良薬口に


おっとりとした、といえば聞こえは良いが、要は呑気なのだろうという自覚はある。
既に失われた過去とはいえ名家の令嬢として過ごした日々が形成した気質であり、また今は亡き母を受け継いだ天性のものでもあり。
加えて見目も弟曰く『ふわふわとして儚げで可憐』な印象を与えるものらしく、要約すれば対外的に彼女の第一印象は『世間知らずで騙しやすいお嬢様』ということになるらしい。

こういう事態が頻発するのも、その印象を真に受ける人間が多いということなのだろうけれど。



「…お決まりの行事になってきたわねぇ」

名門NRCの保健室、その静かな空間で一人おっとりとした仕草で頬に手を添えて首を傾げる。
目の前にはカップケーキの入った小さな袋とメモの切れ端が小奇麗に整理された机の中央に鎮座して、メモには些か歪な文字で「日頃のお礼です、絶対食べて!」と走り書きが残されていた。

小さく軋む椅子に背を預けて天井を仰ぎつつ、彼女は仕方なしに袋を上げて細い指で中身の一つを摘み上げる。

「んー…匂いはない、けど、微かに青みがかった粒が混じってるから蛍火草?うーん、…一過性の惚れ薬かな」

男子校の若い女性校医への差出人不明の贈り物、とくれば、十中八九そういうものである。
特にやんちゃな生徒の多いこのNRCでは遊び半分で授業で習った薬の効果を試そうとする生徒も多い。要は体のいい玩具である。
かといって悪意というほど強いものでもなく、ただあわよくばちょっと良い思いが出来ればという思春期の思考な辺りが何とも憎めない。

一頻りじっくりと検分して、盛られた薬の内容に当たりを付けたところで、彼女は事もなげにぱくりとそれを口に含んだ。
味に違和感はない、ただ飲み込んだ後の鼻先を抜ける風味にほんの少しの薬臭さが残っていた。
飲み込んで、また一口大に割ったそれを口に運ぶ。

と、思いがけず背後から伸びた手が彼女の細い腕を掴んで、二口目は中止を余儀なくされた。

「…何をされているんです」
「クルーウェル先生」

呆れたような声が耳を擽り、首を捻って見上げれば麗しの同僚が今にも頭を抱えそうな表情で彼女を見下ろしている。
ぱちりと目を瞬かせる彼女の指から二口目のケーキを取り上げて、代わりに飲みさしていた紅茶のカップを差し出す男は無言で飲むよう指示していた。

彼女が大人しくカップに口をつけたのを見届けて、クルーウェルは小さくため息を零す。

「もしやと思って様子を見に来てみれば…。一体何故、盛られていると分かっているのに口にするんです」
「でも、毎回のことですし…。この程度ならすぐ解毒できますから、食べて採点してあげた方がいいでしょう?」

そう、毎回のことだ。
錬金術の授業には度々思春期の男子生徒の好奇心を擽る実習が組み込まれている。水中で呼吸する薬、性別を変える薬、獣人の耳が生える薬。
それらは総じて味が最悪で、決して他人に気づかれずに漏れるような代物ではないのだけれど、中には例外がある。
それがいわゆる惚れ薬だ。思い人にこっそり服用させるものだから、味は極めて控えめにするのが出来の良さの指標の一つである。

そんな薬が手元にあって、手近に実験対象になる騙しやすそうな異性がいる。
とくれば、彼女のもとに好意を装った贈り物として届くのも必然なのだろう。

…慣れたこと、とはいえ、中身を理解した上で口にする必要は全くないのだが。
呑気この上ない発言を笑顔で宣う女に、クルーウェルはぐりぐりと眉間を指で押さえて呻くように続ける。


「…採点は私の仕事です。貴女が体を張る必要はない」
「あら、でも良く出来ているのに捨ててしまうのは可哀想ではありませんか。先生ですもの、良く出来た子は褒めてあげたいでしょう?」
「…………」

何を言ってるんだこの女は。
つい本音を心の内で零して、クルーウェルは奇異なものを見る目で彼女を見おろす。

教師は聖人ではないし、紛いなりにも師と仰ぐべき相手に薬を盛るような駄犬は須らく再教育対象である。
それが当然である彼にとって、目の前の彼女のあまりに呑気で迂闊な発言はおよそ理解の範疇を超えていた。

眉間の皺を深くしたクルーウェルを見上げた彼女は、気に留める様子もなくまた一口大に割ったカップケーキを口に放り込んでにこりと微笑む。

「クルーウェル先生もいかがですか?ほんの少し後味に違和感はありますが、美味しいし良く出来てますよ」
「…いいえ、私は結構です」
「あら、それは残念です。だって生徒にとっても良い薬になると思いません?…上手く騙せたと思った相手から薬の採点までされるなんて、ね?」

ふわりと可憐に、涼やかに、彼女は目を細める。
その柔らかな笑みと言葉を前に、先程までの苛立ちを霧散させて彼は瞳を瞬かせることになった。

そうして一瞬の沈黙の後、クルーウェルは喉の奥で低く笑う。

「なるほど。…それはそれは、NRCの校医らしい指導だ」
「ふふ、良いお薬は苦いものですから」
「違いない。そういうことであれば、私もご相伴に与らせていただきましょうか」
「あら素敵。今回の採点は厳しくなりそうですね」

人畜無害の可憐な笑みで笑う女は、思ったよりも強かな女らしい。
先程までの評価を真逆に翻す必要がありそうだ。

思いがけず愉快な存在との出会いに高揚する気分を抑えつつ、彼は差し出された椅子へと腰を下ろした。

20210105

友人への捧げものでしたが、もったいないのでとりあえずここに。。。