Second Impression


あぁ、苛々する。
けれどその苛立ちを対象にぶつけることも許されず、それ故に宙にぶら下がったまま持て余されていた。

苛つきに任せて半ば自棄になって放ったシュートは当然ゴールに吸い込まれることは無く、何度か弾かれて虚しく床に落ちる。
転がるボールを拾うでもなく小さく舌打ちを溢し、彼がぐるりと首を右へ動かすと少し遠くにドリンクを抱えて歩く小柄な人影が映った。


本当に、全くもって腹立たしい。
休憩を知らせる笛の音が響くと同時に、彼は眉間の皺を深く刻んだまま大層不機嫌な様子でコートから外れる。

普段からずば抜けて高いとは言えないシュートの成功率だが、それでも此処最近のそれは普段よりも低い割合を示していた。
自身の実力不足に言い訳をするつもりもないし、練習に集中していないと言われればそれまでだが、それでも彼は苛立ちを感じずにはいられない。


と、俯いて床を映していた筈の視線にふとドリンクのボトルが飛び込んだ。
僅かに驚いて視線を巡らせれば、先程運んでいたドリンクの籠から彼の分を差し出した小柄な少女が彼を見上げているのが映る。

「どうぞ」
「……あぁ」


暫く前に各所で話題の的となった、人形と見紛うほどの造形を携えた新入生。
それが現在彼の前でドリンクを差し出している彼女であり、この美少女は奇しくも一月前に彼の所属するバスケ部にマネージャーとして入部したのであった。

その容姿故多少の問題が伴いつつも、その見た目にそぐわない明け透けた性格と真面目な仕事ぶりから既に部内には馴染んで久しい。マネージャーとしての評判は上々である。

けれど、宮地はこの少女を見ると苛立って仕方がないのだ。


一瞬動揺しつつも刻んだ眉間の皺は其の儘に緩慢な動作で受け取ると、そのまま立ち去るかと思われた彼女は予想外に彼の傍らに佇んだまま留まった。

この新入りマネージャーが入って日は浅いが、既に彼女と一悶着起こしている身としてはとても好かれているとは思えない。
それどころか先日の己の言動は冷静に考えて嫌われて然るべき酷さだったように思えたので、彼にはこの彼女の行動は心底不可思議に感じられた。

違和感を覚えつつドリンクを口に運び、彼はとても一つ下には思えない身長差の彼女を見下ろす。

「…何だよ」
「…まぁ、特段用は無いのですが気になるというか」
「は?」
「あまり本調子でないようにお見受けしましたので」
「………」

でしゃばってすみませんね。そう呟いた少女の表情は特に何の含みもなくあっけらかんとしたものだ。
進行形で続く苛立ちの種を、その原因に指摘されてしまい、彼は思わずべしりとその低い位置の頭を叩いた。

「痛っ」
「うるせぇ黙ってろ轢くぞ」
「…だからでしゃばってすみませんって言ってるでしょう」
「てめぇが気にする事じゃねぇだろうが」
「あー…口出しするなは兎も角、気にするなってのは無理な相談ですねぇ」
「あ?」
「一応マネージャーですし、選手の不調は気にします」
「………」

至極当然。そう言わんばかりにつらつらと答えた少女に、彼はもう一度反射的にその頭を叩いた。
勿論加減したそれは殆ど戯れのそれであり、痛みなどないだろうと一見して分かるものだったが、彼女は痛いと文句を溢しつつ宮地を見上げる。

「…マネージャーとして認めていただいてないのは知ってますが、そんなにべしべし叩かないでくれませんかね」
「認めてねぇから叩いてるわけじゃねぇよ刺すぞ」
「じゃあ何故」
「ムカついた」
「更に理不尽ですね?」

もはや怒りではなく呆れたような色を滲ませた目で見上げてくる少女に舌打ちを溢しつつ、彼は悪化していく苛立ちと言い様のない靄の掛かったような居心地の悪さに内心頭を抱えるしかなかった。

理解出来ない。一体この不可解な現象は何なのだ。



周囲にはよく誤解されがちだが、彼はこの少女が嫌いではなかった。
確かに以前はマネージャーとしての熱意があるとは思えなかったし、その容姿から持て囃されるのを楽しんでいるのだろうとの誤解もあって嫌悪していたこともあったが、それが間違いであることはこの一月の彼女の行いで十分すぎる程証明されている。

新入りだというのに仕事は早いし、出来も二、三年との仕事ぶりと遜色無い。何よりこんな容姿の癖に(というのは彼の偏見だが)他人が求めることによく気が付き細かい事まで手が届く。
そんな有能且つ容姿端麗なマネージャーとくれば部として歓迎しない筈もなく、また危惧されていた女子マネージャー内の関係性も彼女の性格故か円満に築かれたようであった。

勿論それは宮地も知っていたし、彼とてそんな彼女をとっくに歓迎はしている。


けれど、此処最近特に、彼は彼女を見るたびに先程述べたような形容しがたい症状に悩まされ、ちらりと視界に入る度に若干練習に支障を来している。

嫌いではない、認めている、なのに苛立つ。己の身体ながら一体何だというのだ。
と、いうのが現在の彼の心境である。


そんな思考に捉われる彼の心中を知る由もなく、じっと見上げる少女は宮地の様子を不調故と捉えたらしく控えめに彼の背中を慰めるように一度だけ叩いた。

「考え込むより、訳が分からないなりに動いてた方が案外早く解決することもありますよ」
「……うるせぇ」
「無用でしたら忘れて下さい、つい生意気言わせてもらいました」
「…選手だからって嫌いな奴の世話まで焼いてんなよ」
「…?何の話です?」

つい零れた本音に、心底怪訝そうな表情で首を傾げた少女を見下ろして。

惚けているにしては上手い演技だなと思いながら、彼は再び込み上げた苛立ちのままに舌打ちしてもう一度だけ彼女の頭を叩いた。

20140311