例えばおまえだけは、




ベータ夢主が恋人のアルファに運命が現れたことに絶望する話。
よくわかんない話になっちゃった気がするオメガバースWT夢。
WT、とてもいいですよね。大好き。
推しの一人である、迅悠一の夢小説を書きました。でもこれちゃんと推しになってる?と思いながら書いてました。今でもわかりません。
なので「あ無理だなこれ」と思ったらすぐにページバックとこの作品の存在を忘れるようにお願いします。
戯言
実は、凄腕スナイパーの軍人でSAN値チェックしてる鳩原未来成り代わりを練ってます。成り代わりが書けることがわかったので割と楽しく書いてる。いつか出ると思う

***

「私ね、運命の番にであったの」
顔を赤らめてほにゃりと笑う女は、守ってやりたくなるような庇護欲を掻き立てる愛らしい顔をしていた。久方ぶりに会って押しかけられるように呼び止められカフェに連れ込まれた私は、とても可愛らしい夢の中のお姫様のようなこの女に一方的に語りかけられているわけだが。しかし私は特段この女と仲がいいわけではない。小学校、中学と一緒で、自分が所属している組織のボーダーにも同じように所属しているから、そのまま流れで付き合いが続いている顔見知り。私の認識はその程度の存在であった。そんな存在の呼びかけなど無視して断ればよかったのだが、断りづらい流れに持ち込まれて「ねぇ、私の話聞いてよ」と街中の往来で涙を浮かべられれば、自ずと自分が非難の目で見られる。だから仕方なく。仕方なくだ。
にしても、この女。昔から全く変わっていないのだな、と音もないため息をこぼす。何かと突っかかってきて鬱陶しかったという当時の記憶を今になって思い出して内心小さく舌打ちした。誰からも愛されて、誰からもいうことを聞いてもらえていた、いわば思い通りにならないことはないような子だったから。そのせいで何度も何度も無茶振りを言ってやりたい放題してたっけ。
愛らしく、麗しい、守ってやりたくなって、何でも願いを叶えてやりたくなるような雰囲気があるからこそ、無意識で傲慢な女。そんな女に、私の地雷を踏んだという自覚は全くないのだろう。人の、ただの人生の脇役程度の存在の気持ちなんて考えなくともいい。所詮は引き立て役と思っているのが透けて見えるようだった。彼女が身振り手振りで一生懸命話している内容の半分も、私は聞いていなかった。運命の番とやらが見つかった。女の話からはそれしかわからない。生産性のない話題だなと、無表情の奥に退屈さを隠して、相槌を打っていたのが、数日前。
これは、誰からも愛される女の話をちゃんと聞こうとしなかった、その罰なのだろうか。
「迅くん!迅くんが、私の運命の人なの!」
そう言って笑う女の隣には、私の恋人がいる。おめでとうだとか、よかったねだとか。そんな祝福に頭がすうっと冷えていく感覚がする。ああ、来なきゃよかった。いやそもそも、友人でもないあいつの誘いを受け取ってわざわざここまできたのが間違いだった。「運命の番を紹介したい」なんて話、私の地雷を踏み倒すような話題、嫌な予感しかしていなかったのに。
幸せそうにはしゃいでいる女、祝福と優しい笑みを浮かべる周り、そして女に抱きつかれている腕を振り払わない恋人の後ろ姿。
彼らは後ろから見ている私に気が付いている様子がなかった。表情が少しずつ抜け落ちていくのが自分でもわかる。ああ、やっぱり。やっぱり君も「そう」なんだ。君も、運命を選ぶんだ。そう思うと世界がどんどん冷え切っていく。握りしめた手に力が入らない。はは、と絞り出した声には、全くと言っていいほど感情が篭っていなかった。
あぁ、これだからアルファもオメガも大嫌いなんだ。
彼が振り向く寸前に、私はその場を逃げ出していた。

