で転がしながら、ブラックダイヤモンドの瞳を射抜くように見つめる。きょとりと不思議そうな顔をした彼に、小さく笑いかけた。
「一緒に幸せになろうな、真一郎」
「・・・・・・はっ、⁉︎」
間抜けな顔で目を見開いている彼を置いて立ち上がる。スタスタと歩き出す私にコンマ一秒遅れて追いかけてくる真一郎が「え、ちょ、黎!もっかい!もっかい言って!」うるさいが、もう一度なんて言ってやるものか。
これをもう一度言ってやるとしたら、全てが終わったそのあとに。私が欲しいハッピーエンドを掴んだ後に。この世界という舞台で大立ち回りをした後にでも。
何もしていないのにいつかくるその日を思って、また笑ってみせた。

運命なんていう言葉は大嫌いだ。やってくるとわかっている出来事をただただ受け入れるだけなど性に合わない。
誰もが涙する一流の悲劇を、興醒めするような喜劇に変えてやる。
傲慢?大いに結構だ。むしろ世界で一番傲慢であれ。幸せを求めることに貪欲であれ。
その先に、私の求める未来が待っているのだから。

向いてない、なら書き換えてしまえよ


だから、今に見てろよシェイクスピア。
最高の喜劇を、お前にくれてやる。