米花町を歩いていると、喫茶店が目に入った。なんとなしに足を止めて見てみると、その2階には毛利探偵事務所があることに気付く。そういえばキールの一件で毛利探偵のことはジンが疑っていたと思い出した。ちょうどお腹も空いていたし、毛利探偵の情報が少しでも手に入ればと軽い気持ちで喫茶店ポアロに入店した。
窓際の席に案内された名前はアイスティーとサンドイッチを注文すると、ぐるりと店内を見渡す。15時過ぎという時間も相まってか店内に人は疎らで、毛利探偵の話をしているような客は誰1人見当たらなかった。無駄足だったか、とため息を吐いたところにちょうどアイスティーが運ばれ、ガムシロップを加えてクルクルとストローで混ぜる。うん、美味しい。2、3口アイスティーを堪能した彼女は一旦ストローから口を離しスマートフォンを操作する。
先日から何回かバーボンを赤井の姿に変装させた彼女だったが、まさかバーボンがジンにその事を知らせていないとは思っておらずベルモットから米花百貨店で起こった事の成り行きを聞いた時は驚いた。同時にバーボンに申し訳ない気持ちにもなり、ベルモットがジンに伝えるのがあと一歩遅かったらと恐怖を感じた。ベルモットは無事だと言うが、彼女は最後に変装(つまり米花百貨店の日だが)させて以来バーボンに会っていなかった。そのせいで怪我をしていないのか、本当に無事なのか、そればかりが彼女の頭を占め、スマートフォンの画面にはこの間レッドアイとして手に入れた彼の電話番号が消えたりついたりする。最近はその繰り返しだった。
「はぁ…」
ため息を吐いた彼女のところにサンドイッチが運ばれる。運んで来てくれたお姉さんにありがとうございます、とお礼を言った彼女は、スマートフォンの画面をホームに戻すと鞄の中に放り入れた。おしぼりで手を拭き、美味しそうなサンドイッチを一口食べる。
この味…前に、何処かで。もう一口、もう一口と食べ進める。そのせいであっという間に一切れ食べ終わってしまったが、お陰で彼女の疑問が解消された。このサンドイッチの味は、忘れもしない、降谷零の味だ。でも、どうしてこんな喫茶店で。
顔を上げて店内を見渡すと、そこには何故か先程までいなかった筈の彼がいた。名前と目があった彼はにっこりと人当たりの良い笑みを寄越してみせる。偶然ではあったが、心配していた彼の無事が確認出来た事、彼の味を再び味わえた事に鼻の奥がツンとなった彼女は急いでストローを咥えてアイスティーを飲み込んだ。
それにしても、何故こんな喫茶店で彼が働いているのだろうか。色々疑問はあったが、聞ける立場ではないことを重々承知していた名前は黙って残りのサンドイッチを食べ進める。食べても食べても口の中に広がるのは懐かしい味で、彼と過ごした日々を思い出した。当時の彼はあまり料理をしなかったが、このサンドイッチはよく作ってくれた。彼が作ってくれるという事実が嬉しくて、よく作って欲しいとせがんだものだ。
サンドイッチを食べ終えた彼女は同時に思い出に蓋をする。ずるずると思い出に浸っていては今すぐ泣き出してしまいそうで、一刻も早く彼のいるこの空間から逃げ出したかった。アイスティーを飲み干し、鞄を掴む。そうしてお会計をしようと伝票を掴むと、丁度お店の扉が開いた。ベルの音と共に入ってきたのは小学生4人で、小学生らしく元気にこんにちは!と先程サンドイッチを運んでくれたお姉さんに挨拶をしている。財布を取り出した名前がレジに進むと、丁度その小学生達とすれ違った。
「あ、安室さん!こんにちは!」
「こんにちは。今日はどうしたんです?」
「園子お姉さんと待ち合わせしてるんです。まだ…来てないみたいですね」
「そんな事より早く座ろうぜ!腹減っちまって…」
どうやら子供達と彼は知り合いのようで、親しげに言葉を交わしている。彼は人当たりの良い笑みを浮かべていて、降谷零でもバーボンでもない顔をしていた。お会計を終えた彼女はお釣りを受け取る。彼の偽名は安室というのか。
「お前ら少し落ち着けよ。待ち合わせ時間まであと10分あるだろ」
「だってよ〜」
「じゃあこういうのはどうです?学校を頑張ったみんなには、僕から特別にケーキをご馳走しましょう。ほら、選んで下さい」
「ホント!?歩美、イチゴのケーキがいい!」
「僕はシフォンケーキがいいです!」
ワイワイと騒がしくなる店内に背を向けた彼女は、扉を引き外の世界へと飛び出した。ガヤガヤとした喧騒に紛れ込み、ヒールを鳴らして歩き出す。歩き出した彼女の耳にも、しっかりと聞こえていた。ありがとうございました、と言う彼の声が。
お題配布元:秋桜
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