▼とある遊郭の
客の話
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本当に、美しく綻ぶように微笑う女だった。
かような場所で生きている者に共通した鬱々とした色を微塵も感じさせない、ささやかな輝きを灯した琥珀の瞳があまりに眩しい。
男など飽く程に相手をしてきただろうに、遠慮がちに寄り添う頬は仄かに紅く朱を帯びる。
籠の鳥の自分にも私との逢瀬の悦びが与えられた、それだけで過ぎた幸福なのだといじらしく笑うのがあまりに愛おしく痛ましく。
何時か必ず、私の手で外へ。
大した家の出でもない下級武士には過ぎた願いでも、そう思わずには居られなかった。それほどに愛しい女だった。
のに、
…後少し、後少しで身請け金が整う、そんな矢先に、
愛しい女は所々滲んだ手紙と簪一つ残して、儚き生に終わりを告げた。
愛しい愛しい私の藤花。私を知ってから他の男に触られるのが耐えきれないのだと嘆いた愛しい女。
どうして、どうしてあと少しのところで、お前は待てなかったんだ。俺は間に合わなかったんだ。
悔やんでも悔やんでもやりきれず、手に握られた手紙に目を落とせば美しい文字でお前の最後の言葉が綴られる。
『御免なさい 御幸せに』
あぁなんて馬鹿な、なんて愛しい女。
藤花、私は生涯お前を忘れないだろう。
「……」
「…珍しいね」
「んー、ね」
「潜入は跡を濁さないが原則なのに、らしくない真似したくなるほど情移った?」
「まぁ今回のは長かったから、多少はね。…ごめんね?勝手して」
「支障のない程度だから大丈夫」
「まぁ『藤花』には遂に遺体の揚がらない哀れな遊女の水死体になって貰うとして。 あー…肩凝ったぁ」
「一月ずっと娼妓の真似は流石にね…」
「ふふ、『竜胆』大人気だったじゃない」
「茶化さないで…。ほら、帰ろ」
「あーやっぱ忍服は落ち着く。ねぇ、報告終わったら久々に組み手しない?」
「いいけど、私相手で足りるの?」
「お互い勘を戻すにはいいんじゃないかな」
「…じゃあ、負けた方が一日お茶汲み担当で」
「はは、乗った」
ありふれた実習の話。客が少し仙様に似てたというどうでもいい設定
2014/03/05
2017/07/02
いろは唄