キャンディとコルンに呼び出された名前は、組織の射撃場にいた。ヘッドホンを装着しライフルを構える2人を横目に、彼女はプロジェクターのスイッチを押す。630ヤード先のケビン・ブラウンは、真夏のプールで余暇を楽しんでいるようだった。
2人がいなくなった後の射撃場で彼女は母の形見であるベビーイーグルの清掃をしていた。ベビーイーグルを見ると思い出すのは先日の出来事だった。ーー彼女の右手の薬指には指輪がはめられている。
「いつかちゃんとしたものを渡すから、それまではこれで我慢して欲しい」
そう言った彼は彼女の右手を手に取り薬指にペアリングーー彼がハタチの時に彼女にプレゼントしたものーーをはめた。何故彼がそれを持っているのかとビックリしていれば、バツが悪そうに頬をかきながらお前の部屋に入ったと言われたのだ。そして彼の右手にも、同じ指輪がはまっている。
「なるべくつけるようにする。だからお前も出来る限りでいいからはめていてくれ」
心配なんだ、そう言った彼の頬は薄っすらではあるが赤く染まっていて、散々泣いたはずなのに枯れることを知らない涙がまた溢れそうになったのは記憶に新しい。
あの日。いつの間にかまた寝てしまっていて、次に起きた時には再びベッドの上だった。彼が自分のことを抱き締めて眠っていて、驚くと共に酷く安心する。彼の胸に耳を寄せると規則正しい心音が聞こえてきて、彼はここで今この瞬間も生きているのだ、という実感が湧いた。心地よいその音を暫く聞いていると、いつの間にか起きたらしい彼が擽ったいのかその身をよじらせた。
「…おはよう」
「馬鹿、もうきっとお昼だぞ。おそようの間違いじゃないか?」
笑いながらそんなことを言う彼にもう、と悪態を返す。そのまま暫くベットでゴロゴロした後、私達は漸くその身体を起こしたのだ。
「名前」
自分にかかった影にハッと顔を上げる。真正面には少しだけ笑みを浮かべたバーボンが立っていて、無意識に身体に入っていた力を抜いた。
「ここにいるって聞いたから」
「今日、本部にいたんだ」
「用事があってね。でももう終わったから、お前がいるなら一緒に帰ろうと思ってさ」
「私ももう終わるから、少し待ってて」
清掃用具を片付け、ベビーイーグルを手早く組み立てる。彼の部屋で目覚めた時、私はベビーイーグルが太ももから外れていることに気がつかなかった。それが意味するのは、きっと。
「今日の夕飯、何にする?」
「まるで一緒に食べるみたいな言い方だね」
「嫌じゃないだろ?」
「それはまぁ…そうだけど…」
あの日以来、私と零はたまに連絡を取り合うようになっていた。お互いに予定が無ければ彼の家にお邪魔して夕食を共にしたり、逆に彼が私の家に来て2人で料理を作ったりした。失った4年間を埋めるように私達は共に過ごす時間を欲しがった。
そして、私はハニートラップを止めた。もしそのような内容の任務がきても受ける気は無かったし、それが例えジンやラムから手配された任務であっても断る気でいた。しかし私の心配を他所にハニートラップの任務が回ってくることがパッタリとなくなり、ちょうどその頃ベルモットからGood for you.(良かったわね)とメールが来たことからベルモットが一枚噛んでいるという推測が出来た。
「今日、付けてるんだね」
射撃場から出て隣を歩く彼の右手の薬指には自らと同じ指輪がはまっている。彼が組織の本部にその指輪をしてくることが純粋に意外だった。
「別にバーボンとレッドアイが付き合っていても問題はないだろ?」
「そりゃまぁ、そうだけど…でも」
「でも?」
「私の…」
「あら、レッドアイじゃない!久しぶりね」
「…ニコラシカ」
バーボンがそちらを向くと綺麗な黒髪を靡かせたアフリカ系の女がこちらを向かってきていた。どうやら隣の彼女と知り合いのようだが、その彼女はまるで自分を隠すように一歩前に出てその身体を被せる。
「日本にいたんだ」
「ジンからのご命令よ!日本って可愛い子が沢山いるのね。早速暴れちゃったわ」
「やっぱり…」
そう言った彼女は顔を俯けた後、ガッと彼の腕を掴む。「予定があるからごめんね、また今度」そう言い残した彼女はそのまま足早にその場を立ち去った。バーボンは腕を引かれるがままに彼女について行ったのだが、ニコラシカ、あのアフリカ系の女とすれ違った際お互いの目が合った。ニコラシカは一瞬ビックリしていたが、その口角を上げこう呟いたのだ。
「Good Luck.」
名前の耳にその呟きが入ったかどうかは、分からなかった。
お題配布元:秋桜
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