手を引かれるがままに歩く。彼女は今日車で来ていたのか、その足は駐車場に向かっていた。「今日、車?」という問いに対し、「送って行くよ」という返事だけする。掴まれた腕は相変わらずそのままで、冬だというのに彼女の手の平はとても熱かった。
地下にある駐車場に着くと、迷わず白のRX-7を探し当てた彼女はようやく腕を離した。彼女に掴まれていた部分は少しシワが寄っている。解錠して助手席のドアを開けてやると、ありがとう、と小さく言った彼女は中に乗り込んだ。助手席の扉を閉めてやり、自分は運転席に乗り込む。

彼女は難しい顔をしてずっと窓の外を睨んでいた。それは車を発進させた後も相変わらずで、彼女のマンションの近くの道に差し掛かった辺りでようやく彼女はその口を開いた。

「ニコラシカに近づいちゃダメよ、絶対に。この組織で生き抜きたいなら」

「何故?大体、あの女は何者なんだ?」

この問いに名前は口を噤む。どうやらどう答えるか悩んでいるようだったが、暫くするとゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。

「最近、ニュースで殺人事件が騒がれているでしょう?あの、証拠が一切残っていないっていう」

「もしかして、その犯人が彼女だと言うのか?」

「ニコラシカはサイレントキリングの達人なのよ…だからジンに呼ばれたんだと思う。あの子の武器は銃ではなく刃物…この日本で暴れるにはもってこいの人材だから」

それにね、と言った彼女は車に乗ってから初めてこちらを向いた。その表情は見たことがないくらい真剣で、自然と身体に力が入る。

「あの子はPleasure murderer…快楽殺人者なの」

そう言った後また黙りこくってしまった彼女を横目にハンドルを握る。車は駐車場のエントランスを通り過ぎ、普段は彼女のBMWが停まっている場所に静かに駐車した。車から降り助手席のドアを開けてやると、ゆっくりとした動作で名前は外に出る。車を施錠し彼女が持っている荷物を受け取ろうと手を伸ばすと、その意図に気付いた名前が小さく御礼を述べながらこちらに荷物を差し出してきた。

「行こう」

そう言って歩き出すと、ゆっくりとうなづいた名前も歩き始める。エレベーターに乗り部屋があるフロアに着くと、彼女の鞄から迷う事なく鍵を取り出した。2つある鍵を解錠し、ドアを開ける。彼女に先に入るよう促すと、中に入った名前はピンヒールの靴を脱ぎ捨てた。その姿を見ながらドアの鍵の施錠を行う。

「晩御飯、結局決めてないね。何にしようか?」

そう言いながらリビングの扉を開けようとドアノブに手を掛けた彼女を後ろからゆっくりと抱き締めた。その身体は先程駐車場で手が触れ合った時から震えたままで、収まりそうにない。

「どうしたの?」

「それはこっちの台詞だろ…」

震える程何かに怖がっているくせに強がる彼女に愛しさが募る。安心させるように肩を数回摩ってやると、少し落ち着いたのか身体の震えが小さくなった。
リビングの扉を開け、名前をソファに座らせる。そしてすっかり慣れた彼女の部屋のキッチンを借り、ミルクティーを作った。ソファでクッションを抱えながら大人しくしていた彼女の隣に腰掛け、ミルクティーを渡してやる。自分の分のミルクティーに口をつけながら、彼女が口を開いてくれるのを待った。彼女はミルクティーを半分程飲み、その水面をジッと見つめている。

「……ニコラシカが快楽殺人者っていうのはさっき言ったでしょう」

「ああ、そしてサイレントキリングの達人だとも聞いた」

「ニコラシカの任務はね、裏切り者の始末が多いの。彼女は…彼女は殺す相手が誰であれ、必ず任務を全うする」

「……」

マグカップをローテーブルに置いた彼女がこちらを向く。その目はある種の決意をした目で、真っ直ぐに自分の瞳を見つめていた。

「気をつけて、零。ニコラシカに目をつけられたら終わりよ。絶対に隙を見せないで」

「肝に銘じておくよ」

「良かった」

そう言った彼女は少しは安心出来たのか、溜息を吐きながらこちらに倒れ込んできた。その身体を支えてやりながら思案する。ニコラシカの任務が裏切り者の始末なら、日本にいる裏切り者を始末しに来たという事か。先程までの彼女のような状態に陥ってしまった自分に気付いたのか名前は小さく笑いながら眉間を指でグリグリと押してくる。

