次の日のお昼過ぎ、名前は組織の本部に来ていた。解析チームに今回手に入れたパソコンと腕時計型USBを渡し、あのお方へ任務完了という内容のメールを作成して送る。本部に用がなくなった名前が家に帰って再度寝ようと歩いていると、前から歩いてきたベルモットに声をかけられた。

「Hi,Redeye!機嫌はいかが?」

「最悪よ…ねえ、クリス。聞きたいことがあるのだけれど」

「あら、何かしら?」

「バーボンに私の家の鍵、渡した?」

バーボンの他に彼女の家を知っているのはベルモットしかいない。そもそもあのマンションを契約したのはベルモットであり、彼女が鍵を所持していても何らおかしくない。不機嫌そうな彼女の顔を見たベルモットはクスクスと笑いながら口を開く。

「やっぱり原因はクリスね…」

「それで、どうだったのよ。刺激的な夜は過ごせた?」

「この顔を見てそう思うならクリスはおめでたい人ね」

ムッと口を尖らせた名前はもはや不機嫌な態度を隠そうともせず腕を組む。その姿を見てひとしきり笑ったベルモットだったが、ごめんなさい、と言う割には未だ笑いが収まらない様子である。

「まぁ許して頂戴よ。貴女も良い大人だし、バーボンなら良い経験になると思ったのよ」

「It's none of your business!!」
(余計なお世話よ!!)

「まあ怖い」

「兎に角!!今後私の家の鍵を簡単に他人に渡さないでよね!!もし渡したらクリスとは絶交だから!!セキュリティバッチリの意味ないじゃない!!」

捨て台詞とも取れるような台詞を吐いた彼女はその足音を隠しもせずに去っていく。彼女の後ろ姿を見ながら、ベルモットは数時間前のバーボンとのやり取りを思い出していた。

「今晩は、ベルモット。探しましたよ。貴女、レッドアイの家を知っていますよね?」

「……バーボン。突然何かしら、それは不躾な質問よ」

「すみません。ですが質問には答えてもらいます」

DJ暗殺が失敗しキールがFBIの手に落ちてしまった。奪還のためのいくらかの案をジンと話し合っているといつの間にか深夜を過ぎていたようで、一旦解散という流れになった。明かりも疎らな本部の廊下をベルモットが歩いていると、壁に寄りかかったバーボンに声をかけられたのだ。

「知っているわよ、それが何なのかしら?」

「やはりそうですか…彼女の家の鍵、僕に貸して頂けますか?」

「あら、どういう風の吹き回し?貴女、女には興味ないって前に言ってたじゃない」

「僕も男ですので。興味が湧いたのですよ、レッドアイに」

ふうん、と彼の返事を一瞥したベルモットはジッと彼を観察した。向こうも自分を偽るスペシャリストなので簡単にはその真意が分かり兼ねるが、こんな深夜まで自分を探していたということは興味が湧いたというのは嘘ではないのだろう。鞄からレッドアイのマンションの鍵を取り出すと、バーボンは分かりやすく反応した。感情を隠すことに長けている彼が珍しい、とベルモットは思った。

「別に渡してあげても良いけれど。あの子に酷いことをしないと誓って頂戴」

「まさか。僕は紳士ですよ」

「その言葉、忘れないでよね」

「ありがとうございます」

チャリ、と音が鳴ったその鍵はバーボンの掌に収まった。この借りはいつか返しますね、と言うバーボンに対しいらないわ、とベルモットは答える。その返事に余程ビックリしたのか、手を上げてその場を去ろうとしていたバーボンは立ち止まった。

「何も言わないけれど、あの子、4年前からおかしいのよ。イギリスから日本に帰る事になった時も、相当ジンと揉めたみたいだし」

「レッドアイはイギリスにいたんですか?」

「そうよ、4年前の冬からついこの間までずっとイギリスに。日本に帰ってくる気は無かったみたいで、説得しに行ったスタウトの話では骨が折れたと」

「……へぇ」

兎に角、と腕を組んだベルモットは息を吐く。空調設備の効いていない廊下は寒く、吐いた息は白く変化する。

「私なりにあの子を心配しているのよ 。さて、私は帰るわ」

良い夜を、と言い残し手を振る。そのまま駐車場に向かったベルモットは、愛車のハーレー・ダビッドソンVRSCに跨り拠点としているホテルに帰ったのだ。

バーボンに言った言葉に嘘はなく、ベルモットは本気でレッドアイのことを心配していた。
4年前、自分の所に変装術を習いに来たと思ったら、数ヶ月後にはイギリスに行こうと思う、という相談を受けた。その時の彼女は今にも消えてしまいそうな程儚くて、貴女の好きなようにしなさい、と送り出したことは記憶に新しい。
考えてみると、彼女が全てを諦めたように任務に没頭するようになったのは、4年前からだった。あれだけ嫌がっていたハニートラップも、4年前からいきなりやり始めたのだ。

「4年前に一体何があったのかしらね…」

ベルモットの呟きは、豪快な足音を立てて去って行った名前に聞かれることは無かった。

お題配布元:確かに恋だった

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