例えばおまえだけは、



バース性なんて大嫌いだ。世界だって大嫌いだ。
アルファもオメガも、もちろんベータだってみんなみんな死んじまえって思う。特に、運命の番なんて悍ましいものにすがるアルファとオメガなんて地獄の業火に焼かれてしまえと思った。こんな世界さっさと潰れてしまったほうがいいって、本気で信じてる。
それなのに、一番憎むべき性別である君のことを好きになってしまった自分が一番、大嫌いだ。

この世界には、男と女を分かつ性別以外に、三つの特殊な性別が存在している。
文献によれば、古くの時代人間が狼の種族と交配し、そこで入り混じった狼の生態が第二の性別と化して、人間に三種類の性別を振り分けている。
まず、一番世界で最も多い人口数を誇る“普通の人”代表のベータ(β)。
狼の生態を極限まで薄くし、正しい意味で人間となった人類。ただ、稀にのちの二つの性別の因子を強く持つベータが生まれてくることもある。
次に、βに比べれば数は少ないがいないわけではない“エリート人種”代表のアルファ(α)。
例えば芸能人だとかスポーツマン、大手企業会社の社長だとかに多い。身体機能や知能、リーダーシップが高く、容姿端麗な者たちが多い。そして男女ともに妊娠させられる能力を持つ(これは後述する三つ目の性別に関わってくる)。
ただし優等人種だからとはいえ、性格に恵まれているわけではないのがリアルである。人間的に終わってると言った方がいいだろう。アルファであることを鼻にかけて周りを見下すことが多く、アルファ同士でも対立することだってある。自分の思い通りにならないことなんてないと思っているアルファもいるくらいだ。ようは自分が上にいないと面倒くさくなる奴らなのだ。いや割とガチで。
最後に、これまたβに比べれば少ないがいないわけではない“哀れなる人種”オメガ(Ω)(こういうのは失礼で時代錯誤ではあるのだが、あえてこの単語を使わせて頂く)。
大きく育たなかったり、労働力として役に立たない非力な体力であったり。まあこれ以外にもたくさんの特徴はあるが、とにかく昔はオメガという性別は世間一般から見たら劣等種と言われていた。これには、当たり前に生物に存在するが人間ではオメガだけが有しているものが大きい。俳句の季語では、猫の恋と称される、いわゆる発情期というやつだ。
発情期。
平均三ヶ月に一度ほど、女性の月経と同じ七日間、オメガは体が自分の意思と関係なく勝手に子作りをする準備を整えてしまう。これだけならまだいいのだが、問題は彼らが発情期の一週間周囲に撒き散らす強いフェロモンが問題なのである。オメガたちは男であろうと女であろうと、原因もないのに自分の【番】になりえるアルファやアルファ因子の濃いベータの誰にでも欲情をし、無差別で相手をその気にさせるための発情フェロモンを出して誘惑するのだ。そしてまんまとアルファがそのフェロモンにかかってしまったが最後、アルファも強制的に発情しそのアルファによっては孕ませるまで帰れまXのような「未成年には見せられないよ!」の印がつくような行為が行われるのである。どこのエロ本だ、マジでいらねぇ引っ込んでろ。
優等人種というくせに劣等人種と見下すオメガのフェロモンには勝てないのかとか、それって人口少ない時はいいけど生きていく上には不必要では?とかは言ってはいけない。責めるべきは狼なんぞと交わった祖先の特殊性癖野郎である。なんだ獣姦って、どこのBL漫画だ?そんなに節操ないのかよ意図的にイケメンを侍らせてそんなつもりじゃないんですぅとはわわしてる清純ビッチの方がまだ節操あるし常に時代の最先端をいく某少女漫画雑誌でもねぇぞそんなん。
まあそんな主観じみた意見は置いておいて。
難しいことを取っ払って説明するのなら、第二の性別・・・・・・オメガバースというのは子孫を作ることに特化した生物の本能を極限にまで高めた性別である。普通の性別ベータの性的欲求を極限まで高めた孕ませる性別アルファと、孕む性別オメガ。こういうことだ。
そんで、ベータ以外の二つの性別で可能な本能的で精神的な繋がりのことを【番】と呼び、先ほど語ったオメガの発情期やフェロモンはこの繋がりを作るために必要なことらしい。さらに言うと、産まれてから遺伝子的に決められている本能の繋がりである【運命の番】というものもあるらしい。まあ色々な経緯があるだろうがともかく、番となったオメガは自分のアルファ以外にフェロモンを出すことはなくなる。発情期は無くなることはないものの、自分のアルファを誘うフェロモンを出すというものにとどまるので少しはマシになるのだと思う。まあフリーのオメガが同じくフリーのアルファを誘い番になるためにあの面倒な性質を持ち続けないといけないというのだから、全く可哀想なことこの上ない。しかも、その番になったとしてもアルファは自らその繋がりを断ち切ることができる。その繋がりを断ち切られたオメガは裏切られたショックからもう二度と番を作ることができなくなり、再び発動したフェロモンや誰彼構わず誘う発情期が再発し、それを満たすものを与えられずに体を持て余しながら生きていくようになる。そんなデメリットもあるが、お互いの同意でなっていた場合はそれなりに上手くやって行けるようだ。その番となった二人はお互い、家族や元いた恋人、その人が大事に思っていた人なんかよりも繋がりが強くなるのだとか。
そんな運命の番とやらがまかり通る世界で、今までの関係性を全て蔑ろにしてお互いだけを見つめ合う彼らが差別や批判されるのかと思えば、そんなことはなく。むしろ世界全体から祝福されている。もちろん、運命ではない番に関しても、オメガとアルファは祝福されて尊ばれるべき存在としていい扱いを受けていた。最近ではオメガも非力なだけの存在ではなく大切に扱われるべきという風潮が多くなったために、世界全体での差別や「オメガは弱者」という風潮が消えていき、寧ろ「オメガも優等種である」なんて言葉も叫ばれ始めている。ま、アルファが生まれるのはオメガとの間が多いという研究も出ているから、それの影響もあるのだろうけど。
いやぁ、実に結構。バース性で関係の深い二つの性別はいくらでも優遇されて、いくらでも大切に扱われる。優等種を産むことを望む世界としては、とても素晴らしいことであろう。
それならそんな本能で繋がりあった獣たちに巻き込まれたベータは、どうやって折り合いをつけて生きていけばいいのだろう。

