煙草の匂いがぷかぷか浮かぶ






「武道くん、落ち着いて聞いてください」

「この世界に梵天はありません。佐野万次郎も他の東京卍會に所属した元不良たちも、今は足を洗い別の道を歩んでいます。黒龍、天竺なども、姉さんも、今の所は無事でいられています」

「ですが、代わりに裏社会を取り仕切る組織があります」

「名は奈落。新宿のキング、不良のカリスマであった薬王寺黎によって作られ、彼女の死によって解散したチーム。それが再結集し、彼らは肥大化していきました。今では日本で起こるすべての犯罪に、この奈落が関わっているとされています」

「そして、その首領の名は、佐野真一郎」

「佐野万次郎の、兄。そして薬王寺黎の恋人であった男です」



















東京の夜は、今日も美しい。
けれど真一郎には、その全てが灰色に見えた。あまりに美しい鮮烈な光は、もういないのだ。

「ボス」

「お前か、白銀。どうだ?上手く飼い慣らしてるか?」

「ああ、あの女。今頃下衆な男どもに愛されてヨガってんじゃねぇの?体だけは緩いからな」

「ははっ、傑作だな。まだ足りねぇくらいだ。あとで遊んでやろーっと」

「それより、そろそろ取引の時間だぜ。地味にめんどくせぇ奴らだ。花火でも打ち上げるか?」

「いいな、それ。でも今日は俺が上げるわ。とびっきりでかいやつ」

「了解、じゃ先に戻ってるぜ」

そう言った白銀はこちらに背を向けてさっていく。あの男も難儀なものだ。誰よりも慕い誰よりも焦がれた彼の王はもういないというのに、真一郎が立ち上げた奈落という亡霊に自ら飛び込んできた。目を憎悪にたぎらせた男は、もう黎が知っているものではなくなっていただろう。いや、それは自分もか。そう思って嗤う。
首から下げた指輪を弄びながら、愛した女のことを思う。
ウェディングドレスを着せてやりたかった。
披露宴で甘いものをたくさん食わせてやりたかった。
幸せに、なりたかった。
それを全て、ぶち壊された。狂ったことしか喋らない他人に。
真一郎は強くなかったのだ。
最愛の彼女を喪ってなお、盲目的に幸せを求めることなど出来なかった。
だから、全て壊してやろうと彼女の遺産を悪に染めた。
たとえあの世で募られようが構わなかった。どうせ彼女とは同じ所に行けまい。
それでも、女々しく過去の残影に縋るように、彼女が好んでいた煙草を、思い出にしか生きてくれない彼女の匂いを吸いこんだ。


「・・・・・・あっま」