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 ※逢坂壮五の誕生日記念。
 ※行為が未遂で終わる。

 5月28日、夜。
 その日はめでたいめでたい壮五くんの誕生日で、夜遅くに仕事を終えて帰宅した私はため息をつきながらテレビをつけた。
 先週のうちに録画を予約したIDOLiSH7の番組は彼の誕生日を盛大に祝うべく、3時間も枠を使った生放送をすると宣伝していたのだ。録画した番組を見ながら、ファンやメンバーたちに「本当にありがとうございます」と嬉しそうに、でもほんのり涙目になっている彼を私は微笑ましく見つめる。

 壮五くんと私はアイドルとそのファンという関係ではない。ちゃんとした恋人なのだ。

 28日に日付が変わって、数分遅れで彼に『誕生日おめでとう』とメッセージを送った。
 本当は他にもいろいろなお祝いの言葉も付け足したかったが、何せここのところは残業が続いてばかりで睡魔に襲われていたのだ。他の言葉が見つからず、結局そのメッセージを送った直後に寝落ちしてしまい、翌朝になって初めて彼が電話をかけてくれていたことを知った。

 それから直ぐに謝りのメッセージを入れたが、当然ながら今日一日、普段の倍ぐらい忙しい彼から返事が帰ってくることはなかった。

 ふと携帯に手を伸ばし、昨日の彼とのやり取りを今一度見つめ直す。『誕生日おめでとう』という私のメッセージの3分後に届いた着信。電話に出なかった私へ『ありがとう。もう寝たのかな…?おやすみなさい。』と送ってきた彼。
 もしあと3分、寝るのを我慢したら彼と電話できたというのに。
 そんな今更どうにもならないことを悔やんでしまったことに自分でも呆れた笑いが出てしまったが、ふと手にある携帯からメッセージが届いた音が鳴った。

 『いま、あえますか。』

 思わず目を疑ってしまった。
 まるで私がずっと思っていたことが彼に届いたようで、仕事を終えた後の疲れが一瞬にして吹き飛んだんだと思う。

 『はい。会いたいです。』
 今度は失敗しないように、直ぐに彼に返事を送って見ると直ぐに既読がついた。けれど、彼にそう送ってから1分、2分、3分と待ったところで彼からの返事が来ない。もしかして彼のほうが寝てしまったのでは?と思ってしまったが、彼に限ってそんなことはないだろう。

 彼が来るなら私も早く着替えないとな、と身につけているスーツの代わりに何か無いか探そうとソファーから立ち上がったとき、家のインターホンの音が部屋に響いた。
 いやいや、まさか。もう来た?
 そんなはずはない、だってまだメッセージを送ってから5分と経っていないのだ。
 しかしこんな時間に家を訪れる人も見当つかない。少しドキドキしながら「はい」と返事をしてから玄関のドアをそっと開けると、そこにはまさかのまさかで逢坂壮五ご本人が立っていた。

 「えっ?!は、早くない?」

 思わず少し大きめな声を上げてしまったが、目の前にいる彼が「ナマエ」と私の名前を呼ぶやいなやギュッと抱きついてくる。
 「ちょっ…壮五くん…!」
 壮五くんは確かに華奢な体つきをしている方だとは思うが、それでも相手は男だ。抱きついてきた彼の体を受け止めるので精一杯の私は少しだけ後ろに一歩退いてしまった。

 「ふふ。今日はスーツなんだね。」
 「うん、まだ着替えてなくて…って、ねえ壮五くん。酔ってる?」

 ふと鼻を掠めたお酒のにおいに彼の顔をよく見てみると、頬がほのかに赤い。それにいつもとは違う笑みを浮かべていて語尾だってやや伸びている。
 そういえばさっき見ていた番組で「この後みんなで飲みに行く」とかそんなこと言ってた気がするが、抜け出してきたということだろうか。もしそうだとしたら主役が抜けるのはあまり良くないのでは…?と彼の顔を見つめながらいろいろなことを考えたところでマンションのエレベーターから誰かが降りてくる音が聞こえ、私は直ぐにドアを閉めて彼を支えながら部屋の奥へと向かった。

 *

 壮五くんを支えながらなんとか寝室まで向かい、彼に暫く座ってと言うと素直に従ってくれた。実際、彼は歩くときも少しフラフラしていたから正直どうやって私の家まで来れたのかが本当に謎だ。
 横になった彼に「水取ってくるね。」と告げてから離れようとしたところで、壮五くんは私の手をそっと掴む。振り返ると彼はまだ赤い顔で私を見上げていた。

 「…いて。」
 「え。」
 「ここに、いて。」

 相手は酔っているとは分かってるものの、突然真剣な顔を向けられたら正直どうしていいのか分からない。「…あっ。」私が固まっていると壮五くんは私の腕を引っ張り、少し無理矢理にベッドに座らせたところで抱きしめてきた。
 酔った彼を見るのはこれが初めてではない。過去にも数回、酔った彼の介抱をしたことがあるが、基本的に水を飲ませたり暫く甘えてきたところで彼はそのまま眠りについてしまうことが多いのだ。だからある程度、どういった態度や行動を取ればいいのか分かるが、今日の彼は少し違った。