私は、アルファの父とベータの母との間に生まれた子供だ。もちろん第二性別は何の変哲もないベータ。自分はなんの個性もない女であったから、妥当な結果であると思うけど。
幼い頃は別に、第二性別であるバース性が嫌いだったわけではなかった。父親がアルファなのだから、それは当たり前であったけど。
昔は、両親は仲のいい夫婦だった。静かだけれど優しい父と明るくて元気をくれる母。そんな二人の間に生まれた私は、二人のことが大好きだった。周りは番のいないアルファで大丈夫なのかと言っていたけれどそんなのは関係なかった。私もアルファと出会って、恋をしてみたいなんて。夢物語なことを考えるくらいには、嫌悪感を抱いていなかった。
こんな幸せが長く続くのだと、信じきっていた。

それが崩れたのは、10歳の誕生日だった。
誕生日に、いいレストランを予約したんだと笑う父と楽しみね!とうきうきした母。それに呆れながらも笑ってありがとうという私。そんなありきたりな家族の団欒は、とある男と父がすれ違ったことであっけなく、終わってしまった。
固まる父と男。お互いにどんどん溶けるような眼差しになり見つめあって、どんなに声をかけても動かない。おとうさ、と伸ばした手を振り払われ、走り去った父の後ろ姿。母の青ざめて絶望したような顔。父と抱き合って愛を囁き合う男の幸せそうな顔。周囲の祝福するように拍手する音や声。
どれも全て、今でも夢に見る。
父は男に嬉しそうに微笑んで、見たこともないような顔で歩いてきた。
「離婚してくれ、俺の運命に出会ったんだ」
男はオメガだった。しかも、父の運命の番だった。
ぱきりと、何かが壊れた音がした。