「零、眉間にしわが寄ってるよ。多分、本当にジンに呼ばれただけだと思うよ、今の時点では。刃物を得物とするニコラシカは日本では使い勝手が良いし、それに裏切り者と一括りに言っても組織のメンバーじゃない人もいるからね」

「ニュースの奴らは?」

「何らかの形で組織に関わっていたのかも。用済みと判断されたのか、それとも組織にとって不利益な行動をしたのか分からないけど」

「洗ってみる価値はありそうだな」

その言葉に再び不安そうな顔をする名前の頭を撫でてやる。彼女としてはこの事件に首を突っ込んで欲しくないのが本音だろうが、その思いを肯定する事は出来なかった。

それに、ニコラシカが最後に言った言葉も気になった。あれは初めて会った自分に対しての言葉なのか、それとも。

「ニコラシカとお前はどういう関係だ?」

「……どうして?」

「彼女、すれ違い様にGoodLuckと言っていた。初対面の俺に対して言ったとは考えにくいから、きっとお前に対してだろう」

「ニコラシカがそんな事を…まさか」

そう言った名前は急いで立ち上がり、彼女の鞄からスマートフォンを取り出した。忙しなく滑るように画面の上という名のスケートリンクを彼女の指は動いている。そうして彼女が見せてきたメールの送信者名は、Nikolaschkaになっていた。

「貴方の彼、すっごくイケメンじゃない!貴女にとってのウェルシュ、私にとってのカーディナルじゃないといいわね、か…」

バーボンにとってウェルシュもカーディナルも聞いたことがないコードネームだった。目の前にいる彼女に聞けばその疑問は解消されそうだが、組織としての彼女にどこまで踏み入って良いのかが未だに彼は分からなかった。降谷零として聞かなければいけない事は百も承知である。しかしスマートフォンを握り締めながら俯く彼女から無理やり聞き出すことなど彼は出来なかった。

「零」

暫くすると彼女はスマートフォンをローテーブルに置き、ソファに座っている彼の目の前の床に座り込んだ。腕を掴みソファに座るよう促す零の腕を反対の手で掴み、真剣な顔で彼を見上げる。

「気を付けて。お願いだから。もしかしたら貴方、ジンに疑われているかもしれない」

「ジンは前々から俺の事をよく思ってないさ、だからそんなに思い詰めるな」

「聞いて。ジンが殺せと命じれば、ニコラシカはきっと貴方を殺す。そしてそれを止めようとした私…幼馴染である私すらもきっとあの子は殺す」

だから、お願い。そう言った彼女の身体はまた震えていた。グッと掴まれた腕に力を入れ、彼女の身体を引き上げる。

「今まで以上に気を張り巡らせておく」

緩く抱きしめ、彼女の頭を自分の左胸辺りに持っていく。心音を聞くと安心するというし、彼女は昔から自分の心音を好んで聴いていた。

「零の心臓…動いてる」

「生きてるからな」

「……メールにあったウェルシュはね、私のお父さん。カーディナルはニコラシカのお母さんのコードネーム」

「…そうか」

「2人とも、零と同じ、ノックだった」

その言葉に、いけない、と思いつつも逆らうことは出来ずドクリ、と心臓が鳴った。彼女の過去は一通り調べたが、掴めなかった事実の方が多かった。まさか、彼女の父親が自分と同じくノックだったとは。

「ふふ、心音が早くなった。気になる?」

「…気にならないと言ったら嘘になるな」

「クリスに聞いても話さないと思うよ。クリス、私のお父さんのことあんまりよく思ってないと思うから」

「…ノックだったからか?」

「違う違う、まあそうとも言えるんだけど…。クリスの大親友だったの、私のお母さん。でも、お父さんに取られちゃったからね」

さて、と言った彼女は立ち上がる。その姿からはこれ以上話す様子は見られないので、きっと追求しても無駄だろう。何より彼女は父親がノックだと言っていた。おそらく、彼女の両親は殺されたのだ。ーー組織の手によって。

「ご飯作ろう、お腹空いちゃった。結局何にする?」

「冷蔵庫に卵とご飯、ベーコンしかなかったぞ。お前、ちゃんと自炊してるのか?」

「失礼ね!ちゃんとしてます!」

「オムライスにしよう、作ってやるから」

「賛成!」

同時刻、ローテーブルの上にある名前のスマートフォンに1本の電話が入っていた。スマートフォンの画面には、Ginという文字が表示されていた。

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