恋みたいだと、自嘲った




まるで戯れのように命令だなんて言って。
そうして告げられる"命令"は、大抵可愛らしくも凶悪なおねだりでしかない。

本が読みたいから背もたれになれだとか、城を抜け出すからお供しろだとか、森のどこそこで子狐が生まれたから見に行くぞとかそんなものだ。
とても高貴なお方のおねだりとは思えない、…まるで男女が戯れるような内容のそれに、たまにくらりと目眩がする。


幸福なことだ。何がどうお気に召したのかはさっぱりだが、このなんの変鉄もない一兵卒に一際目を掛けてくださる高貴な姫君。
耳障りの良い音楽のような声で名前を呼ばれ、まるで幾億の花が咲き誇ったかのような眩しい笑顔を向けられ、そしてあまつさえおねだりまでされる立場を手に入れて。

本来ならばお姿を見ることすら敵わない、身分違いなどという表現も烏滸がましい、生きる世界の違う方。
なのに、ほら、貴女がどこまでも屈託なく俺を呼ぶから。


「早く!見つかっちゃう!」
「もー…帰ったらまぁた俺が閣下に叱られるんですよ」
「ちゃんとグウェンダルには謝るから、ね」
「まったく、我儘な姫さんですねぇ」


言葉だけ象っても意味がないほどに顔は緩んでいる。だって、堪らない。国中の誰もが羨む双黒の姫君にこんな風に手を引かれて、意識を保っているだけ自分はまだ慣れたものだ。


すれ違ったメイドが微笑ましそうに此方を見てくすくすと囁き合う。
浮世離れした容姿に反して内面はとても可愛らしい姫はメイドからの人気はなんと陛下を上回っているらしい。
そして反比例して俺への評価は駄々下がりだ、姫を独り占めするからと。


穏やかな、幸福な日々。

― 勘違いしてしまいそうなほど。


「急がなくても店は逃げませんよー?」
「駄目よ、急がなきゃ。今日はもうあと半分しかないもん」
「姫さんが望めば隊長でも閣下でもいつでもお供しますって」
「駄目、ヨザックのお休みは明日まででしょ。目一杯遊べるのは今日しかないじゃない」
「……やぁだ、グリ江ったらモテモテで困っちゃうわ!」
「何で急にグリ江ちゃん?」


美しく愛らしい貴女の、可愛らしくも残酷なおねだり。
こればかりは仕方ない。この方にはそもそもそういう意識が皆無なのだから。しっかりと、自分で線を引かなくてはいけないのだ。


「今日は駄目、グリ江ちゃんはお休み。ヨザックと遊びに行く日なの」
「…どっちも俺なんですがねぇ」
「駄ぁ目、ヨザックじゃなきゃデートにならないでしょ」
「っ、」


でぇとって何ですか。本来続けるべき言葉は上手く音にならない。
つい先日猊下に揶揄われて意味を教わったばかりだ。

…本当に、この方ときたら


「……姫さんは立ぃーっ派な悪女になれますよ」
「なぁにそれ、アニシナさん?」
「いえ、というよりはツェリ様ですかね」
「はぁ?あんな色気爆発の女性に?ヨザックもう疲れたの?」
「ある意味ツェリ様より性質悪いですけどね」
「もうっ、無理矢理付き合わせたから怒ってるの?」
「いいえ、本心ですよー」


大丈夫、勘違いなんてしない。
これはあくまで少し行き過ぎた臣下への親愛であって、この方には何の意味もない日常なのであって。


決して、決して、


俺の望む形の感情などでは、ないのだ。



恋みたいだと、自嘲った