* * *
あの人のことを考えると、胸が暖かくなる。
些細なことが起きても怒ったりイライラしなくなったし、誰に対しても優しく接することが出来るようになった。
テレビでいつも周りのメンバーよりも一歩引いて、みんなを見守っている彼を人は「母親のようだ」と例えたり、人によっては「地味」だと言っている人もいる。本人でもないのに人の評価に一喜一憂する私も私だが、その本人と付き合っているんだから多少の評価はやっぱり気にしてしまう。彼が悪く言われればそれなりに落ち込むし、逆に良く言われればまるで自分のことのように喜ぶ。思えば一度だけ、ネット上で彼のことをバッシングしている記事を見た日には彼に「君は気にしないでいいよ」と心配をかけさせてしまったことがある。そんな時でさえも彼は変わらず優しいものだから、何だか彼との器の大きさを改めて思い知った気分になったのを鮮明に覚えている。
「かっこいいなぁ。」
テレビの画面の向こうで歌ったり踊ったりしている彼を見つめながらそんなことを呟くと、隣に座っている彼が少しため息をついた。
「今はテレビの中の僕じゃなくて、隣にいる本人を見て欲しいんだけど…。」
呆れながらも、それでもやはり悪い気はしないのか壮五くんはそう言いながら私の横顔を見つめる。それに気付いた私は少し俯いてから顔を逸らした。気分でも悪くなったのかと思ったのか、彼は少し不安な声で「ナマエ?」と名前を呼ぶと、私は「やっぱり、恥ずかしい」と答えた。
「…恥ずかしい?」
「テレビで見てるアイドルの壮五くんが横に居るとやっぱりどうしても目を合わせられないというか…。」
我ながらなんて馬鹿らしいんだろうとは思う。
確かに本人と付き合っているし、付き合ってる期間も1、2か月というような短さではない。確かにアイドルとしての仕事が忙しいから他の恋人と比べれば会える時間は圧倒的に少ないが、それでもこうして時間が取れればこうして私の家まで遊びに来てくれるのだ。にも関わらず未だに私は彼のことを直視出来ない時がある。それは彼の容姿や身なりに性格、そして豪家の出身であるといった私には勿体ないほど素晴らしい彼氏だからかもしれないが、やはり何よりも彼がアイドルだからだろう。美人は三日で飽きるだなんて世間でよく言われているが、私からすれば彼と出会ってから今に至るまでの1年間、未だに慣れないことばかりだからきっと嘘に違いない。少なくともこの壮五くんには通用しない言葉だと思う。
「君はずるいよ。」
やっぱり彼は私には勿体ないな、なんて考えていたら突然彼がそんなことを呟いた。ずるい?と思わず背けていた顔を上げて彼を見ると、壮五くんはいつになく真剣な目でこちらを見ている。その真顔がたまらなくかっこよくて途端に彼に心臓を握られたような苦しさに襲われた。
「テレビにいる僕のことはあんなにキラキラとした目で見つめるのに、隣にいる僕のことは見てくれないなんてずるいよ。」
「あ…ち、違う。ごめんね、そうじゃないんだけど…!」
慌てて謝りながら誤解を解こうとすると、壮五くんは突然口元を押さえながら小さく笑い始める。笑っている姿も上品で素敵だな、なんて思っていたが次第に私も冷静を取り戻し、何でこんなに慌てているんだろうと別の意味で顔が赤くなる。すべて壮五くんのせいだ。
「意地悪だよ、壮五くん。」
「それはナマエもだろう。君が構ってくれないから。」
テレビの向こうにいる彼は確かにみんなを暖かく見守る母親的な存在になる場合が多いし、前へ前へといくキャラでもないから地味に見えることもあるかも知れない。でも、そういう意見に対して「彼もアイドルをやっているんだから周りのメンバーと同じように輝きたいんだよ」と言いたい気持ちより、そんな一面を知っているのは自分だけでいいという思いもある。
知ってほしい。
でも、それを知っていいのは私だけという優越感もある。
「壮五くん」
彼の名前を呼んでそっと手を触れてみた。私より少し大きなこの手の暖かさも、指の感触も、全部知っているのは私だけじゃない。彼にもかつて付き合っていた人がいたことは私も知っている。…でも、少なくとも今という時間の中で彼の手に触れたり握ったりとこの体温や感触を感じれるのはこの私だけだろう。私だけだよね、と少し不安症の私は思わず確認してしまいそうになるが優しい彼のことだからきっと私が何度聞いても笑顔でそうだよと答えてくれるはずだ。そんな彼の優しいところにも私は惚れてしまったんだから。
「ごめんね、ちゃんと壮五くん見るから。」
「…ううん。僕も柄にもなく子供っぽいことしてごめんね。」
「いいんだ。柄にもなくとか、そういうの。壮五くんの全部を知りたいよ。」
君はずるいよ、って言った彼の言葉は当たっている。
私は本当にずるいと思う。だってこんなにも思っていることが矛盾しているんだから。それはきっとアイドル逢坂壮五のファンであるからのと同時に、逢坂壮五という一人の男性と交際している彼女だからこそ生じる矛盾なんだと私は改めて感じながら再び彼の手をそっと握るのであった。
答えは見つからないのに