それからは早くて。信じられないほど早く離婚の手続きは進み、運命のアルファとオメガの再婚はとても早いスピードで成立した。この世界はつくづくアルファとオメガに甘い。特に、運命の番には。
父であったアルファが、頬を染めるオメガに睦言を囁いている。抱きしめてキスしている。体を擦り付けあっている。それを見せつけられながら離婚の手続きをしている母は今にも泣きそうで、でもそれを我慢しているのがよくわかった。そんな母に一瞥も向けないアルファも、当たり前のようにその愛を享受し気の毒そうに母に「ごめんなさい」というオメガも、運命の番のためだから諦めてくれなんて大金を渡してきた周りも、みんなみんなクソだった。その宗教的な悍ましさに吐き気がした。ベータは尊重されなくても生きていけるだろうという態度に、どうしようもなく気持ち悪いと思った。
「君以外と作った子供なんて無効だよ。君と新しい家族を作ろう」
そう言ったアルファの鼻を伸ばしたようなにやけ顔。
「もう、そんな・・・・・・やめてください。他人が前にいるんですよ」
恥じらうように、けれどどこか自慢げに擦り寄って笑うオメガの勝ち誇ったような雰囲気。
「ベータの方にはわからないでしょうが、運命の番というのは本当に幸せなことなんですよ。だから新たな門出に向かう二人を祝福してあげてください」
そう言って微笑む周囲の人々。
どれもこれもが、唇を噛んでそのハラスメントに耐える母をいないものとして扱っているようで。ベータに人権はないのだと。アルファとオメガの引き立て役。彼らの舞台装置でしかないのだと。世界にそう言われているようで。
ふざけんなと思った。誰がお前らなんかのために生きてやるものか。人の不幸の上に成り立つ世界なんて私はいらない。お前らなんか全員不幸になってしまえ!口を開けば罵倒が出てきてしまいそうで、グッと歯を食いしばって耐える。ここで私が何かを言えば母の立場が悪くなるからだった。
でも、今思えば我慢する必要なんてなかったのかもしれない。
母が、その三年後に倒れたからだ。
ストレスだった。父と離婚してから職場では色眼鏡で見られ、運命持ちを崇拝する存在たちから「運命を濁らせる存在」としてたくさんの嫌がらせを受けていたらしい。かくいう私も、周りからの揶揄いやいじめを受けていたから、この世界は本当にベータに厳しくできているらしい。
「ベータにはわからないんだわ、運命に出会えることがどんなに幸福なのか!」
そうやって嘲笑ってきたアルファもオメガもみんなみんなみんな、母のことを顧みてはくれない。私を育てるためにあれだけ頑張って働いてくれていたのに。
「ごめんねぇ、ごめんねぇ」
病床の中、そう言ってほろほろと涙を流す母に、私は何を返せばよかったのか。今でもわからない。ただ、ひとつだけはっきりしているのは、私がバース性が大嫌いになったこと。アルファもオメガもみんな、人柄に限らず内心嫌悪感を持つようになったということ。
それだけだった。

その数年後である。界境防衛組織であるボーダーに入ったのは。
特に理由はない。強くなれば金がもらえる。母の入院代のお金をかき集めるのと、あと生きていくのに困らないだろうと思ったから。たとえどんなにアルファやオメガがいようと、全員に共通していることは「金がないと生きてはいけない」こと。差別されてるなんて言っておいて扱いがいいオメガやそもそもの優等人種であるアルファよりも、ベータである私は全力で生きていかなければいけない。それだけだ。それ以外の理由なんてない。
死んでしまうのならまあ、その時はその時だ。その時までに母が私がいなくなっても生きていけて、病院にいても許されるような額を稼がなくてはいけない。
幸い、というべきか。私には才能がそれなりにあったらしい。トリオンもあったから割とすんなり入ることができたし、トントン拍子でB級に上がれた。それから、鬼気迫るように訓練と実戦を重ねて、A級に手を届かせそうな時に、私は恋人になる男と出会った。

