決して、愛しさなんかではない



理由なんて無いに等しい。
それでも強いて言うなら、今日はたまたま、それはもう底無しに気分が浮かないという程度のこと。
そんな下らないことで、でも下らないと自身で嚥下することも出来ず、怒りたいのか泣きたいのかも分からなくて。


ただ無性に、何か小さな柔い生き物を抱き潰したくなる。


「………」


カチャカチャ。ゲーム機のボタンを弄る音と微かな呼吸音。
それが抱えている生き物が発する音の全てで、部活が終わるなり捕獲され拘束されたことへの文句も、そのまま後ろから結構な力で身体を締め付けつつ肩口に頭を預けて黙った俺を気遣う言葉も一切無い。

黙々と、ひたすらに、ゲーム。
一応音を消した辺りがこいつなりの最大限の気遣いってところか。

今嵌まってるらしい推理ゲーが一段落したのか、ぐりぐりと軽く頭を寄せてきたかと思うと大した緊張感もなく漫然と喋り出す。
それでも片手でゲームを進めることは止めないのは所詮廃人ってことで諦めるべきなんだろうな。

「先輩」
「んだよ」
「今気付いたんですが」
「あ?」
「充電切れそうです」
「知るかよ充電しろよ」
「不幸なことに今日は持ってきてないんですよねー」
「………」

知るか。もう一度そう声にせずに返してもたげた首を下ろす。
うーんだとか唸りながらもぞもぞ動くもんだから、首やら耳に髪が当たって痒かった。そう嫌でもないけど。

「…仕方ないかぁ」
「言っとくが」
「大丈夫ですよー帰してくれるなんて思ってませんので。大人しく抱き枕に甘んじて差し上げます」

言って大人しくゲーム機を離した手でそのまま俺の髪を触る。部活の後だから当然汗だくだ、服は着替えても頭はどうしようもない。

「汚ぇぞ」
「その頭を人の肩に埋めといて何を今更」
「るせえよ」
「いいんですよ別に。不快じゃないですから」
「…変態が」
「はははー、抱き枕に甘んじる心優しい後輩にそういうこと言いますか」

何でもないように言い切った言葉に軽く心臓の辺りが締められるような感覚を覚えたのは気のせいだ。
つーかさらっと妙な発言してんじゃねえぞ。汗なんか普通に嫌だろ何なんだよ不快じゃねぇって。何なんだよもう。轢くぞ本当に。ときめいたりしてねえよクソが。

「先輩」
「んだよ」
「思ったより愛されてるでしょ?」
「…っるせえ馬鹿黙らねえと締め殺すぞ」
「ははは、元気になられたようで何よりです」


うるせえよ、とっくに分かってんだよ。
俺が自分でも訳わかんねぇのに落ち込んでんの知ってて何も言わずにいたことも、本当は充電残ってることも、ちょっと潔癖入ってる癖に汗だくの俺には拒否を示さないことも。

分かってる、からこそ腹立つんだっつの。


「痛っ…!ちょっと何してんですかもう」

苛立ちを込めて目の前にあった首筋に噛み付くと、呆れたように笑った後小さな手がもう一度俺の頭を撫でる。
だから汚ぇっつってんだろ馬鹿か。触るにしても少しは躊躇うとか嫌な顔してみせろよ。

「…役には立ちませんが、抱き枕くらいなら何時でも買って出ますよ」


あぁくそ、やっぱり腹立たしいチビだ。


20130606


ときめきと怒りが同時にくる宮地さん。きゅんとするとキレる。可愛くないですか。