久しぶりに見るRX-7の助手席に乗り込む。運転する彼の横顔をチラリと盗み見るとその横顔は当時と何も変わっていなくて複雑な気分になった。車内は重苦しい雰囲気に包まれている。この雰囲気から逃れるために煙草でも吸おうと鞄の中を漁ったが、彼の前で吸ったことがないのを思い出し手を止めた。今更取り繕ってどうするのかと思うが彼自身喫煙者ではないので彼の車では遠慮するべきだろう。
ぼんやりと窓の外を見つめる。雨の上がった米花町は沢山の人が出歩いていた。街を歩く人達からこの状況はドライブデートに見えているのだろうか。
サロンで支度をし、再び彼の車に乗り込み会場へと向かう。ホテルのエントランスに到着し、ボーイが車の扉を開けるとワインレッドのドレスを着た彼女は剥き出しになった肩が寒かったのかショールを羽織った。何時もの様に腿にはホルスターを付けており、愛用のベビーイーグルを仕舞っている。それらに気を付けながら地に足をつけた。キャミソールに仕込もうと考えていたAPTX4869は愛銃と共にホルスターに一錠しまっている。
「綺麗ですよ」
そう言ってこちらに伸ばした彼の手を取り、貴方もね、と返す。お世辞ではなく、4年ぶりに見た彼の姿は名前の心臓を高鳴らせた。彼にエスコートされながら会場まで歩く。中に入るとそこは沢山の人で溢れかえっており、これではターゲットを探すのも一苦労だなと息を吐いた。お互いにウェルカムドリンクをボーイから受け取り、乾杯する。軽く口をつけながらターゲットを探すと、奥の方で人々に囲まれながら談笑している姿が確認出来た。
「良いですか、レッドアイ。今回の任務は彼が持つ武器の取引先リストの入手と、組織から盗んだ武器の管理場所の把握です。貴女も知っていると思いますが、管理場所は彼が経営するこのホテルの何処かである可能性が高いです」
「ええ、知っているわ。バーボン、貴方は管理場所を探ってもらえるかしら?私はターゲットに接触して取引先リストを入手するわ」
「……確かにレッドアイは情報収集が得意と聞いていますが、」
「あら、ありがとう。それなら私を信用して頂戴。心配しないで、今までも同じ様な任務を何回かこなしているから」
じゃあね、と軽く手を振りターゲットに向かって歩き出した名前は、待って下さい、と言うバーボンの一言に足を止めた。
「連絡先、教えて頂けますか?状況報告など必要になると思うので」
「え…ああ、そんな事。いいわよ」
お互いにスマートフォンを取り出し、取り急ぎ電話番号だけ交換する。番号を交換するなり健闘を祈ります、と言って去っていったバーボンの後ろ姿を見つめながら、名前は複雑な気持ちだった。彼の連絡先を知れたのは確かに嬉しいが、これは組織としての彼の連絡先であり、彼に教えたのも組織としての私の連絡先だ。彼はノックであり、こうなってしまった以上深入りするのは良くない。
「馬鹿みたい…」
目を閉じる。目を開ける。スイッチを切り替える。今から歩き出すのは、名前ではない。気持ちを捨てろ。私は、黒の組織の幹部の1人、レッドアイだーーー。
ターゲットは女と談笑していた。その様子を名前は遠くから見守る。どうやら今回のターゲットは女好きの様で、様々な女に声をかけては振られていた。ホテルの経営者であるのに振られる様はとても面白くて、その様子を暫く楽しんでしまう。類い稀に見るとても扱いやすいターゲットだ。口角を少し上げた彼女は彼に向かって歩く。彼の視界の端に映り込む位置まで来ると、彼女は足元がフラつく演技をした。
「おっと…!」
「ご、ごめんなさい…!お怪我はありませんか?」
「いえいえ、美しい貴女が怪我をしなくて良かった。お美しい姫君、失礼ですがお名前は?」
「姫君だなんて…雪と申します。」
「白く美しい肌を持つ君にピッタリの名前だね。私は神崎だ」
「神崎さん、ですか…」
「おっと…!大丈夫かい?随分足元が覚束ない様だけど」
「本当にごめんなさい、少し酔ってしまったみたい…一緒に来た彼が他の女の人の所に行ってしまって…」
「それは酷いな。君はこんなにも美しいのに。どうだい、僕の部屋で暫く休まないか?こんなに酔ってしまっては、立っているのも辛いだろう」
腰に回った神崎の手を気持ち悪く思いながら、名前は演技を絶やさない。ご迷惑でなければそうして頂けると嬉しいのだけれど、と彼女が返すと、神崎は腰に回した手とは別の手で彼女の手をしっかりと握り歩き出した。
「迷惑だなんて考えなくていいさ。君に何かあったら大変だ」
「何から何まで本当にありがとうございます、神崎さんが良い人で良かったわ」
「君みたいな美しい人が困っているんだ、手を貸さない理由はないよ」
鳥肌が立つ様な台詞を聞き流しながら彼女は彼と一緒にエレベーターに乗る。神崎は迷わず最上階のボタンを押し、エレベーターは上昇し始めた。数分もしないうちにエレベーターは最上階に到着し、再びしっかりと手を握られた名前は彼に連れられるがままに足を動かす。
「ここが僕の部屋だよ」
「…まぁ、凄い」
想像はしていたが、彼の部屋はスイートルームだった。肩を抱かれながら部屋に入る。そしてキングサイズのベッドが視界に入った瞬間、彼女の視界は反転した。神崎は逃がさないとばかりに彼女の両手をベッドに縫い付ける。その目は品定めする様に動いていた。
「神崎さん、どうなさって?」
「男の部屋に入る事を承諾したんだ…やる事は1つ、そうは思わんかね?」
そう言った神崎は彼女の首筋に口付けを落とす。漸く彼の顔が離れた頃、そこには幾らかの紅い華が咲いていた。
「…私も神崎さんとならいいと思っていましたから。嬉しいわ」
思ってもいない事を口にするのはもう慣れてしまった。縫い付けられた腕をそのままに彼女は身体を起こす。名前に反抗する気が無いと分かったのか、神崎は手を離した。解放されたその腕を今度は神崎の首に回す。
「私を抱いて?神崎さん」
彼女は静かに目を閉じた。何処までも汚れてしまうがいい。あの頃には、もう戻れないのだから。
お題配布元:秋桜
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