「君は、なんでそんなに生き急いでるの」
訓練所での訓練中。何時間かぶっ通しで敵を倒すシュミレートを繰り返していたら、声をかけてきた男。最初はそれだけだった。青の隊服。明るい茶髪。へらへらした笑み。この人は確か、玉狛のS級の、ああじゃあアルファだなと思って、他所行きの顔を作った。
「そうですか?そのつもりはないですけど」
この笑みを見せれば、周りはすぐに気後れしたように去っていく。それでいいと思っていた。それの方が都合がいいから。声をかけられたくてここにいるわけではない。でも、そう言ったって納得した顔をしていない男に、仕方なく口を開く。笑顔は張り付いたままだった。
「皆さんに負けたくないですからね。私は不器用なので。それに、強くなればなるだけお金も入りますし」
それ以外の理由なんてない。だから早くいなくなれと半ば圧をかけて笑いかける。それでも男は、そのすかしたような薄ら笑いを崩さなかった。
「ふーん、そんなふうには見えないけど」
「は?」
「俺には、何か怒りをぶつけるために戦ってるように見える」
ぱきりと、笑顔の仮面が崩れた気がした。ひくりと口端が引き攣った気がする。そんな私の反応に、男は少し目を見開いてから、またへらへらした顔に戻る。
「そんな顔するんだね。『視えていた』けど、ちょっと予想外だな」
「・・・・・・何が」
「だっておまえ、俺のこと嫌いでしょう」
今度こそ、表情が取り繕えなくなった。呆然と彼のなんの感情も浮かばない顔を見つめる私に、彼は淡々と言い放つ。
「俺というか、アルファとオメガ。接してるとき、おまえは割と張り詰めた顔してるし。すぐわかるよ」
まあ、周りはおまえのことそんな見てないから気付いてるのは俺くらいだろうけど。そうこともなげに続けた男に、動揺が隠せなかった。うまく隠せているつもりだった。アルファもオメガも大嫌いなこと。話していてどうしても、吐き気がすること。実質、周りは特に気にしていない様子だったし、普通に話す人たちが多い。それなのに、どうして。
口を開けて呆けるしかない私に、彼はただただ冷静に首を傾けた。努めたように明るい声だった。
「ま、それは別にいいけどさ。君に死なれると困るから。それは未来に支障が出る」
「・・・・・・」
「それじゃ、今日はそれだけだ。またな」
また。またってなに。こっちはもう会いたくないというのに。ぐっと歯を食いしばって黙り込むと、男は呆れたようにため息をついて、笑う。それがどこか癪に触った。
「同じクラスの人間の名前くらい、覚えときなよ」

私とそのアルファ、迅悠一との出会いはそんなものだった。
ペースが掴めなくなるからもう二度と会いたくない、そんなことを思っていたのに、彼はその次もその次も、私の前に現れた。暇なんですかと聞いたら、暇じゃないけど君に会いにきてると言われて。意味がわからなくて顔を歪めた。早くどこか行かないかと心無い言葉を投げかけたことだってあるのに、彼は頻繁に訓練を繰り返す私を見つけにくる。毎日ではない。それは迅が私が所属する本部ではなく、別の支部の人間であるから。にも関わらず、彼は私の元にやってくる。時間をかけているわけではない。ただ、本当に少し言葉を交わすことだけを望んでいるかのように、忙しそうな時ですら、彼は私の前にふらりと現れて、またふらりとさっていく。
それが百回を越す頃には、もう諦めがついていたのもあるが、応対せざるを得なくなって。こいつは話に応じないといなくならないから。だから仕方ない。例えそれがアルファ相手であっても。そんなふうに自分を納得させて、このアルファ、迅悠一との会話をしていた。
それが三年ほど。つまり高校卒業時まで続いた。続いてしまった。
私はその間に、否が応でもこの迅悠一という存在を心に刻み込んでしまった。つまり、誰よりも大嫌いな存在のはずのアルファが、心に住み着いてしまったのである。