 「…あの、壮五くん。水飲んだ方が楽になると思うから取ってきたいんだけど…。」
 「やだ。行かせない。」
 「でも、」

 「やっとナマエに会えたのに、これ以上僕から離れないで。」

 首に回されてる彼の腕に力が込められる。

 「…壮五くん…。ごめんね、どこにも行かないよ。」
 「本当?」
 「うん。行かない。私も壮五くんに会いたいって思ってたから寂しかったよ。」

 「…じゃあ僕はナマエの何倍も寂しかったな。」

 人は酔ってる時、建前が無くなって本音が出ると本か何かで見た気がするが、今酔ってる彼の口から出てきた言葉は全部本当なんだろうか。私の何倍も寂しかったなんて、普段の彼なら絶対口にしない言葉だ。
 「それは本当かなぁ。」
 本当だといいな、なんて思いながら照れ隠しで少し笑ってしまう。すると首にあった彼の腕が離れていき、壮五くんは私の手をそっと握る。握られながら、彼は私にキスをしてきた。

 「……本当だよ。」

 重ねていた唇を一度離し、私の質問に答えた彼。
 先ほどとは比べ物にならない恥ずかしさから顔を逸らして逃げようとしたところで彼は阻止するように私の頬に手を当てると、それから再び彼の方に向けられてキスをされる。ジリジリと彼が迫ってきて、嫌がってるつもりはないが自然と体が彼から逃げようと後ろに向かう。それからベッドに倒れた私を彼は冷静に見下げていた。

 「…壮五く……ッ」

 彼を呼ぼうとすると、壮五くんは私の首にキスを落としながらわざとチュッと可愛らしいリップ音を立てる。ほんのり濡れてる彼の薄めの唇や吐息が伝わってきて私は思わず彼の背中に腕を回した。
 このままされてしまうのかな。酔った勢いでするなんて、と普通の私なら抵抗していたかもしれない。彼だって翌朝に後悔するのが目に見えて分かる。

 …ただ、手や体が動こうとしない。
 もしかして彼とのキスで私まで酔ってしまったんだろうか?いやいや、そんなはずはない。そんなはずはない、けど、そうであってほしい。

 「ナマエ」
 「…はい…?」
 私から離れ、顔をあげた彼は普段見ることのないもっと崩れたような笑顔を浮かべるとそれから私の腹部に片手を乗せたまま横に体を倒した。

 「……え?」
 「おやすみなさい。」
 お、おやすみなさい…?
 顔を横に向けると壮五くんはそのまま瞼を閉じて暫くすると眠りについたのか規則的な寝息が聞こえてくる。さっきまであれほど熱くなっていた頬が少しずつ熱が冷めていき、私は自分の顔を手で覆いながら今日一番のため息をついたのだ。

 緊張した。本当に緊張した。
 それこそ熱が冷めた今でも心臓の鼓動はまだ早いままで、私は何度か深呼吸を繰り返す。

 隣でスヤスヤ眠っている彼をちらりと見て、それから私はベッドから起きてからリビングでまだ再生しているテレビや電気を消し、それから寝間着にも着替えてから彼の体に布団を被せた。間接照明だけが部屋を照らしている中で彼の寝顔を見つめてみる。普段の顔はもちろんのこと、彼の寝顔は正直、一般人でしかない私の何倍も整っていてかっこいいというよりは綺麗という言葉の方が似合う気がする。

 だからこそ油断していた。

 普通に考えれば恋人とはいえ、酔っている相手と二人きりでそれも男と女の訳なんだから万が一のことが起こっても何ら不思議なことではない。正直仮にあのまま彼が眠ってしまわなければ今頃……ということも充分に有り得た。抵抗しなかったのだから。

 「…ひどいな、壮五くん。」

 彼の耳には届かない言葉を呟く。
 普段の物腰の柔らかい彼のことを知っているから、だからこそいざ自分の上に乗った彼の男の顔を私は知らなかった。
 女の子みたいとまではいかないが、世間的に見てやや中性的な彼のあんな熱を帯びた眼差しだって私は知らない。

 知らないからもっと知ってみたいと思ったのかもしれない。

 「……ナマエ…?」
 彼をぼんやりと見つめていると、目が覚めたのか壮五くんはふと私の名前を呼んだ。呼ばれたことに気づいて「どうしたの」とあえて平然を装って頭を傾げる。すると壮五くんは「一緒に寝よう」と誘ってきた。彼はベッドの奥へ少し詰め、それから私を眠そうなぼんやりとした目で見つめる。私が隣に来るのをちゃんと確認したいらしい。

 もちろん断る理由もないし私だって疲れているものだから、彼の誘いに乗るようにベッドに寝転がる。壮五くんはそんな私の体を抱き寄せてくれた。

 「…壮五くん、誕生日おめでとう。」
 抱きしめられているから彼の顔は見えない。もしかしたらもう眠ってしまったのだろうか。

 「今年はきちんとお祝い出来なかったのが残念だけど、来年こそ…ううん。来年も再来年もその先だって、壮五くんの誕生日が来るたびに私なりのお祝いするね。」

 壮五くんの彼女でいられて、私はとても幸せです。
 私の言葉をきちんと聞いてくれたのかは分からない。でも、耳から直接聞こえてくる彼の鼓動は私の鼓動より確かに速かったのだから、私は彼に隠れて笑いながらまた別の日にきちんとお祝いしてあげようと思いながら眠りにつくことにした。

 この時、彼が実は酔いから醒めていて、真っ赤になった顔を押さえながら朝まで一睡出来なかったのを翌朝になるまで私はまだ知らない。

ズルくて優しい台詞を並べて

誕生日おめでとうございました。
*2016.06.07 公開
*2016.10.** 移転後修正

暗涙