貴方が居ないから


新しい春が来る。
季節が巡る、それは極当たり前のことで、そしてそれに伴って起こる様々な事象も必然。

出会いと別れ、なんていうのは少々大袈裟だろうか。
だけれど確かに同じ空間の筈なのに昨日存在した人間は消え、そして存在しなかった人間が新たに入ってくる。


その当たり前の光景が、ほんの少しだけ胸の奥に空虚な影を落とすのだ。




「ぼーっとしてんな張っ倒すぞチビ」
「…口の悪い主将だねぇ、新入生縮み上がっちゃうよ」
「んな根性無し辞めてもらって結構だ」


ぺしりと響く音の割に全く痛みの伴わない戯れ。
振り返れば見下ろす不機嫌な瞳は少し前まで此処に存在していた青年と重なったが、その幻影は一瞬で消え現主将の姿を捉えた。

全く、兄弟にしても似すぎだよなぁ。
そう小さく笑みを溢すと、彼は何かを察知したのかもう一度彼女の頭を軽く叩く。

「もう、何度も叩かないでくれるかい。英単語忘れちゃうじゃん」
「小テスト七割以下は再試だろ、部活遅れたらぶっ殺すぞ」
「そっちこそ漢文大丈夫なのかなー、この間ギリギリだったでしょ知ってるよ」
「るせぇ。…あんま呆けてんなよ、後輩に示しがつかねぇだろーが」

そう最後だけ声を潜め、彼女の柔らかな髪をくしゃりと掻き回した青年に茉莉は少しだけ眉を下げて微笑む。

厳しい言葉を装ってしか示すことの出来ない不器用な優しさが、やはりどこか彼の兄に似ていて嬉しくも可笑しかった。
露骨に呆けているつもりは微塵も無いし、恐らく大半の人間には気取られてはいない自信があるのだが、やはりこの厳しくも優しい新主将の目を誤魔化すことは叶わないようだ。

お礼のつもりで彼の脇腹を軽く小突き返しつつ、彼女は周囲に聞こえない程度の声量で囁いた。

「やっさしいなぁゆーや君ったら。お兄ちゃんいなくて寂しいのは君も同じなのにね?」
「調子乗んなクソチビ●●●すぞ」
「新入生の前でそういう放送禁止用語は止めようかキャプテン。…覚悟してたのに、いざあの人たちがいない部活ってさ、ホントに寂しいんだね」
「……しおらしい台詞吐く柄じゃねぇだろ気持ち悪ぃ」
「ふふ、ホントにね。柄じゃない」

からからと笑う彼女は普段通り飄々として見えたが、彼にはどこか空元気にも似たそれであることは容易に見通せる。

仕事に支障があるわけではない。最上学年となりマネージャーを取り仕切る立場となった彼女は何時にも増して良くは働いていたし、新入生の指導も担って非常に頼もしい限りである。
けれど、ふと手が空いた瞬間に、誰かを探すようにコートを見つめては視線を落とす。
この小さな異変を察知したのは自分と監督、あとは今は遠くから此方を睨んでいる生意気な後輩二人というところだろうか。

じとりと恨みがましいような、監視するような視線を向ける後輩二人にこっそり中指を突き立てるジェスチャーを見舞いながら、彼は小さく溜息を溢す。

「…おいクソチビ」
「なんだい弟」
「ぶっ殺すぞ …じゃねぇよ話逸らすなクソ女」
「逸らしたの君だけどね。で、何?」
「あのクソガキ共が鬱陶しくて堪んねぇんだけど?」

吐き捨てるように言って顎で後輩二人の方向を示すが、普段なら盛大に笑うであろう彼女は今回は苦く笑みを溢すだけだった。

いつもならば必ずと言っていい程彼女の周りについているあの二人が、今は遠巻きに見守っている理由。
そして、生意気とはいえ目上の人間への敬意を忘れない後輩達が主将である自分に不機嫌を向けてくる理由。

その原因である少女は、少々困ったように眉を下げて辟易とした様子の彼を見上げた。

「うーん…二人の気持ちはそりゃもう大変嬉しいんだけど、こんな情けないことを後輩には話せないよねぇ」
「お前ら後輩とか気にする関係じゃねぇだろうが最早」
「彼らはこの先二度と出会えない無二の友人だと思ってる。でも越えちゃいけない節度ってあるでしょう?私が寂しいなんて言ったら全力で心配させちゃうから、例えバレバレでも口には出来ないよ」
「…心配くらいさせてろよ、あいつらの勝手だろ」
「そう、だから強がりたいのも私の勝手」
「……揃いも揃ってめんどくせぇこと抜かしやがって殺すぞてめぇら」

にこり、そう少し悪戯っぽく笑った彼女に彼はひくりと頬を引き攣らせた。


要は友人として弱音を吐いてもらいたい頼って欲しいという後輩の望みと、彼女の意地。
その両者が拮抗して折り合いがつかないだけの話であり、そしてその不満の矛先が当の彼女ではなく彼に向けられる辺りこの上なく面倒臭い。
そして、それが単なる八つ当たりというだけではなく、彼への僻みが多分に含まれたものであったので如何とも対応しがたいのが更に輪をかけて面倒なのだ。

まったく、何で俺がこんなクソ面倒くせぇことに。
舌打ちを溢しつつも、その元凶である彼女に強く出れないのも彼が兄に似ていると言われる由縁かもしれない。

胸中に漂う靄のような気持ち悪さのやり場もなく、がしがしと頭をかき回して彼はほんの少しだけ力を込め三度彼女の頭を叩く事で何とか自身の感情に折り合いをつける。

「…俺にしか弱音を吐けねぇくらいならさっさと慣れろ、迷惑だから」
「ふふ、苦労をかけますねぇキャプテン」
「つーか何で俺には言ってくんだよめんどくせぇ」
「だって君とはお互い情けないとこ晒し合ってきてるからねぇ、弱みを握ってるのはお互い様だし何を言っても大概許されるかなって」
「マジでぶっ殺すぞクソチビ」
「あはは、照れるなよ少年」


あぁ、本当に腹の立つチビだ。
そんなどこかで聞いたような台詞を思いながら、彼は頭を抱えた。






「…おもしろくねーよぁ真ちゃん」
「…仕方あるまい、話さないと決めたら譲る人ではない」
「でも宮地サンには話すのにー?」
「……同級生で、宮地先輩の弟だからだろう」
「真ちゃんそんなこといってっけど、面白くないのは一緒だろ?」
「当然だろう、面白いわけがないのだよ」
「よし、今日帰りマジバ決定。宮地サン巻き込んで奢ってもらおうぜ」
「……黒子に連絡しておけ」
「おーけ、最終兵器火神召還なのだよ」


20150104


子供全開のチャリヤ可愛いと思います