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百くんと私は彼がRe:valeとしてデビューする前から恋人という関係で、当時から彼は今も変わらず明るく、自分のことより周りの人をずっとよく見てる人だ。
たまに今までの会話全てがコントだったのかと思ってしまうぐらい予測不可能な発言が出てくるけど、気づいたら私もそれに乗っかって、ふたりで終着点が見えないままコントを続けてしまった日があったりする。
「ナマエと一緒にいると、ユキとはまた違った夫婦漫才をしちゃうな。」
そしてたまに、無自覚でそんな爆弾発言も口にする。
夫婦漫才とか言われて嫌でも彼とのこの先の未来を想像してしまう私は乙女…というわけではなく、もう直ぐ20代後半に差し掛かるのだ。そろそろ友人たちも素敵な相手を見つけて将来について話してるし、結婚を意識してもおかしくない年齢だ。
「百くん百くん!この間のミュージック番組見たよ!」
「ほんと!?どうだった?」
「百くんも千さんも、最初はニコニコと楽しそうにトークしてたのに歌いだしたらカッコよくて。今回の新曲も大人っぽい感じの曲だから凄く決まってたよ。」
「やったー!嬉しいっ!」
そう言って全力で喜んでる百くんの腕によって私の体は抱き寄せられる。百くんのファンの子はどちらかといえば彼に対して可愛い印象を持っている人が多いが、彼のことを近くで見ている私はそう思わなかったりする。
それこそステージの上にいる彼は可愛い印象なんて抱かないぐらいカッコいいし、正直普段の彼とのギャップの差に思わず怖いとすら感じてしまう時があるのだ。現に私の腰にある彼の腕だってしっかりとした男性の腕で柔らかくない。
「今日、百くんのために料理作りたいと思うんだけど、何食べたい?」
「ナマエの手料理?どれも美味しいから何でもいいよ!」
何でもいいっていうのが一番困るんだけどな、と思いながら「一応、いま冷蔵庫の中身でできるのはハンバーグとカレーと…」と冷蔵庫を開けながら食材を改めて確認する。日頃は外食やロケ弁ばかり食べている彼のために、今日は料理するって決めてたからそれなりに食材は揃っているはずだ。
「…ねえ、ナマエ。」
ふと名前を呼ばれたことで冷蔵庫の扉を閉めて振り返ると、直ぐ背後に彼がいて思わず声を上げて驚いた。彼はそんな私の反応に「ひっどーい!さっきは抱きしめさせてくれたのに、もう自分のハニーの顔を忘れたの!?」と少々怒っている様子だ。いや、怒っているというより拗ねているのだろうか。
というより私がダーリンっていう設定でいいんだろうか。
「わ、忘れてないよ!?ハニーの顔なんてもう忘れたくても忘れられない!」
「嘘!本当は違うハニーがいるんでしょ。素直に答えて!オレは何番目のハニーなの!?」
いつものように彼のボケに軽く乗ったつもりが、気づいたらとんでもない泥沼な関係設定になってて、もはや昼ドラの練習をしているような気すらしてくる。それでも何だかおかしくて、私は口元を押さえながら笑うと、彼もまたいつものように優しい笑顔を浮かべる。
「決めた!今日はナマエのカレーが食べたい!」
「うんっ。カレーだね?張り切って作るよ。」
もう一度振り返って、冷蔵庫の野菜室からニンジン、玉ねぎ、ジャガイモといった食材を取り出していく。
「百くんはリビングとかでくつろいでて大丈夫だからね。」
トップアイドルとして忙しい毎日を送っている彼が少しでも休めるようにと、そう声をかけながらシンクで取り出した野菜を丁寧に水で洗う。隣にいる彼はそんな私をジッと見つめて、それから「今日は手伝うよ」と言ってきた。
「えっ。」
「なにすればいい?あっ、とりあえず野菜の皮むきするよ!」
彼はそう言ってから軽く鼻歌を歌いながらニコニコとした表情でピーラーを手に取ってニンジンの皮を剥いていく。少しぎこちない手つきながらも、しっかりとやってくれている百くんに思わず言葉を失った。いつもの彼なら「味見する係!」とか言い出すのに。
彼に何か心境の変化が訪れたんだな、そう思いながら私は彼の好意に甘えるように、その手から剥き終えた人参を受け取って包丁で切っていくことにした。
*
「うわあ、いい香り…」
「あとは15分ぐらい置いといて、上手くいってたら出来上がりかな。」
火力を調整しながら鍋に蓋をすると、突然百くんが後ろから抱きしめてくる。今日はやけにくっついてくるなぁ。もちろん悪い気はしないし、可愛いから私も嬉しかったりするんだけど。
「料理って大変なんだなぁ。」
「そう?」
「うん。今日手伝ってて思ったよ。やっぱりナマエは凄いって。」
「も、百くん、今日どうしたの?やけに褒めてくれるし、やけに抱きしめてくるね?」