迅は、頭の回転が速い話し方をする。
それは彼のサイドエフェクトである未来視によるものなのか、それとも彼がよく言う暗躍という言葉のためなのか。よくわからない。けれど、その薄ら笑いの下に高速で思考が回転しているというのは彼と接しているうちにわかっていくようになった。彼はきっと、何か彼の大切なもののために戦っているんだと、思った。
だからこそ、理解ができなかった。
「ねぇ」
「ん、なに」
「どうして君は、私に構うの」
三年前のあの日からずっと疑問だった言葉を紡ぐ。彼は小さく目を見開いて、それからへらりと表情を崩した。煙に撒くような笑みだった。
「さあ、なんでだと思う?」
「知らない。君が考えてることなんて私がわかるわけないでしょ。違う人間なんだから」
「はは、たしかにそれはそうだ」
「それに。私にかまったって、君にいいことないでしょう。私は第二性別大嫌いだし。君にだって、たくさんひどいこと言ったよ」
自嘲気味に笑う。今でもバース性は大嫌いだ。それを持っていると言われる人間を見ると体が強張るし、笑顔が張り付く。そればかりではないとわかっていても、どうしても私には割り切ることができない。オメガなら、アルファなら、運命なら何をしても許されるの。そんなのおかしい。あの頃の私が、置いてけぼりにしなきゃと必死だった子供の私が、泣いている気がした。
だからこそ不可解だった。こんな周りと広く浅くしか付き合っていない自分に関わったってなんのメリットもないはずなのに。それなのに彼は、時間をかけて、何度も何度も声をかけてきて、人の心に入り込んだ。何かなくてはむしろ、おかしい。
「ねぇ、どうして。どうして私に声をかけてきたの」
もう一度その問いをふりかけると、迅はすうっと表情を真剣なものに変えた。唇を引き結んで、淀みのない真っ直ぐな顔をしていた。ただ、その瞳だけは、どこか荒波のように揺れていて、アンバランスである。
彼は少し迷ったようなそぶりを見せたあと、小さく口を開いた。罪人のような顔をしている彼の告解を、私は黙って聞いていた。
「最初におまえを見た時、いくつかの未来が視えた。生き急いで死ぬ未来と、生きてボーダーの戦力として戦う未来。この先の未来に役に立つのなら、どうにかしてその死に急ぎを止めて心を掴めば、と思ってたんだけど」
「・・・・・・」
「でも、おまえが」
「私が?」
「おまえが、あまりにも普通の女の子だから。ただ、生きるために必死で足掻いて苦しんでるだけの女の子で。次第にどうしたらいいのかわからなくなってさ」
「どうしたらって」
「おまえを絆して仲間に入れるか、そもそも辞めさせるかって」
目を開く。まさか、そんな考え方をしていたとは。辞めればまだ、死ぬ未来は視えない。そう繰り返す迅は、少し苦しげに笑う。泣いているように見えて、目を拭ってやりたくなった。
「おれはさ、あんまりいい男じゃないと思う。いい未来のためなら利用しようとできる。それが許されるだけの人材が揃ってる。でも、おまえは違うじゃない。おまえがあんまり、あんまりにも普通の女の子で。世界に苦しんでて、アルファもオメガも怖い、気持ち悪いって思ってるような生きづらそうな子を、縛り付けるくらいならいっそ、『大丈夫だから、もうやめなよ』って言って慰めてあげたいって、思った。思っちゃったんだよ、おれが」
「迅、」
「そんなこと思ったって、仕方ないのにさ」
「、そこまで背負わなくて、いいよ」
思わず口を挟んだ。私のことなんて気にしなければいい。利用するために近寄ったならそのまま、利用すればいい。別に私が傷つくなんて、思わなくていいのに。もうたくさん泥を被ったのだから、今更それくらいで泣いたりしない。
「私は、大丈夫だよ?迅」
「ちがう、そうじゃないんだ」
「今更さ、誰かに利用されてたからって傷ついたりしないし。それに迅は裏切ったりしないでしょ。利用と裏切りは違うから。それに私、アルファでも別に君にならいいかって思うくらい心を許してるんだよ?成功だよ、君の作戦。だから、それを実行すれば」
「違うんだよ、それが本当の理由じゃないんだ」
遠ざけるように首を振って、わかってないなぁと突き放すように笑われる。迅?と今度こそ手を伸ばすと、くいと手を引き寄せられた。そのまますっぽりとその体に包まれる。大きな体。暖かくて、それでいてなんて頼りないのか。思わず固まっていると、迅はくしゃりと泣きそうに顔を歪めた。
「やっぱりわかってないよ。おれがおまえに死んでほしくないのは」
「じん、」
「おれが、おまえを好きになってしまったから」
目を、見開いた。すき。好き。すきって、あの好き?
「おまえが好きだよ。おれはおまえが好きなんだ。だから、疲れてても時間を作って会いにきたしどんなに邪険にされてもあしらわれても気にしなかった。おまえに、会いたかったから」
膠着したままの私を見て、彼は小さく微笑んだ。傷ついた子供のような顔をしていて、こちらまで心が痛んだ。恋をしていると打ち明けられたのに、こんなに苦しみと後悔に苛まれている顔をしている人間を、見たことがなかった。それなのに不意にその顔に触れたくなって、そんな自分に愕然とした。
「ごめん。ごめんな、好きになってごめん。おれじゃおまえを幸せにしてやれないのに。きっとあとで泣くことになるのに。おまえの大嫌いなアルファなのに」
「じん、ねぇ、」
「でも、好きだよ。すきなんだ。これだけは、本当だよ」
笑顔なのに、その顔がただただ泣きじゃくる子供のようで。そのまま痛いくらいに抱きしめられて、身動きも取れなかった。嫌なら拒否してよ。そう掠れた声が聞こえて、でも私はそれができなくて。したくなくて、その震える背中に腕を回した。

