ホテルのラウンジでベルモットとお茶をしていると、この間のバーボンとのキスをしっかりと見られていた様で盛大にからかわれた。

「貴方達、目立ってたわよ。本部の目の前であんな事をするなんて」

「ちょっとクリス、笑い事じゃないのよ!!んもう、バーボンの奴、絶対に許さないんだから」

「まぁ、いいじゃない。なんだかんだ貴方達が仲良くやっている様で安心したわ」

そう言ったベルモットは珈琲を一口飲み、一口サイズのタルトを口に運ぶ。その様子をジッと見ていた名前は相変わらず唇を尖らせていた。

「いつまでそんな顔をしているの。不細工になるわよ、止めなさい」

「他人事だと思って…」

はぁ、と溜息を吐いた名前も紅茶を一口飲んだ。温かい紅茶は冷えた身体を内側から温めてくれる。暦は真冬から春先へと移り変わろうとしていたが、相変わらず寒い日が続いていた。

「それで?今日はどうしたの?」

「貴女をちょっとした旅行に誘おうと思って」

「旅行?」

「これよ」

そう言ったベルモットはミステリートレインのパスリングを机に置く。コロリ、と音を鳴らしたそれは3つあった。

「ベルツリー急行のパスリング…クリス、こういうの好きだっけ?」

「知っているのね。なら話は早いわ」

持っていた珈琲のカップをソーサーに置いたベルモットは、そこにミルクをたっぷりと加えてくるくると混ぜた。

「シェリーがこれに乗るという情報を掴んだのよ。この列車は完全個室で終着駅までノンストップ…まさに狩場にはうってつけというわけ」

「ふ〜〜ん…あのシェリーがこんなふざけた列車に乗るとはね…」

パスリングを指で転がしながら、久しぶりにシェリーの事を思い出す。シェリーには数回しか会ったことがないが、真面目そうな印象を抱いたのを覚えている。姉である宮野明美とは年が近いことも相まって会えばお茶をするくらいの仲だった。数ヶ月前彼女が殺された、とスタウトから聞かされた時、柄にもなく涙を流したのは記憶に新しい。

「でも、何で3つ?他にも誰か呼ぶの?」

「ふふ、誰だと思う?」

「クリスの悪い顔…まさか、バーボンじゃないでしょうね」

「そうだと言ったら?」

「絶対乗らない!」

指先で遊んでいたパスリングを机の上に戻し、ベルモットの方へと追いやる。真正面に座る彼女はその様子を目を丸くして見ていたかと思えば、次の瞬間にはクスクスと笑っていた。

「貴女、バーボンが絡むと本当に人間らしくなるわね」

「どういう意味よ、それ!」

「Calm down,Redeye.良いじゃないの、そんな貴女の方が私は好きよ?」
(落ち着きなさい、レッドアイ)

「兎に角、私は乗らないからね!」

「意地になっちゃってまあ」

はぁ、と溜息を吐いたベルモットは腕を組んだ。図星を突かれ決まりが悪くなった名前は目の前に並ぶタルトを数個口に運ぶ。もぐもぐとそれを咀嚼していると、一連の流れを見ていたベルモットが彼女の口の端をトントンと叩いた。紙ナプキンで口の端を拭い、紅茶を一口飲む。口紅が少し落ちてしまったが、後で塗り直せば問題ないだろう。

「でも良いのかしら?乗らないとハニートラップをやる事になるわよ」

「どういう事?」

「貴女にハニートラップの任務が来ているのよ。でも、ベルツリー急行に乗れば私の手伝いという事で任務は他の人に回せる…良い考えだと思わない?」

「ハニートラップ…」

バーボンとの一件以来、偶然なのか分からないがハニートラップの任務が名前に回って来ていなかった。元々レッドアイの任務は狙撃などの暗殺が主であり情報収集が回ってくる事は少ないのだが、こんなにも間が空く事は珍しかった。

「それで、どうする?好きな方を選びなさいな」

そう言うベルモットは彼女がベルツリー急行に乗るという選択肢を取ると信じて疑わないのか、飲み終えた珈琲カップをソーサーに戻しボーイにお代わりを頼んでいる。半分以上残っている自分の紅茶が水面に波紋を描いているのをボンヤリと見つめながら、名前は口を開いた。

「ハニートラップに、するわ」

「…本当に?」

「ええ。お誘いは嬉しいけど、その…バーボンとは何もないのよ。本当よ?それにね、クリス…ずっと言ってなかったけれど…私ね、忘れられない人がいるの。最も、4年前に振られちゃったんだけどね」

「…そう」

「その人は表の人間…忘れなきゃって、ずっと思ってた。忘れないと、一般市民である彼に危害が及んでしまうかもしれない、でも…でもね、忘れられなかった」

「……」

「バーボンはね、その彼に似ているのよ。彼を見ていると、あの人を思い出してしまう…」

だからねクリス、今回は遠慮させて頂くわ。そう言った彼女はグイッと残りの紅茶を飲み干した。ハニートラップの詳細の書類を取りに組織の本部に向かうと言う彼女と別れ、会計を済ませる。そしてエレベーターに乗り最上階のフロアに着くと、ショルダーバックからカードキーを取り出した。緑色のランプが光り、ドアロックが解除される。

まさか、あの子がハニートラップを選ぶなんてーー。青天の霹靂と言うか、それくらいベルモットにとってはビックリした事だった。名前が組織の人間に対して感情を出すのは珍しい。それこそ、組織内において普段の彼女は無に近いのだ。それはバーボンにも言える事で、普段の彼はその容姿もあるだろうが1人の女に固執するような姿を見せなかった。それがどうだ。バーボンはあからさまに名前に固執し、そして名前も満更ではない様子ーーこのまま2人は上手くいくのだと思っていたが、どうやら名前は自分が思っていたより一途らしい。

「そんな所は一体誰に似たのかしらね…」

ねぇ、バーバラ?

ソファに身体を預け、目を閉じる。ベルモットの瞼の裏には今は亡き親友の笑顔が浮かんでいた。

お題配布元:秋桜

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