今だけの悪戯




普段は罵詈雑言ばかり吐く口から洩れる寝息と、伏せられた色素の薄い睫毛をしっかりと確認する。
何度も、最早意味などない程に確認を重ねて、彼女は漸くソファの上に膝を乗せた。

彼女の細く小さな身体が乗ったところでソファが軋むことは殆ど無く、その上で眠り込んでいる男が目を覚ますことは勿論無い。


常に刻まれている眉間の皺が消えた寝顔が何だか可笑しく感じられて、彼女は小さく笑みをこぼしながら青年の腕の隙間に慎重に身体を滑らせていく。
僅かに身動ぎするものの抵抗もない青年の腕に、小さな彼女の身体はすっぽりと収まった。

それに珍しくはにかむような笑みを浮かべて頬を緩ませ、彼女はぎゅっと青年に抱き付く。


「……」

そうして暫くその体勢のまま彼の胸に頭を預けたが、彼女はゆるゆると首を動かしてその端正な顔を見つめた。
少し逡巡する様子を見せつつ、彼女はもぞもぞと身を捩らせて顔を寄せると、眠ったままの彼の頬に触れるか否かという程度に唇を寄せる。

「…ふふ」

戯れと呼ぶにも可愛らしいその口付けに満足したのか、彼女は再びくすりと微笑んで彼の腕から抜け出す。
そしてソファから身を起こして、眠る彼にブランケットを掛け立ち上がった。


「…そんなとこで寝てるから悪いんです」


青年が転寝した時にしか許されない戯れに機嫌を良くして、彼女は音を立てないように部屋を後にした。






そうしてパタリと戸の閉じる音が響いて数瞬後。

それまで身動ぎ一つしなかったソファの上の人影が勢い良く跳ね起きて、彼はがりがりと柔らかな髪をかきむしった。

「っー!!!」

言葉にならない、嬉しさなのか照れなのか怒りなのか、兎に角感情の混ぜ合わさったものを持て余して彼は思い切りクッションを殴りつける。


あぁ起きていたとも。狸寝入りだ。しかしそれが何だというのか。
あの普段全く甘える様子のない少女が、自分が眠っていると思い込んで出た行動に彼は文字通り悶え転がるしかできない。

「っクソが…!!!」

可愛い、なんて言葉は死んでも口に出来ない不甲斐ない男は、そのまま頭を抱えてソファに沈んだ。


20131210


宮地さんの意地の所為で人生損してる感じが好きです