微睡む意識の中、ただ頭を優しく撫でてくれるその手が気持ちよくて、再び目を閉じる。柔らかいシーツに頬を埋め、襲ってくる睡魔に意識を委ねる。クスリと笑った彼は、優しく彼女の髪を梳いた。
目が醒める。窓の外はまだ夜が明けきっていないのか暗いままだった。泣きすぎたせいか、頭が重い。ぼんやりとしたまま上半身を起こすと、かかっていた布団がずり落ち着ていたドレスが目に入った。そうして初めて昨夜起こった出来事を思い出す。そうだ。昨夜私は、零とーー。
慌てて横に目を向けると、そこにいると思っていた存在はおらず、シーツのシワが目に入った。触れてみるとそこは既に冷たく彼がいなくなってから一定の時間が経過していることを教えてくれている。夢だと思いたかったが、知らないベット、そして知らない寝室で寝ている以上現実だと思わざるをえなかった。ぎゅっと掛け布団を握り、何て事をしてしまったんだろうと後悔する。彼の前で涙を見せてしまうなんてーー。そう言えば、彼は何処にいるのだろうか。名前が耳をすませてみると同時に、コンコンとドアを叩く音がした。
「お風呂は部屋を出て左の突き当たりにある。勝手に使ってくれて構わないから」
ドア越しにそれだけ言った零がスリッパを静かに鳴らし立ち去る音が聞こえる。ーーとても静かだ。烏の鳴く声も、車の音も、何も聞こえなかった。
ベットからゆっくりと降りる。酷い格好だった。 フリフリと揺れるピンクのドレスがとても滑稽に見え、例えるなら溺れた魚のようだった。静かな空間を壊さないようにゆっくりと踵から足の裏をフローリングにつける。ドアを開けて言われた通りに進むと、脱衣所へと繋がる扉が開け放たれていた。扉を閉め、ドレスを脱ぎ捨てる。棚の上にはスエット、バスタオル、フェイスタオル、コンビニなんかでよく売られているスキンケア一式が入ったポーチ、そして下着が置かれていた。ポーチと下着に関してはパッケージが未開封のままのを見るに、わざわざ買って来てくれたのだろうか。ポーチから化粧落としと洗顔だけ取り出し、有り難くシャワーを浴びさせて頂こうとスライド式の扉を開いた。
スッキリした身体をバスタオルで拭う。パンツはあったがブラジャーはなかった為、そのままスエットの上を被った。ふわり、と柔軟剤の香りに混ざって零自身の香りがする。4年前まで、いつも隣にあった匂い。触れたくても触れられなかった。自分の上半身を抱きしめて、深呼吸をする。とても安心する香りだった。
ペタペタと素足をフローリングにつけながらリビングに向かった。ソファに座っていた零は私の姿を見ると腰を上げてキッチンに向かう。そこに座ってろ、と言われた私は素直にソファに腰掛けた。濡れた髪の毛から雫が落ちないようにフェイスタオルを肩にかけ、膝小僧を抱えるようにして座る。そのまま膝に顔を埋めていればソファが少し軋む音がして隣に零が腰掛けたのが分かった。
「名前、ほら」
その声に顔を上げると、私に向かって彼は1つのマグカップを差し出している。両手で受け取ると、マグカップにはミルクティーが入っていた。揺れるミルクティーを一口飲む。ーー暖かい。それにこのミルクの配分、そして紅茶の濃さに甘さ。全てが名前の好みの配合になっていて、昨夜散々泣いたにも関わらずジワリと涙が滲んだ。
「珈琲より紅茶派だったろ?お前」
「…っ、うん」
「ほら、髪乾かせ。風邪ひくぞ」
「だって、ドライヤー…」
「待ってろ。乾かしてやる」
そう言った彼はドライヤーを取りにリビングを出て行ってしまった。手に持ったマグカップを傾け、再度ミルクティーを飲む。やはり何度飲んでみても、ミルクティーは彼女好みの味で。彼が自分の好みを覚えていてくれたことが何よりも嬉しいなんて、口が裂けても言えない。
パタパタと足音が聞こえる。コンセントを挿し、名前の背後に立った零はドライヤーのスイッチを入れた。温風と冷風を巧みに使いこなし、彼女の髪の毛を乾かしていく。
目を閉じる。零の家で、零に髪の毛を乾かしてもらって。零の服を着て、零に大好きなミルクティーを淹れてもらって。ーーまるで、4年前のようだ。
乾いた彼女の髪の毛がサラサラと冷風に靡く。ドライヤーのスイッチを切りテーブルに置いた零は、再度彼女の隣に腰掛けた。少しだけ開けたカーテンの隙間から、朝焼けが見える。彼女が隣にいることもあって、何時もの朝焼けですらなんだか神秘的な感じがした。その彼女は、飲み終わったマグカップをテーブルに置きうつらうつら船を漕いでいる。
ーー完璧に堕ちてしまったら、ベットに連れて行き抱き締めて眠ろう。今日は非番だ。そう思った零は、手を伸ばしテーブルに置いてある珈琲の入ったマグカップを手に取った。甘くない筈のブラックコーヒーが、なんだか甘く感じたのは気のせいではないだろう。
お題配布元:確かに恋だった
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