小屋

▼いつかの話
漸く九子も”諦め”がつき始めた頃

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※未来の話。結婚(?)後
※あれな話。いつまでも甘じょっぱい青春して欲しい派には勧めない
※不憫なのか何なのか良く分からない鉢屋






「おめでとう」


そう、にっこりと心の底から嬉しそうに顔を綻ばせた親友に咄嗟に返す言葉が見つからない。
動揺や困惑のような感情は湧いてこない、不快感も勿論ありはしない。けれど、強いて言えば真っ先に彼女の脳裏を支配したのは忌々しさであった。

思わず零れた小さな舌打ちに、親友はくすくすと笑みを浮かべて彼女の手を掬う。


「何だか不思議だね。こんなに嬉しいなんて」
「……ありがとう」
「とても幸せそうな顔には見えないんだけど。…不服?」
「………」

答えを知っているような問いかけだったが、問われた彼女自身にはその答えが導き出せなかった。
不満がないわけではない、色々と舌打ちしたいことは山積みだ。
たった一度、なのにこういう結果を生み出した辺り、あの忌々しい男の良いように転がされている気がした。勿論こればかりは授かりものであるからあの男にどうこうしようはないのだが、妙に腹立たしい。

恐らく目の前の親友もその事実は何となく察しているのだろう、やけに緩んだ頬は純粋な嬉しさの奥に僅かな揶揄の色がちらついた。
親友がその矛先を向けるのは自分ではないのだけれど、やはり面白くはない。

「…千茅」
「ん?」
「……あとどれくらい?」
「あぁ…まぁ誤魔化せて一月ってところじゃないかな、もう結構経ってると思うし」

正確に意図を読み取った親友の返答に、彼女はその尋常を越えた頭脳を暫し思考に染める。

一月。それだけ猶予があれば、今から休暇の申請をしておけばさほど怪しまれることはないだろう。
名目が些か面倒であるが、その辺はこの親友が恐らく協力してくれるだろう。これから来るべき未知の連続に多少の不安はあったが、その点で親友は何より頼もしい味方であるので心配はしていない。

じっと視線を向けると、やはり意図を察したらしい親友は悪戯っぽい笑みを浮かべて頷いた。


「あまり騒ぎになると九子にも良くないしね。うちで良ければ引き受けるよ?」
「…仙蔵先輩は」
「聞いてみるけど、多分「漸くか」って仰るだけだと思うな」
「………」

あの麗しくもどこまでも食えない彼が事も無げに言う映像が容易に再生されて、九子は僅かに眉を顰めて黙り込んだ。
…まぁあの人なら面白がって皆には黙っていてくれるだろう。千茅を頼るならば必然的に彼にも知られることになる覚悟はあったので、その点は我慢せざるをえない。

頭を抱えて小さく息を吐いた彼女に、千茅が思い出したように声を上げる。

「あ」
「…何?」
「あー…えーっとさ、どうする?…知らせるべきだとは思うんだけど」
「………」
「一応九子だけの問題じゃないし…」

流石に知らないままってのは可哀想だよね…。

苦笑、というには多少苦いものを滲ませた乾いた笑みを浮かべる千茅の言葉を聞きながら、彼女は珍しく逃げるように視線を逸らした。
そうして暫しの沈黙の中で床を見つめながら、幾千の思考を巡らせた末に絞り出した九子の言葉は虫の羽音よりもか細い響き。

「………もう少し、考える」
「ふふ、即否定じゃないだけ安心した」
「………」
「出来れば覚悟してあげてほしいな。勿論九子の自由だけどね」
「……ん」

情けない。同時に少し戸惑った。
告げたくはない。こんな事実を態々知らせてやるのも癪だ。なのに。…あの忌々しい男に告げた時、どんな反応をするのかという思考が一瞬でも脳裏に過った自分が理解できない。


「……ごめん、やっぱり多少混乱してるのかも。今日はもう戻るね」
「いいよ、当然だもん。送ろうか?」
「流石に大丈夫、全然支障は感じてないし」
「まぁそうだけど…あまり無茶は禁物だからね」
「分かってる」

湯呑を空けて緩慢に立ち上がり、外していた頭巾を手に取る。
今から戻れば日の入りまでには容易に戻れるだろう。どうせだから街に寄って墨を買って帰ろうか、買い物に行っていたとでも言えば気取られる心配も減るだろう。

ゆるゆると戸に手を掛けて算段を巡らせると、背中に千茅の声がぶつかる。

「九子」
「?」

振り返った親友の顔は、本当に穏やかな破顔を模って。


「楽しみだね」
「……… うん」


心からの言葉につられるように頬を緩めて、彼女は無意識に自身の下腹部を撫でる。
あぁ、楽しみだ。例えあの忌々しい男の所為だとしても、それだけは確かに揺るぎない感情だ。

愛しい、などと。まだ見ぬ生き物にそんな感情を抱く日が来ようとは。


「……変な感じ」


けれど、どこか穏やかな気分だった。





昔こういう未来設定まで練ったんだけどうろ覚え。
ちょっとあれな話ですけど鉢屋は一回で授からせちゃうと思う。謎の精度。ほら一生に数える程度しか出来ないから。九子だし。ね!  すんませんでした。
あと千茅はさらっともういる。何時の間にって感じでもういる。仙様と九子以外知らない。



2014/08/20



2017/07/02

いろは唄