ターゲットの男は直ぐに見つかり、そして幸運な事に向こうからこちらに声を掛けてきた。向こうの口車にホイホイ乗せられるような女を演じると、男は名前の肩をしっかりと抱きしめ部屋に行こうと囁く。にっこりと微笑み嬉しいわ、と返せばもう落ちたも同然だった。男はパーティー会場にいたボディーガードに一声かけ、このホテルに取った部屋に向かう。目的の階まで着くと、ぐっと密着するように肩を抱き寄せられ全身に鳥肌がたちそうになったが我慢した。ボディーガード、そして私達2人の順に廊下を進む。部屋の前まで到着すると何かおかしい事があったのか、彼らの雰囲気がそれまでと一変した。ターゲットの男と目を見合わせたボディーガードは、ポケットからカードキーを取り出しロックを解除する。ターゲットの男は彼女を守るつもりなのか、その背中に彼女の姿を隠した。ロックを解除したボディーガードはドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。そこには何ら変わりないホテルの一室が広がっていて、名前の頭上にはハテナが浮かんだ。
「ねぇ、どうしたの?」
「ああ、ちょっと心配事があってね…なあに、心配することは無い。直ぐに解決するからね」
そう言った男は彼女の頭を優しく撫でる。その腕に擦り寄る自分に嫌悪感を抱きながら、彼女はゆっくりと部屋に入っていくボディーガードを見送った。しかし暫く経ってもボディーガードの男からのコンタクトは何も得られず、いよいよこの部屋の中で何かが起こっていると名前は思い始めた。するりと男の腕の中から抜け出し、自分が確認してくるとターゲットの男に伝える。危ないからやめなさいと男からは言われたが、ある程度の刺客なら倒せる自信が彼女にはあったためそのまま部屋に侵入した。
彼女の様子に男も腹をくくったのか、後ろからそろそろとまるでお化け屋敷に入ったかのような反応で男はついてくる。後ろ目でその様子を確認した彼女は、呆れたように息を吐いた。怖いなら外で待っていれば良いのに男に対して思いつつ足を進めると、ボディーガードの男が床に倒れていた。気を失っているようで、呼びかけに反応しない。ーーやはりこの部屋には誰かいる。そう思った名前が更に部屋を進もうとした刹那。ひいっと喉が締まるような声をターゲットの男が出した。慌てて後ろを見ると、ターゲットの男は後ろから首を腕で締め上げられている。そしてターゲットの男を締め上げている男を、名前はよく知っていた。
「金庫のロックキーを言え。言えば命は助けてやる」
「お前はっ…誰だっ…」
「お前が知る必要はない。早く言え。言わないとこうなるぞ」
そう言ったバーボンは腕をどんどん締め上げていく。そう体格の変わらない男の足が宙に浮きそうになった所で、ついに男は口を割った。
「ロックキーは2580だっ!離してくれ!頼む!」
左手に持っていたスマートフォンのボイスメモの完了ボタンをタップしたバーボンは腕を緩め男を解放した。男は前のめりに倒れ込み、ゴホゴホと咳き込む。そのままそのスマートフォンをポケットにしまったバーボンは、初めて名前の方をを向いた。2人の視線が交わる。
彼は静かに怒っていた。十中八九自分がこの任務に就いたことに対してだろう。後ろめたい気持ちから、名前は視線を逸らす。それと同時に今まで床に這い蹲り咳き込んでいた男が立ち上がり、バーボンに向き直ろうとした、が。鳩尾に一撃をお見舞いされ、再び床に倒れこんだ。完全に伸びてしまっていて、暫くは起き上がらないだろう。男が伸びた姿を意味もなく見つめていると、突然バーボンに腕を掴まれた。そして彼は私を連れたまま部屋を出てしまう。
「ちょっと、任務はまだ…!」
「ご安心下さい。カードキーも指紋もこちらで採取済みです」
「あ…そう」
揺らしても引っ張っても離してくれなそうな腕は諦め、名前はもう片方の手でスマートフォンを取り出した。組織の処理部隊に電話をかけ、何時ものように監視カメラ映像の差し替えを頼む。そうこうしているうちに2人は駐車場まで到着し、バーボンは有無を言わさず助手席に名前を押し込む。そのまま乱暴にRX-7は発車し、あっという間にホテルの駐車場からその姿を消した。
