久しぶりの休日を満喫していると、ベルモットから連絡が入った。どうやら頼み事があるようで、彼女が今拠点にしているホテルにすぐ来て欲しいとの事だった。軽く化粧をし、高級ホテルに入っても止められることはなさそうな服装に着替えた名前は愛車を走らせる。ホテルに着いた彼女は車を停め、予めベルモットから知らされていた部屋まで急いだ。
「お待たせクリス…っ、計ったわね…」
「あら?なんの事かしら?」
息を切らして部屋に入れば、そこには何故かバーボンがいた。私の姿を確認するな否やじゃあ後はよろしくとばかりに手を振りベルモットは部屋のドアノブに手をかける。ちょっとクリス!と彼女が若干焦った声でベルモットを呼び止めると、詳しい事はバーボンに聞きなさい、ちなみにこの部屋に盗聴器は無いわよ、と意味ありげな言葉を言い残し今度こそ彼女は去って行った。任務でもないのにバーボンと2人きりなど冗談じゃないと思った彼女が急いでスマートフォンを取り出しベルモットに電話をかけようとすると、それまで黙っていたバーボンが口を開ける。
「ベルモットはこれから任務みたいですよ」
「ええ…」
「とりあえず、今日ここに呼び出して貰ったのは、ベルモットの変装術を学んだという貴女に頼みがあるからです。僕をこの男…赤井秀一に変装させて下さい」
そう言ったバーボンは数枚の写真を彼女に渡す。つい最近自分が死を見届けた男に変装して何をしようというのか。疑いの視線で彼を見れば、彼は柔らかく微笑んだ。
「僕はその男が死んだ事が未だ信じられなくてね」
「…そういう事」
つまり変装した赤井秀一の姿で彼の関係者の周りをうろつき反応を見ようというのか。
「分かりました。私にお任せください」
「助かります。それと、僕の前では敬語はいりませんよ」
「…それを言うなら貴方こそ。それにこれは、一応任務のようですので」
そう言った彼女はベルモットが置いていったであろう変装道具一式を自らの方に引き寄せる。椅子を移動させバーボンを鏡の前に座らせると、彼に変装の下地になるマスクを被せ早速取り掛かった。
「はい、出来ましたよ」
その声にバーボンが鏡を見ると、自分の顔は赤井秀一そのものになっていた。これには素直に感嘆の溜息を漏らし、感謝の意を彼女に伝える。物珍しかったためペタペタと顔を触っていると、折角したメイクが取れてしまうと彼女に怒られてしまった。
「1つ気になっていたんですが、どうして火傷の跡みたいなものをつけたのですか?」
「…仮に彼が助かったとして、火傷を負ってないなんて考えられますか?あんな業火の中から逃げてきたのに」
「一理ありますね。流石です」
散らばったメイク道具を片付けた彼女は、もうここに用は無いといった様子で立ち上がる。
「変声機はあるんですか?」
「いえ、声を出す予定は無いので」
「そうですか。…赤井秀一の顔でバーボンの声っていうのも何だか違和感ですね。健闘を祈ります」
では、私はこれで。そう言って背を向けた彼女の手を掴み自分の方に引き寄せる。油断していたのか案外簡単に自分の腕の中に収まった彼女に、彼は人知れず口角を上げた。
「なっ…離して下さい!」
「僕との約束は守っているようですね…安心しました」
髪の毛を掻き分け、彼女の首筋を指先でなぞる。そこにはどのまでも白い彼女の肌が存在しているだけで、この間のようなしるしは見当たらなかった。そのことに安堵した彼だったが、自分の首筋をなぞる指にピクリと反応した彼女は次の瞬間激しく抵抗を始めた。
「離して!!!」
ギュッと彼の腕を掴み背負い投げを掛けようと腰を低く屈める。その瞬間パッと拘束が解かれたが、名前は勢いを殺しきれずそのまま前のめりにつんのめってしまった。どうにか体制を整えて彼の方に向き直る。
「…たまたまそう言った類の任務が無かっただけです。そもそも約束なんて私はした覚えありません」
「…名前」
「私は雪です。それと、この間言い忘れていた事があります。私に近付いて組織の情報を探ろうなんて馬鹿なこと考えないで下さい」
「………」
「貴方に教える情報は何一つありません。…ジンに疑われたら殺されますよ。疑わしきは罰する、それが彼のモットーですから」
失礼します、そう言った彼女はヒールの音を響かせて去って行った。待って下さい、と伸ばしかけた手を引っ込める。
「くそっ…」
そのまま手のひらを握り締めた。手を伸ばしてみても、彼女に自分の手が届くことは無かった。聞きたい事が沢山あった。話したい事も、沢山あった。4年ぶりに再開した彼女は最後に見たときよりいくらか痩せていて、雰囲気もまるで違っていた。あんな冷たい目をするような女じゃなかったのにーー。しかし彼がいくら後悔しても、4年前に戻ることは出来ないのだ。
お題配布元:秋桜
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