番犬後輩


「藤宮ー!」

きっかけは良く覚えていない。けれど、まぁ親しくなる過程など事細かに記憶するものでもないからそれが普通だろう。
同じクラスの、よく騒ぐ盛り上げ役。容姿も悪くないけれどお馬鹿キャラが板に付きすぎて色恋はあまり聞かない。所謂、とても付き合いやすい人種だったので後はなし崩し的に。

にかりと笑う表情は犬のようで、屈託無く好ましかった。

「何だい大声で」
「これこれ、しってる?新商品らしくて即買いしたんだけど食ってみ!」
「へー、何味?」
「いいからほら」

こうして休み時間にたわいもないことで絡んできて、けらけらと笑って。
男女という差はあるけれど気の置けない友人関係を築ける彼のパーソナリティーは有り難い。
包みを受け取りながら頬を緩めると、ふいに横から声が割って入る。

「うっわ、あんた藤宮ちゃんにまでそれ渡したの?」

クラスの友人が眉をひそめて呟く。
彼には男女問わず友人が多いので、話している最中はこうしてひっきりなしに別の友人達も混じってくることが多かった。

「ん?どういう意味?」
「藤宮ちゃん気を付けて、それくっそ不味いから」
「あ!言うなよ、今から反応見るとこなのに!」
「ははは丁重にお返しします」
「返さないで!!」

ポケットに突っ込むと、大袈裟に嘆く。芸人のようなリアクションは見事と言わざるを得ない。

「藤宮ちゃん私が代わりに美味しいチョコあげるー」
「ほんとー?ありがとう愛してる」
「やだ藤宮ちゃんに告られた!幸せにするね!」
「まじか。結婚か」
「藤宮ちゃんなら私全然いけるわ本当」
「はははー法律が追い付かないからねー」
「俺の愛を無視してそんなチョコで盛り上がるなんて酷い!!」
「うぜぇ」
「ははは愛とか笑える」

友人達との会話は心地良い。打てば響く軽口も、演技めいた反応も、辛辣な言葉も日常だった。

けれど、今回は少しばかり違ったようで。
何気なく吐いた一言に、一瞬彼は固まって、友人は吹き出した。
そして肩を落とす彼の背中を彼女がばしばしと叩き出す。

「あっははははは!どんまい!!」
「いいの…少し辛かったけど知ってたし…ゆっく頑張るし…」
「え、何。どこに凹んだの今」
「…藤宮が俺の愛を否定するからっ!」
「え?ギャグ?」
「あはは藤宮ちゃん最高ー」
「やべえまじ傷付いたー謝罪を要求するわ」
「はははまじかすまないね。では君にこれを」
「え?…っごみなんすけど!!」
「チョコの包み紙ー」
「やったじゃん藤宮ちゃんの贈り物ゲット」
「嬉しく!ない!」
「ははは」

ぎゃんぎゃんと騒ぎながら休み時間を浪費する。いつものことで、学生にはありふれた光景だろう。
くだらないけれどこのやりとりは結構に気に入っていて、部活での人間関係とはまた違う友人達との時間は好きだ。

けれど。




「茉莉さん」

ふいに頭から降ってきた声に、驚く。
というのも聞き馴染んだ声ではあったけれど、その声が言う言葉にしてはとても珍しいそれだったから。

首をほぼ垂直に動かして上を見上げると、綺麗な翡翠が揺れる。

「…おや、二年の階にいるのは珍しいね」
「物理だったので」
「移動教室帰りか。高尾君は?」
「馬鹿は居眠りがバレて教材運びです」
「はは、そりゃ可哀想に」

いつになく不機嫌そうな後輩の姿に、若干首を傾げつつ話していると何故か彼の腕が肩を掴んだ。
そして、くるりと丁度友人達との間に割り込むような位置をとる後輩にますます首を傾げる。

呼び名といい行動といい今日の彼はどこか妙だったけれど、彼は肝心の私には目もくれずじっと友人達の方を見つめている。

「…緑間君?」
「…用はないです、見かけたので挨拶しただけで」
「この行動の意図がさっぱり読めないのだけど」
「……もう少し警戒線を張った方がいいのだよ」
「はい?」

ぽそり、小さな声で耳元に囁くと、彼は再び友人達に視線を向けて踵を返す。
そのまま立ち去ってしまった後輩の背中に疑問符ばかり浮かべつつ、友人達の元に戻ると片や微妙な表情で片や苦笑を帯びていた。

「ごめんごめん」
「いいえー。…しかし藤宮ちゃん愛されてるねー」
「は?」
「めっちゃ牽制されてたけど…ま、頑張れ。完全にスペック負けてるけど」
「…イケメンで文武両道だろうが負けねぇし、小舅みたいなもんだし」
「話が読めないけど…とりあえず緑間君みたいな小舅とか勝てる気しなくね」
「藤宮ちゃんがそれ言っちゃ駄目だわー」

そうけたけたと笑う友人が彼の背中を叩いたが、彼は力無く笑うだけだった。


20131119


ヤマザキ冬のモブ祭り。ゲー廃ちゃんがアプローチかけられると気に入らないし妨害に余念のない一年組可愛い。気力あれば続き書きたいですね。