それが、私たちが恋人になった始まりだった。

**

なんで、こんなこと今更走馬灯のように思い出してるんだろう。
ラウンジに背を向けて足早に廊下を歩く。ずんずんとあまりにも早足で歩く私に周りが驚いたように道を開けていくのがわかった。それを気にする暇もないほど、動揺していた。
あの時の告白は、あの「すき」は嘘じゃなかったと思う。でも、やっぱり運命には勝てないんだ。わかっていたはずだ。彼はアルファで、私はベータ。いつかこうなるだろうとわかってはいた。でもまさか、本当に現れるなんて。気が緩んでしまうほど彼に心を預けていたんだ、彼に惚れていたんだと、こんな形で理解させられるなんて思わなくて、チカチカと目の前に火花が散る。
彼の目の前に、運命のオメガが現れた。なら、私は、
そこまで考えて胸が軋む。小さな棘が深く刺さって、そのまま割れてしまいそうな気持ちになった。鋭く諦観と、重たい未練がぐるぐる回って、気持ち悪い。ともかくここから早くいなくならなければ。その一心でただ、逃げていた。特にいく当てがあるわけでもないのに。

オメガが嫌い。アルファが嫌い。世界が大嫌い。
でも、君だけは。君のことは嫌いになれないんだ。
それが、一番の重荷になると知っていても。
運命を見つけたアルファには今更な話でも。
それでも私は君が、君に運命が現れたことがこんなに苦しいほど、好きなんだ。

