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※幼馴染設定
※モブが出ます
私は昔から彼に対して矛盾な行動ばかり取ってきた。
父親が逢坂家の運転手として働いていたから逢坂壮五とは幼い頃から関わりはあった。当時は幼馴染というより知り合いといったほうがいいほど仲がよかった訳ではない。私の家は両親が共働きで多忙だったため、保育園に預ける時間じゃ足りないので父の勤務時間が終わるまでよく逢坂家でお世話になっていた。
逢坂家にいる間、私はお客さんほどの立派なお持て成しはされてないが、それでも我が家の部屋の何倍もの広さがある一室で使用人の目が届く範囲であれば自由に過ごしてよかったのだ。本を読んだり、絵を書いたり、優しい使用人の方とお話をしたりとそれなりに楽しかった記憶がある。
ただ、壮五くんとはあまり一緒にいられなかった。
そもそも彼の父親自体、私のような運転手の娘より立派な家柄のご令嬢と仲良くさせたいため、私はいつもこの広い部屋で彼らが楽しそうにお庭で遊んでいる様子を眺めていた。
逢坂家に訪れる際、彼とは軽く挨拶を交わすが、それ以上のお喋りは許されない。お互いが何か話そうとすると、決まって使用人が入り込んでくる。彼も私も顔を合わせる回数はそれなりにあったのに、いつも会話することができなかった。
逢坂壮志もちろん、息子の壮五にも失礼な態度を取らないようにしろと両親は何度も私に言い聞かせていたが、そもそも関わりが少ないのだから失礼も何も出来ない状態のほうが近い。
そんな日々を過ごしていたが私も小学校に通い始めたあたりから、次第に逢坂家に訪れる回数も徐々に無くなっていった。
中学生になった頃だろうか、すでに私の中で逢坂家での記憶が少しずつ薄れ始めていったある日、何気なく学校帰りに立ち寄ったCDショップで壮五くんとばったり会ってしまった。壮五くんの方から「ナマエさん?」と私に声をかけてきたのだ。
「覚えてるかな、昔よくウチに来てた……」
「うん、覚えてるよ。壮五くんでしょ。」
すでに逢坂家での思い出はもうぼんやりとしか残っていないが、彼のことは忘れない。何より父親が彼のところで働いているのだから忘れるわけがない。まさかこんなところで会うことになるとは思っていなかった。だからこそお互い何も喋れないまま沈黙が続いているのかと思ったが、違う。
彼と今まで挨拶以上の会話をしてこなかったからこそお互い何も話すことがないのだ。
「……その、あんまり変わってないね。」
「え?そう?見た目そんなに変わってない?」
少しショックを受けている彼に、私は自分が選んだ言葉がよくなかったことに気づいて「そ、そういうことじゃなくて、ごめんなさい」と慌てて頭を下げながら謝った。彼と彼の父親には失礼な態度を取ってはいけない、と頭の中で両親の言葉が繰り返される。やばい、どうしよう。もしこれで気を悪くした彼が父親に何か言ったら我が家の大黒柱は職を失うかもしれない。
最悪の場合、中学卒業と同時に私は両親から勘当を言い渡されるのかもしれない、なんて思っていると壮五くんは「そんなに謝らないで。」と優しい声をかけてくれた。
「僕のことは置いといて、ナマエさんは昔の雰囲気のままだけど、綺麗になったね。」
恐らくだけど、これは社交辞令なんだと思う。
もし私が本当に綺麗になっていたら、つい最近、小学校低学年ぶりに再会した友人たちにも同じことを言われてるはずだ。私は壮五くんに「ありがとう」と伝える。社交辞令には私も大人な対応をしたかったが、残念なことに私は一般家庭で育った中学生だ。彼のように優雅に振舞ったところで鼻で笑われるだろう。
でも、少しでも嬉しいと感じてしまったのは、私が単純だからなんだろうか。
それから壮五くんとはよく同じCDショップで会うことが増えた。ある時は彼と好きな音楽について話をして、ある時は私の存在に気づいていない彼を遠くで見守ってから帰ったりと正直、痛い。あの日、彼に変わってないねと伝えたのはただ単に彼が昔と同じ優しい笑顔を私に向けていたからだ。逢坂家に訪れて挨拶を交わす時のあの優しい笑み。その笑みですら社交辞令なのかもしれない。私は彼らと住む世界が違うから見分けられないけど、どうか彼のあの笑顔は偽りでないことを願っていた。
壮五くんと関わることが増えてから昔の距離を埋めるかのように仲良くなっていった。
携帯を持つようになってから彼とのやり取りが更に増えて、時々、彼と付き合っているような錯覚まで起こすほどだ。逢坂壮五という人と実際に喋って、どういう人か知っていくうちに少しずつ惹かれていることが分かる。かっこいい、素敵、それらの言葉は全て彼のためにあるのではないかといつも自分でも胸焼けするようなことを思い浮かべてしまう。
少しでも彼に、自分は他の女の子とは違うということを知って欲しくて、普段なら聞かないようなジャンルの音楽も聞いたし、ひとつもルールが分からなかったチェスも頑張って対戦ぐらいは出来るようになった。もちろん私の惨敗だけど。
「デートって、どういうところで何をすればいいのかな。」
けど、君は残酷なまでに私の気持ちに気づいてくれない。
私の買い物に付き合ってくれた彼がそんな事を言ってきた。彼によると、今度女の子とデートするらしい。その女の子こそ、私が逢坂家の一室にいる間、ずっと彼と遊んでいたあのご令嬢だ。付き合ってるの?と聞けば、どうだろうと答える。双方の両親が決めたことらしい。ただ、いくら親が決めたこととはいえ、相手も楽しみにしていますと答えたから断れないと困ったように笑う彼。
