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その日鴆は奴良組本家に来ていた。なんでも最近奴良組では出入りがあったようで、勝利の宴会をするということで呼ばれたのである。その日はたまたま体調もよかったため、行くことにしたのだ。
「で、相変わらずすげぇことになってんな…」
鴆が本家に着いた時には既に殆どの者が出来上がっている状態だった。中には絡み酒、泣き上戸等、飲むと対応が面倒くさい奴等も混じっていて、そいつらを避けながら鴆は進む。そして落ち着いた一角を見つけると、そこに座った。
「あっ!鴆さまだっ!」
「ホントだ、鴆くんだ!」
そこには奴良組悪戯コンビであるなまえとリクオ、そしてなまえの兄貴分である黒羽丸が座っていた。勿論、幼いなまえとリクオは酒を飲めないし、黒羽丸はこの2人が悪戯をしないように見張っているため飲まないようにしているのである。誰も酒を飲んでいる人がいない分そこは周りから切り離された別世界のようになっていて、とても居心地が良かった。
「こんばんは、鴆様。本日は体調がよろしいのですか?」
「あのな…俺はまだ元服前だからそんなに毎日毎日体調が悪いわけじゃねぇんだよ」
「でも鴆くんっていつも血、吐いてるよね?」
そう言ったリクオがなまえに同意を求めると少しだけ首を傾げたなまえはね−っ!とリクオに返答した。
「お前ら…」
ひくっと顔を引きつらせながら鴆はこの悪戯コンビを捕まえようとに手を伸ばす。きゃあっ、と言いながらもなまえは直ぐ様黒羽丸の後ろに隠れた。リクオはというと流石悪の大将の孫と言うべきか、鴆から少し離れた所で舌を出し俗に言うあかんべ−をしている。
「悪餓鬼共め…」
捕まえるのを諦めた鴆は空(くう)を斬った手を元に戻した。そして腕に抱えていた瓶を傾け杯に酒を注いでいく。
「鴆様、貴方様はまだ未成年なんですから飲みすぎてはいけません」
「…っとに真面目だな、黒羽丸はよ」
「お褒めの言葉として受け取っておきます」
こうして黒羽丸の意識が鴆に向いたのを良いことに、なまえとリクオは彼の監視下を抜け出して、小妖怪達といろいろな妖怪に悪戯をしていた。ある者の杯には納豆小僧の納豆菌を入れ、また違う者の徳利の酒はなまえの炎で熱すぎる熱燗にしておいた。そうして思い付く限りの悪戯をし終わった時。2人は1本の竹筒を見つけたのだ。それは、見たことがない物だった。
「誰のだろ?」
「わかんない…」
見つけた張本人のなまえは、それを拾い上げてみる。少しだけ重いそれは、なまえの好奇心をそそった。キュッポン、と音をたてて竹筒の蓋を開けてみる。中を除き込むと、そこには紫色をした液体が入っていた。
「なんだろ、これ…」
「においは何もしないね、」
それの匂いを嗅ぐために鼻を近付けたリクオとなまえ。しかしそれは紫色をしているにもかかわらず無臭であった。ますます興味を持ったなまえは筒を少しだけ傾けてみる。中の液体はかなりサラサラしているようで、筒の端ギリギリまですぐに流れ出てきた。
「……………」
「以外ときれ−な紫色だね…ってなまえ!?」
リクオはなまえの手をガッと掴んだ。両手で竹筒を傾けたなまえはそのままそれを口元に近付け今にも中の液体を飲もうとしている。
「さすがにそれは危ないよ!だってきれ−な色でも紫色なんだよ!」
「リクオ様の仰る通りだよなまえ!ヤバイってそれ!」
「少しだけならへ−きだよ!だいじょ−ぶだいじょ−ぶ」
リクオや小妖怪達の制止の声も聞かず、なまえはそのままその液体を口に流し込んだ。
「あぁぁああ!!」
「!!!」
突然大きな声で叫んだ鴆。彼の大声のせいで静けさを取り戻してしまった広間を気にすることなく鴆は焦ったようになまえとリクオに近付く。
「…っ、ごほっ…」
鴆の大声に驚き、少しだけ飲むつもりだった中の液体をほぼ全て飲み込んでしまったなまえ。しかし噎せてしまったのか、激しく咳き込み始めた。鴆はそんななまえを急いでその場に横たえ、彼の下僕の竹筒や薬瓶達を呼ぶ。
「あいつぁは毒だ!なまえ!お前なんであんなの飲んだ!」
「ど、ごほっ、く…?」
ガシャンと先程の鴆の大声にも負けない程大きな食器が割れる音がした。音の発生源は勿論、黒羽丸である。顔面蒼白といった表現がよく似合う顔色をした黒羽丸は急いでなまえに近付いた。
「なまえ!拾い食いをしてはダメだとあれほど言っていただろう!」