「っ見つけた」
聞き覚えのある愛しい声に背中が粟立つ。なんで。なんでここに。あの子は。運命の元にいたじゃないなんで追いかけてこれたの。言いたいことや確認したいことは山ほどあって、やめてと言おうと思えば言えたはずだった。拒んで仕舞えばきっと、これ以上傷つかないまま疎遠になれるはずだった。
それなのに、浅はかな私は期待してしまうのだ。その声に乗った焦りを、私がいきなり消えたからだと、そう誤認してしまうのだ。
ふっと振り向いたそこには、息を切らした迅がいる。何故だか泣きたくなってしまって、その姿に衝動的に抱きついた。驚いたように固まった体が、やがて緊張がやわらかく解かれて受け入れられる。ああ、だめだ。ほんと、泣きそう。ぐっと唸るように下を向いた私に、迅は小さく呼吸を整えてから口を開く。
「足速いよ、おまえ」
「じん」
「っはあ、まさかここまで逃げられると思ってなかった。トリオン体になるべきだったなこれ。というか、あそこにいたなら声かけてよ、どうやって切り抜けようかと、」
「迅、私、私ね。どうしよう」
「っ?」
「私、君のこと離したくない」
オメガのところに行ってもいいから、なんでもいいからそばにおいてほしい。
縋り付くように泣いた。あの時父を泣きそうな顔で見ていた母の気持ちが、今になってようやくわかる気がした。嫌いでも必要とされなくてもいい。でもできるなら、そばに置いて欲しい。泣きながら、文章にならないような言葉をつっかえつっかえで話して。きっとめんどくさい女になっているとわかっていながら、服を引っ張る手は離すことができなかった。
「それってさ」
ああどうしよう。こんな往来で泣いて、縋りついてしまって。これで突き放されたらもう一生立ち直れない気がする。いやそもそも、風潮的に運命を引き離す悪魔なんて言い方をされるんだろうか。どっちにしろ、もう終わりだ。けれどどうしてか、最後でいいから顔が見たくて。ゆっくりと顔を上げて、そして固まる。
「おれが、おまえ捨てて、あの女の方に尻尾振っていくって思われたってことでいいわけ?」
怒っていた。いや、めちゃくちゃ怒っている。
ギラギラとした苛烈な瞳と1オクターブ以上は低いだろう声。ぐり、と彼の握られた拳から嫌な音がするのがわかった。ひく、と頬を引き攣らせると、ゆっくりと微笑みが返ってくる。あまりにも恐ろしい笑みだった。
「みくびられたものだなぁ、おれも」
「え、迅、?」
「帰るよ」
「あ、え?あの、オメガの子は、運命なんじゃ、」
「うるさいな、あの子の話はしなくていいよ。断ったから」
「へ」
「あと、『おれはおまえが別の男を好きになろうがおれが嫌になって別れたくなろうが一生手放すつもりないから』って付き合ってからおまえにさんっざん伝えたつもりだったけど、わかってないことがわかったから、うん。ちょっと早いけど行動に移そうと思う」
「え、ちょ、なに、なにを!?ねぇ迅、」

「もう、わかった。ちょっと黙って。あとはベッドで聞いてあげるから」



例えばおまえだけは、一生離してやらないよ



手放すわけないじゃんねぇ。
だって、理性で好きになってお互い傷つくとわかっててそれでも自分から手を握った相手と、本能が呼んでるだけでなんの関わりもなかった相手の泣き顔なら、前者をとるに決まってるのに。
おまえは臆病で、自信がなくて、諦観が強すぎるから。イマイチわかってなかったみたいだけど。
おれはおまえがすきだよ。おまえだけがすき。
だから、例えば隕石が落ちたって、未来に支障が出るとしたって、おまえだけは、手放してやんないよ。
あ、でもさっきおれのせいで乱れて泣きながら好きって言った顔は可愛かったから、普段の時でももっかい言ってね。何するかわかんないけど。
まあともかくさ、

「おれは決められた運命なんて嫌いだから」

だから、おまえと一緒にいるよ。

「ちょっと、聞いてる?って、あ、ごめんやりすぎた?あれ?オチてる?・・・・・・あ、記憶ないな。はは、かわいー。でも起きた時真っ赤になりながらどやされるなぁ」


☆後日談や運命のオメガに対して冷たく当たる迅さん、そしてベッドの中で素直になる夢主のお話は地球のどこかにあります。