壮五くんが優しいことは知っている。彼が断れないのも彼の優しさがあってのことだということは分かる。
でもその優しさを他の女の子にまで向けなくていいと思ってしまう私は彼とは比べ物にならない酷い人間だ。
付き合ってもいない相手に対して独占欲が渦巻いて、もう顔すら忘れた女の子にまで嫉妬する。いっそのこと、彼のその優しさを利用してこの場で、じゃあ私もデートしてってお願いしたら頷いてくれる?と聞いてしまいそうになった。
「デートはやっぱりメジャーな映画とかどう?お互い興味ある映画見たあとに感想を言い合ったら楽しそうだし、ついでにご飯も食べたらいいと思うよ。」
こっそり思い描いていた彼とのデートをまるで経験したかのように語ると、壮五くんはうんうんと頷きながら話を聞いてくれた。
彼がデートする前日、『明日頑張って』と送って返ってきた『ありがとう』というメールを、私は削除してしまった。
彼が幸せならそれでいい。けど、私はずるい人間だから彼の幸せを素直に喜べない。それでいい、なんて思いながらも結局はやっぱり彼に恋しているから私じゃない人と結ばれるのは嫌なのだ。ワガママかな、いいや、きっと友人失格だ。彼とはもう友達という関係には戻れない。
けど、離れる勇気もない私は、結局彼のことを突き放せる強さも持ち合わせていなかった。
一度だけ、街で二人を見かけたことがある。
ちょうど高校2年の冬で、その日は珍しく粉雪が降っていた。ふわふわと舞うように降る、粉雪にも満たないようなそれはとても綺麗だが、何よりも制服の中に着ている防寒着1枚だけでは寒さ対策が不十分過ぎた私はブルブルと震えながら街中を歩く。歩いている通りでは恋人と思われる人たちだけでなく、道行く人たちも皆、携帯を取り出しては雪の様子を写真に納めていた。私も足を止めて雪を撮りたいところではあるが、今はもう直ぐそこまで見えてる予備校の暖かい自習室で暖をとりたい。
そんな時に、よりによって彼らを見てしまったのだ。
嬉しそうに笑いながら雪を楽しんでいる。私の想像以上に幸せそうな様子だ。
彼に気づかれたくなくて、私は顔を俯かせながら足早に通り過ぎる。それからまるで逃げるかのように予備校のあるビルに入り、誰もいない冷たい非常用階段で足を止めた。胸が張り裂けるように痛む。目から溢れ出てくるそれは痛みによるものなのか、それとも彼を想ってのものか、私には分からなかった。
通り過ぎるとき、彼に呼ばれた気がした。
本当に気がしただけだ。
振り返って「偶然だね」程度の会話をすることも出来たはずなのに私には振り返ることができなかった。
もし振り返ったとき、本当に名前を呼ばれたのがただの気のせいだとしたら……。その事が何よりも怖くて、何よりも辛いから私は文字通りやっぱり逃げてしまったのだ。
両親のことは尊敬しているし感謝もしている。だからこういう事は考えたくないが、もし私があの子と見劣りしないご身分だったとしたら、少しでも壮五くんの目に止まることができたのだろうか。
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季節が流れ、私は猛勉強の末に第一志望の大学に受かった。世間的にも広く知られている名門女子大で、両親は大変喜んでくれていた。卒業して高校の友人たちの多くと別れてしまったが、それでもまたみんなで集まって遊ぼうと約束したのだから、それまでこの新しい環境に慣れて友人も作ろう。
けど大学生活は想像していたものよりも忙しくて、毎朝早くに家を出ては授業のあとにバイト、夜遅くに帰っては課題といったすることが山ほどあった。しかし次第に親しい友人も出来て、忙しいがそれなりに充実した日々を送っている。このまま平穏に就活も済ませて無事に大学も卒業できたら、なんて思っていた矢先の出来事。
同じキャンパスであの子が違う男の子と歩いているのを見かけた。
もう忘れていた痛みが蘇って、何よりもどうして?という思いが胸の中で黒く渦巻いている。もう終わったことなんだから気にしなくてもいいのにと思ったが、それでも気になって仕方がない。「最近、何か悩んでる?」と心配した様子で聞いてきた友人に、私は今まで誰にも言えなかった想いを打ち明けることにした。
偶然にもその友人はあの子と同じ高校を出ていた。そのことだけでも驚かされたが、友人によると彼女は高校時代に別れた彼氏のことを引きずっていたらしい。別れた彼氏?その事を更に詳しく聞けば、時期がちょうどあの日と重なった。なぜ別れたのかまではさすがに分からないが、風の噂によると相手に好きな人がいたからとのこと。
まさか、そんなはずはない。
それに仮に私の想像通りだったとしても、もう随分と時間が経ってしまった話だ。
それでも私は信じてみたいと思ったから、部屋で埃かぶってる昔の携帯を取り出しながら電話帳を開く。
本当は番号もまだ覚えていたけど、かけ間違えたら怖いから答え合わせするかのように確認しながら今の携帯でその番号を入力した。それからドキドキする胸を抑えながら携帯を耳元に当てる。
番号が変わっていたり、相手が出なかったらもう今度こそ終わりにしよう。彼に対する綺麗な想いを抱いたまま終われるのならそれでもいいと思った。
『はい。』
数回のコールの後、聞こえてきた懐かしい声。
「…久しぶり。元気にしてた?」
もう私のこと忘れてた?と少し笑いながら本当はちっとも笑えないことを口にする。
『……忘れてなんかいないよ。君からの連絡をずっと待っていたんだ。』
けど君がそんなことを言うから、私は一生この苦しい想いを背負う羽目になるのだ。
この世で最期の恋をする
逢坂壮五が公式ラビチャでデートしたことある発言をしたことがキッカケです。