夢の中の私は震えながらもベビーイーグルを掴んでいた。大の男が私の前に立ちはだかり、何か言っている。辺りは蒸せ返るくらいの鉄の匂いで溢れかえっていた。男は私の事など気にせず、折りたたみ式の携帯を片手に電話をしながら今しがた彼がその手に持つ銃で撃ち殺したバーバラーー私の母が本当に死んでいるか確認をとっている。私は震えながらも両手で母の形見となってしまったベビーイーグルを構え、自分に背中を向けている男の後頭部に向かって真っ直ぐに照準を合わせた。そしてーー。

「っっ!!」

羽毛布団がずり落ちる。冬なのにじっとりと汗をかき、パジャマが湿っていた。喉はカラカラで、動機が止まらない。ベットから這い出た彼女はリビングに向かい、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。コップにそれを注いだ彼女は勢いよく飲み干す。そうしてやっと落ち着くことが出来た。
今更どうしてあの夢を…。寝室に戻り、ベットに腰掛ける。スマートフォンで時間を確認すれば、未だ4時だった。ロンドンは丁度21時くらいか。きっと電話をすれば、スタウトは話を聞いてくれる。しかし、いつまでもスタウトに頼っていてはいけないと思い直した。脱衣所に向かい汗で湿ったパジャマを脱ぎ捨て、普段着に着替える。未だ夜中だ、化粧はしなくても良いだろう。財布とスマートフォン、そして煙草とキーケースを掴んだ名前はマンションを飛び出した。


夜の首都高を走る。そうして着いた場所は、展望台の入り口だった。此処は彼女にとって思い出の場所であり、そしてお気に入りの場所でもあった。駐車場に車を止めた彼女は展望台までの道を歩く。冬の夜は寒く、吐く息は白く変化した。暫く歩くと前が開け、東京の街を一望できる展望台に到着する。暁の空がどこまでも広がり、夜明けは近かった。
柵に背を向けて寄りかかり、煙草を取り出す。カチリとライターを鳴らし火をつけ、煙を吐き出した。最後に此処に来たのは何時だったか。もう思い出せないくらい昔だが、一つだけ言えるのは最後に此処に来た自分は煙草を吸っていなかった。

「同情なんて、いらなかったのに…」

そう呟いた彼女は目線を下に落とす。長くなった煙草の灰がポトリと地面に落ちた。


「レッドアイ、それがてめえのコードネームだ」

当時未だ高校生だった私に与えられたコードネームはビールとトマトジュースで作るカクテル、レッドアイだった。別にコードネームなんて何でも良かったし興味も無かったのだが、そんな私を嘲笑うかのようにジンは口を開く。

「名前、レッドアイのカクテル言葉は知ってるか?」

「…知らない」

「フン、なら教えてやるよ…レッドアイのカクテル言葉は''同情''だ」

「pity?」
(同情?)

「そうだ。てめえの紅緋色の瞳とその境遇に掛けてレッドアイだと」

「……」

「忘れるなよレッドアイ…てめえは同情で生かされているということを」

そう言ったジンはコートをひらりと靡(なび)かせ去って行った。残された私は、ポケットの中に入っているベビーイーグルをポケットの上から強く握る。部屋の端にいたベルモットが心配そうに近寄ってくる雰囲気を感じて、無理して笑顔を作った。これ以上彼女を心配させる訳にはいかなかった。

「クリス…私、期待に応えられるよう頑張るよ。いつもありがとう」

「…無理しないで」

そう言った彼女の顔が悲しそうだったのを、今でもよく覚えている。

ジリジリとした熱を指先から感じた彼女は慌てて携帯灰皿を取り出して煙草の火を揉み消した。暁の空はいつの間にか朝焼けに変化している。

両親が殺された日に、私は初めて人を殺した。初めて引き金を引いた時のその感触、直前まで目の前で生きていた人が動きを止め人形の様に倒れ込むその姿、あたり一面に広がる緋色ーー。忘れる事なんて出来なかった。そして、それが全ての始まりだった。
グシャリと煙草の入った箱を握る。普通の女の子だった。普通の女の子だった私は、あの日から普通の女の子として生きることを許されなくなった。

「もう嫌だよ…」

そう呟いた彼女は、その場にずるずるとしゃがみ込む。強く握りすぎたせいで、煙草は全て折れてしまっていた。少しだけ昇った太陽が、彼女の横顔を照らす。紅緋色の瞳から零れ落ちた雫が、地面を濡らした。

お題配布元:秋桜

[BACK]
ALICE+