長い1日が終わり、帰路につく。自宅に到着した彼女は、先ず窮屈なドレスを脱ぎ捨てた。そのままそれをゴミ袋に押し込み、口を縛る。どうせ組織の汚い金で買ったドレスだ、大切にする意味が見出せなかった。床にはショールが落ちている。拾い上げて一瞬それをジッと見た彼女は、新しく出したゴミ袋にそれを捨てた。
別れ際にバーボンは彼女の肩と腰を抱き、エスコートしてくれた。勿論驚いたが名前には断る理由がなく、彼に連れられるがままに彼女の愛車がある駐車場までの道を歩いた。
「おやすみなさい」
そう言った彼は、彼女が愛車に乗り込み、エンジンをかけ、駐車場を後にするまでの一連の動作をジッと見ていた。なんだか見張られているようで居心地が悪かったが、そんな気持ちも今となっては忘れかけている。
脱衣所に行き、太腿に付いたホルスターを外す。ベビーイーグルを戸棚に置いた彼女は、クレンジングクリームを持ちシャワーに入った。サクランボ大の量のクリームを手のひらに取り、メイクを落としていく。メイクだけじゃなく自分の中のモヤモヤや悲しい気持ちも落として欲しいと思うが、それは無理な話だ。
シャワーから出た彼女が髪の毛を乾かしていると、インターホンが鳴った。ドライヤーを一旦止め、リビングにあるドアホンの本体に向かう。この音は下のエントランスのインターホンの音だ。時計を見る。ーー深夜4時。こんな時間に、一体誰が。警戒しながら通話ボタンを押す。
「おはようございます、先程ぶりですね」
スピーカーから聞こえてきた声は、予想もしなかったバーボンのものだった。この家を彼に教えた記憶は無い。何故彼がここにいるのだろう。彼女の考えが分かったのか、彼は言葉を続ける。
「少し細工をさせて頂きました。とりあえず、中に入れてもらってもいいですか?ここ、寒くて」
「え、ああ、はい」
突然の事であまりにも驚いた彼女は、エントランスのロックを開けてしまう。ありがとうございます、という彼の声で我に返った彼女は、自己嫌悪に陥った。どうして開けてしまったのだろう。自分は彼とは関わってはいけないのに。ーーこれ以上、汚い自分を見られたくないのに。
幸いにも、名前のマンションは鍵を翳(かざ)さなければエレベーターに乗る事ができない。彼がこのフロアまで辿り着くことは出来ないだろう。流石ベルモットが用意したマンションとでも言うべきか。はぁ、と溜息を吐いた彼女は脱衣所に戻り、ドライヤーのスイッチを入れようとした。しかし。何故か再びインターホンが鳴る。それに先程と違い、この音は自分の部屋のインターホンの音だ。急いでリビングにあるドアホンを確認する。するとそこには自分の部屋の前で寒そうに手を擦り合わせるバーボンの姿が映っていた。
「な、何で…」
この男は、どうやってこのフロアまで登って来た?今は深夜だ。たまたま他の住人がエレベーターを使用していて登って来れた、とは考えにくい。兎に角、家に上げる訳にはいかないので、帰ってもらわなければ。そう考えた名前が通話ボタンを押すと、待っていたかのようにバーボンが話し始めた。
「遅いですよ、待ちくたびれました」
「え、ええと…。色々お聞きしたい事はありますが、家に上げる訳にもいかないのでお帰り願えますか?」
「酷いですね。部屋の前まで来させておいて帰れだなんて」
勝手に部屋の前まで来たのはそっちだろう、と言いたくなったが、彼のペースに乗せられている事に気付き口を閉じる。
「……お帰り下さい。何故貴方がここまで来れたのか疑問ですが、家に上げる訳にはいきません」
ドアホンの液晶画面に映っている彼はとても寒そうだった。心は揺れるが、今ここで感情に任せてドアを開けてしまうのは自分にとって致命傷にもなり得る。頭の良い彼の事だ。自分がノックであることに私が気付いていると考えている上での今回の行動だろう。ーー思い出の中の私と彼は、もう何処にもいない。
「…名前」
聞こえてきた声に、彼女は俯いていた顔を上げる。すると、ドアホンの向こうにいる彼は真っ直ぐにこちらを見ていた。2人の視線が、液晶画面越しに交わる。
「お前が開けてくれるのを、待ってる」
その顔はバーボンではなく降谷零の顔をしていて、名前は泣きそうになった。ずるずると壁伝いにしゃがみ込み。
「ずるいよ……」
お題配布元:秋桜
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