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 「天くんって、もっと年相応の子みたいに笑わないの?」
 私が投げた質問を彼は暫く同じようにこちらを見てくれていたが、間もなくすると合わせていた目線を逸らしてそのままスケジュール帳を開いた。今現在、彼は私の部屋に来ている訳だが既に我が物といった顔でベッドを背もたれにしてマットの上で優雅にお仕事の確認をしている。これでも一応はお部屋デートしているんだから少しぐらいはお仕事を横に置いて欲しいが、何せ相手は超人気アイドルグループTRIGGERのセンターなのだ。そうもいかないだろう。
 本格的に無視を決め込まれる前に私は「それこそ陸くんみたいに明るく…」と言いかけたところで言葉を途切らせた。というのは、ついこの前も彼の前で陸くんの話をしたところ不機嫌になりそのまま部屋を出たっきり2週間ほど連絡を返してこなかったからだ。ごめんね、ごめんなさい、すみません、申し訳ございませんでした。と次第に謝罪の言葉が変わっていくに連れてこのまま彼との関係はもう終わってしまうのかと本気で泣いて落ち込んでいたら彼のほうから『もう謝らなくていいよ。』というメールが入ったのだ。その日はそれこそスーパーで売られている赤飯を買って食べたのを覚えている。結果的に彼には許してもらえたが、それでもあの日々は私の中でかなりのトラウマとなっている。どう言い訳を述べようと考えながらバクバクとうるさく鼓動を打ち付ける心臓を抑えた。

 「ほら、笑ってる天くんは本当に素敵だし…」
 なんとか出てきてくれた無難そうな言い訳を並べるも、彼は相変わらず無言のままスケジュール帳を見つめている。もういっそ私のほうが部屋を出てコンビニかどこか行って頭を冷やしたくなったが、帰ってきた時にはきっと彼はもういないことだろう。それならこの部屋で場合によっては土下座でもなんでもすれば許してもらえるのでは…?とアイドルと付き合っている女性とは思えない考えも一瞬だけ頭によぎった。

 「陸には陸のキャラがある。ボクとは違うんだよ。」
 「そ、そうですね…」
 意外にも私が思っていたよりも不機嫌じゃないのか、彼はそんなことを呟いてから再びスケジュール帳のページをペラっとめくった。チラリと見えたそこには今月だけでなく来月の予定もビッシリと書き込まれており、思わず目を細めてしまった。
 本当に貴重な時間を割いて私に会いに来てくれてるんだ。
 そう思うと私はもうこの話題を口にするのをやめようと「そういえば最近」と近頃身の回りに起きた話をして話題を逸らそうと思った。しかし何を思ったのか天くんは「何で急にそんなこと言いだしたの?」と私に質問を投げかける。これがこの日初の彼からの質問だ。彼から何か聞いてくることはあまりないことだから少し嬉して心が躍るも、話題が話題なだけに気まずさを感じる。どうしようかと思ったが、彼の質問に早く答えたい気持ちのほうが強くて私はどうか怒りませんようにと心の中でお願いしながら口を開いた。

 「深い意味はないよ。ただ私は笑ってる天くんも素敵だと思うからちょっと言ってみただけ。気を悪くさせたらごめんね。」
 いくらステージの上の彼とプライベートの彼に差があるとはいえ、それでも私は天くんが好きだから。どっちがいいとかそういうのはない。ファンのみんなの前でニコニコと笑みを浮かべている彼が私の前では素っ気ないとしてもそれでも彼のことを嫌いになれるはずがないのだ。彼と連絡の取れなかった二週間、それこそもう復縁は無理だと思っていたから彼がもう謝らなくていいと言ってくれたというのに私は「反省しますのでどうか別れないでください」という言葉を口にしたのだ。しかし彼は頭を少し傾げながら私を見つめる。
 「最初からナマエと別れるつもりなんてなかったけど。」
 ポツリポツリと「私はどんな天くんでも好きだよ」「天くんの彼女になれて本当に幸せ」といった言葉を付け足すと、ふと彼がずっと黙り込んでいることに気付いた。彼は基本、無関心な話題でも「ふうん」「それで?」とやや冷たい相槌を返してくれるのだ。それがないということは、もしかして今ので本格的に怒らせてしまったんだろうか。思わず顔を上げて「天くん?」と彼を呼ぶと、天くんは目を逸らしたまま微かに頬を赤らめている。

 「え。」
 「…よくそんな恥ずかしいことを平然と言えるね。」
 「そんな恥ずかしいことだったかな!?」
 言われてみればそうかもしれない!と急に頬に熱が集まり、自分の口元を押さえながらどうしようか迷っていると天くんはそんな私を見て小さく笑った。
 私の好きな、柔らかい笑顔だ。

 「陸とは確かに双子の兄弟だけど、性格も一緒というわけじゃない。それに彼はボクのようにキャラを作ってないからね。」
 「は、はい。」
 「確かにボクはファンには常に笑顔を振りまいてるけど、ナマエといるときは素の自分でいられる。落ち着くってこと。分かる?」

 彼の言葉に頬を両手で押さえながらコクコクと頷く。自分からこの話を振っておいてなんだが、正直もう別の話をして欲しい。それこそ私のつまらない話でも何でもいいから、とにかく話題を逸らしたくてたまらなかった。
 そう思っても彼はスケジュール帳を閉じてからテーブルに置き、それからこちらに近づいてくるものだからきっと私が恥ずかしさでどうにかなりそうなのを知っている。指の隙間から見える頬の赤さに彼は既に気づいているのだ。恐らく私が頬に手を伸ばす前から。

 「ねえ、ナマエはファンの前にいるボクと今のボク、どっちが好きなの?」

 全てを知った上で彼はまた、意地悪な質問を投げて窮地に追い込まれた私を楽しんでいるんだ。
白と黒が混ざったら
暗涙