車内はとても重い空気に包まれている。先程から彼は何も話さず、前ばかりを見ていた。その空気に耐えかねた名前はスマートフォンを再度取り出し、迎えに来る筈だった組織の運転手に電話をかける。会話が弾み電話が長引く事を望んでいたが、彼女の期待は外れ迎えはいらないという内容を伝えると直ぐにその電話は終わってしまった。掴まれていた腕は赤くなり、じんわりと痛みを訴えている。
「ベルツリー急行に乗ったんじゃなかったの…?」
「ええ乗りましたよ。乗りましたとも。貴女がこんな馬鹿な事をしなければ、今頃まだ静岡県にいたでしょうね」
「なっ…馬鹿な事って何よ!!貴方には関係ないでしょ!?」
「馬鹿な事でしょう。それに、関係なくありません。約束、忘れてしまったんですか?」
「私は約束なんてした覚えないわ!」
「もう良いです。貴女には言っても伝わないようだ」
「それはこっちの台詞よ!降りる!降ろして!!」
ガチャガチャとドアノブを動かすが、ロックがかかっているのかドアは開かなかった。それならとロックを解除し降りようとすると、途端にバーボンは車の速度を上げ彼女が降りるのを阻止する。
「降りるって言ってるでしょ!?」
名前は完全に頭に血が上っており、未だにこちらを見ないバーボンにイラついていた。彼は相変わらず無表情で前だけを見つめ、愛車を走らせている。次にこの車が交差点で止まったら降りてやろう、そう彼女が考えていると車がとあるマンションの駐車場に入った。駐車スペースの一角に車を停めたバーボンは運転席から降り、助手席のドアを開ける。そして名前の腕を再び掴むと、乱暴にRX-7の扉を閉めロックした。そのままズンズンと進んでいき、エレベーターに乗る。そうして着いた場所は誰かのマンションの一室で、状況から察するに彼の部屋であることは間違いなさそうだった。
「良い加減離して…!」
上下左右に振っても離れない腕にいい加減イラついていると、ようやくその足を止めた彼が振り返る。その目はゾッとする程鋭く、彼女は少し身震いしてしまった。
「もう一度聞く。どうしてあんな事したんだ」
「だから貴方には関係ないって言ってるでしょう…!?」
「…分かった」
そう言うと彼は掴みっぱなしにしていた彼女の腕を強く自分の方に引き寄せ、もう片方の手は彼女の腰に回した。驚いている彼女を他所にその唇に噛み付くように口づけを送る。腕を掴んでいた手を彼女の後頭部に回し、逃げないようにがっちりと固定した。中々割らない彼女の唇を舐め、下唇に吸い付く。すると限界がきたのか、薄く唇を開けたその機会を見逃さず、すかさずその隙間に舌を差し込んだ。逃げるように動く彼女の舌を追いかけ絡め取る。彼女は抵抗していたが、次第にその力は弱くなっていった。頬を赤く染め肩を震わせる彼女の姿に、征服欲が顔を覗かせる。ーー降谷零は完全に油断していた。ガリッという音がする。
「!」
痛みを感じ急いで唇を離す。彼女に噛まれた舌からは血が流れ出ていて、唇を汚していた。彼女は手の甲でグイッと自らの唇を拭っている。
「今更なんなの…どうしてっ」
「……」
「どうして、こんなことするの…!」
そうヒステリックに叫んだ名前は、ハラハラと涙を流す。ーー止められなかった。
「4年前、手を離したのは零だよ…」
「…名前」
「なのに、どうしてっ…」
ずるずるとしゃがみこんだ彼女の正面にしゃがみ込み、その顔にそっと手を伸ばす。俯いた彼女の頬に指を滑らせその涙を拭った。びくりと震えたが彼女は抵抗する素振りを見せず、その指を受け入れている。
「…すまない」
小さな声だったが、確かに彼の声は彼女に届いた。「それは、何に対する謝罪なの」喉まで出かかったその言葉は、嗚咽となって外に出る。
彼は肩を震わせながら涙を流す彼女の背中に手を伸ばし、優しく抱きしめた。今だけは、バーボンでもなく、安室透でもなく、降谷零として。1人で泣く彼女に寄り添ってやりたかった。
お題配布元:秋桜
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