葉月に咲く花
「これ、やる!」
余りにもにこやかに、嬉しそうにそう言われたものだから。
顔や服が泥だらけだとか、今は不在の某高僧様が見たらハリセンが飛んできそうだとか、そういったことを口にすることも忘れ彼女は目を瞬かせるしか出来なかった。
眩しい金晴眼を細めて、笑顔と共に差し出されたのは紅色の花。
どうやら贈り物のようで、手を受け皿のようにして差し出すとその上にぽとりと落とされ花は彼女の手の中に移る。
「悟空、これはどうしたの?」
「きれーだろ?街の外れで見つけたんだ!何かお前に似てるかなーって思って貰ってきた」
「そう…嬉しい、ありがとう」
薄紅の花弁を弄びつつ礼を返すと、隣に腰かけ至極ご満悦の様子の彼は卓上の菓子に手を伸ばす。
外で遊びまわってお腹が空いたのだろうことは容易に想像がついて、彼女は思わず口元を綻ばせたが今回ばかりはそれを許すわけにはいかないようだ。
軽くその手を払い落として、首を傾げる彼に苦笑しつつ口を開く。
「悟空、食べる前に手を洗っておいで」
「えー…」
「顔と服の泥は私が落としてあげるから、手だけは洗わなきゃ駄目」
「うー…分かった」
やんわりと、でもはっきりとそう言い切ると悟空は些か不満そうにしつつも素直に水道へと向かう。
その背中を見送りながら彼女が小さく息を溢すと、後ろから笑みを堪えたような声が飛んできた。
「随分熱烈な贈り物ですね」
「…からかわないでよ、八戒」
「からかってるつもりはありませんよ。…贈り物のチョイスでその花とは、随分意味深じゃありませんか」
そうくすくすと笑みを溢すのはモノクルを揺らした八戒。至極楽しそうに笑っている辺り、彼には此の花が何なのか分かっているのだろう。
掌で踊る紅色を眺めながら、ああこれは遊ばれるなぁと内心で肩を竦めた。
「綺麗な花には毒がある、ということですか。まぁ悟空にこの程度の毒が効くとは思えませんけどね」
「それを言うなら棘だよ八戒。…気を付けておくに越したことは無いでしょう」
「まぁ下手をすれば死にますからねぇ」
「………」
からからと事もなげに言う八戒に、彼女は呆れた表情を隠そうともせず肩を竦める事で返した。
愛らしい紅色の花。見る者を和ませる美しさに反して、この花は毒を孕んでいる。
それを知っているから、普段から悟空に甘い彼女も手を洗う事は譲らなかった。
もう夏も終わりが近い、そろそろこの花も見納めだ。
季節の移り変わりに思いを馳せつつ、彼女はその柳眉を複雑そうに顰めて呟くように溢す。
「夾竹桃の花言葉は危険、用心、油断大敵…。まぁ悟空に他意があるとは思えないけど、似てるってのはちょっと複雑だね」
「おや、美しい容姿の中に危険な一面を持つ。女性として魅力的な、至高の褒め言葉だと思いますよ?
事実その花は愛する人への贈り物としても使われますし、悟空も隅に置けませんね」
「…君は嫌味が上手だね」
「これは失礼、フォローのつもりだったのですが」
八戒の言葉に、彼女は表情を呆れから諦めに変えて。
直に空腹を訴えつつ戻ってくるだろう青年の泥を落としてやる用意の為と、これ以上の会話を打ち切る為に腰を上げる。
「…良くも悪くも深読みは危険、かな」
今は素直に、あの純粋な青年の好意を受け取っておくこととしよう。
葉月に咲く花
(例え毒でも、君が綺麗だと言ってくれるのなら)
20121011