恥ずかしさから思わずそう言いながら振り返ろうとするも、彼は私の腰に回している腕に力を込めてそれを阻止した。振り向けないまま私がまた彼の名前を呼ぼうとしたところ、百くんは突然私の肩に頭を乗せる。ふわりと大好きな彼の香りが鼻をかすめた。
「…オレはユキみたいな何でも相手に気づかれる前にサラリと出来ちゃうイケメンじゃないけど…。でも、ナマエと幸せになりたいよ。」
幸せになりたい。
ふとその言葉を聞いて思い出したのはそういえば先日、彼を部屋に通したとき、友人から貸してもらった結婚に関する雑誌が適当にテーブルに置いたままなのを思い出した。あの時からだ。彼の様子が少し変わってしまったのは。
いやいや、まさか。百くんがそれに気づくはずがない。それでも僅かな希望を抱いたまま私は「ねえ百くん、もしかしてだけど私の部屋にあった雑誌…」と言いかけたところで彼は「雑誌!あんな分かりやすいところに置いて!ほんと、どういうつもりなのか分からなくなったんだからな!?」と今まで張り詰めていた糸が切れたようにそう怒鳴ってきた。怒鳴ってるというより、恥ずかしさを隠したくて大きな声を上げてしまったという表現が近いんだろうか。
「やっぱり見た!?」
途端に私も顔を真っ赤に染めて、百くんから離れようと必死になるも、彼は私を離さまい。
「百くん離して!」
「やだ!離さない!ちゃんと答えてくれるまで離さないから!」
「な、何を答える必要があるの!?」
今すぐ部屋に逃げて布団を被りたい勢いだが、百くんはやはりそれを許すつもりがないようだ。しかし、あれほど強く私の腰を抱いていた腕から力が抜け、彼はそれから私の肩を掴んで振り返らせると真剣なルビー色の瞳を私に向けてくる。それに思わず逃げることを忘れると、百くんは私の両手を握り締めた。
「あの雑誌を読みながら誰のことを思い浮かべてたの?オレのこと?」
「ばっ…ばか、誰を思い浮かべてたとか…」
「言って。」
そんな相手、百くんしかいないというのに。
雑誌に載っているモデルさんが着ていたドレスを自分も着て、その隣には同じく白いスーツを身にまとった彼がいたら。確かにそんな妄想をしていたことがある。もちろん結果的に思い浮かべては恥ずかしくなって慌てて無かったことにしたけど。
「言ってくれなきゃこの手を離してあげないないから!」
「百くんのことを考えてました!」
彼の大声に釣られて私はとうとう、ずっと抱いていた妄想を打ち明けると百くんはそんな私から飛び出た言葉に目を見開いた。「…えっ?」という声まであげて。引かれた。絶対に引かれた。
もういっそこのまま埋まってしまいたいとすら思っていた私だが、突然百くんは私の手を離すとそのまま力が抜けたかのように床に座り出す。「も、百くん…?」どうしたんだろう、そんなに引かれる発言だったのかと不安を抱きながら彼に聞いてみると、百くんは口元を押さえながら顔を真っ赤に染めている。
「ず、ずるいよ、ナマエ…!そんなこと言われるとは思っていなかった…。」
「ええ!?ご、ごめん、やっぱり気持ち悪すぎたよね。引いたよね、ごめん…。」
「違うって!そうじゃなくて…。正直その、オレとは違う人を探し始めたのかなって思ってたから…。」
「……え?」
無。その言葉以上の言葉が見つからないほど私は思考が止まってしまった。私が百くん以外の人を探す?
彼に「どういうこと?」と詳しく聞いてみたところ、どうやら彼的にはあの雑誌を見た途端、私が違う人との結婚を意識し始めたと勘違いしてしまったようだ。それで慌てていつもは照れてしまうからとほどほどにしていたスキンシップも増やしたり、積極的にお手伝いをしてくれたり。ああ、だから今日の彼は何だか様子が違ったように思えたのか。全てがひとつに結びついて、何だかおかしくなった私が「あはは」と笑うと「笑い事じゃないからな!」と彼が必死になって声をあげた。
「ごめんね、百くん。私、本当に百くん以外の人を考えたこともないから。」
「……うん。オレも勝手に勘違いしてごめん…。ねえ、ナマエ。」
彼は私との間に手をついて、それから顔を近づけてくる。そのまま軽くキスをされて、それから百くんは「もうちょっとだけ待ってて。」と呟いた。もうちょっとだけ待ってて?と思わず頭の中で彼の言葉を繰り返すと、それから彼はいつもの調子に戻ったように笑う。
「そう遠くない先、必ずオレの方からナマエにその言葉を伝えるから。だから、もうちょっとだけ待ってて欲しい。」
「…百くん、それ、キスより恥ずかしいんですが…。」
思わず自分の頬に手を当てて真っ赤に染まる顔を俯かせると、そんな私を見て今度は百くんが笑い出す。ギュッと抱きしめてくる彼の胸元に頭を預けて背中にしがみつく。
それから二人で作ったカレーを食べながら、彼の言った『そう遠くない先』という言葉に私は少しだけ泣きそうになったのだ。
君との永遠