「うぅ…ごめん、なさい…でもなまえ、苦しくないもの」
「そういう問題じゃない!鴆様、なまえは助かるんでしょうか…?」
なまえの頭を自身の膝の上に乗せた黒羽丸は怒っていながらも、とても心配そうな顔をしている。そのまま黒羽丸の手はなまえの頭を数回撫でた。今のところ、なまえが苦しんでいる様子は無い。自分でも苦しくないと言っていた位だから、本当に苦しくないのだろう。が、なまえはまだ小さい。毒が身体中に回る時間もその分短いのだ。
「ぜって−助けてみせる。ほらてめぇら早く!」
そう黒羽丸に対して言い切った鴆は何故かおどおどしている下僕達を急かし解毒作業に取り掛かろうとした。相変わらず辺りは静まり返っている。広間中の妖怪達が事の成り行きを心配そうに見つめていた。
「どういうことだ…?」
「そうなんです、鴆様。この子からは毒物反応が出ないんです…」
「いや、確かにこいつぁ毒を飲んだ。俺はこの目で見たんだ」
鴆の眉がひそめられる。辺りに転がっていた竹筒を手に取って見てみると、確かにそれは自分が護身用に常備していた強力な毒だった。何故落としてしまったのだろう。自分の不甲斐なさを戒めながらも、解毒作業を続けようとする。しかしやはり、なまえの身体からは毒物反応が出なかった。これでは毒を飲んでいないことになる。
「何でだ!?」
「鴆様…もしかしてなまえはっ…」
すぐ側であらぬ想像をしている黒羽丸にとりあえず待ったをかけ、頭をガリガリとかく。自分の理解の範囲を優に越えているのが分かった。
「簡単に説明すると、だな。こいつの身体からは毒物反応が出ねぇ」
「では、なまえが飲んだものは毒ではなかったということですか?」
「いや、そんなことはない。……怒るなよ、黒羽丸。こいつぁ俺が落としちまった竹筒だ。中には確かに毒を入れていた」
竹筒を鴆から受け取った黒羽丸は中を覗き込む。受け取ったそれは普通の毒物とは違い、無臭だった。しかし底に付着している滴は紫色で、明らかにこの竹筒が普通ではないことを示している。こんな怪しい液体をこの子は戸惑いもなく飲んだのか…少し躾が甘かったかもしれない、と黒羽丸は反省した。
「なまえ。お前、どっか苦しくねぇか?」
鴆はなまえの熱を計るがこれも至って普通。脈拍数も正常だし、顔色が悪いわけでもない。顔色が悪いのは寧ろ黒羽丸の方だ。もうお手上げ状態だった。本当は毒を飲んでいなかったのでは、という考えさえ頭に掠めてくる。
「ねぇっ!」
その時、今まで鴆と黒羽丸の気迫に圧されて黙っていたなまえが口を開いた。寝かされていた姿勢が嫌だったようで、まだ自分を寝かせようとする黒羽丸の手から抜け出し、事の成り行きを心配そうに見守っていたリクオの側に近付く。
「だいじょ−ぶなの、なまえ!?」
「うん!だってなまえに毒は効かないもの」
「…!!」
なまえが発したその言葉によりどういうことだ、と、静かだった辺りは一斉にざわめきで包まれ始める。しかしそれは「うるせ−!」という鴆の一括により一瞬で消え失せた。
「毒が、効かない?オイなまえ、そりゃどういうことだ?」
「だ−か−ら−っ、なまえにはどんな毒も効かないのっ!」
自慢気にそう言ったなまえは胸を張る。鴆はそんななまえの言葉を理解出来なかった。毒が、効かない体質。そんなものこの世に存在するのか。
「ってことで、なまえはだいじょ−ぶなの!鴆さま、勝手に飲んでごめんなさい」
「いや…それはいいんだが…」
鴆はまだ自分の頭の中が整理出来なかった。毒が、効かない体質を持つ者。そんな者に自分は今まで出会ったことはなかったし、そんな体質があるという考えさえ浮かばなかった。
「なまえ、お前、孔雀妖怪だよな?」
「そ−だよ?」
「他の…いや、孔雀妖怪はそういう体質なのか?」
他の奴らもそうだったのか、となまえに聞きそうになった鴆は慌てて訂正し他の言い方に変えた。そうだ、この子は自分の家族全てを失ってしまったのだ。その事実を思い出させるような言葉はなるべく避けてやりたかった。
「そ−だよ、孔雀妖怪には毒が効かないの−!」
凄いでしょ!とでも言いたげに顔を輝かせながらなまえはリクオの側から離れ、未だ心配そうな顔をしていた黒羽丸の腰に思いきり飛び込む。黒羽丸はしっかりと自分を抱き止めてくれ、反転させて膝の上に座らせてくれた。
「あのね、あのね、その理由はね…鴆さま、知りたい?」
「ああ、知りてえ!」
未だ顔を輝かせているなまえに負けないくらい嬉しそうに顔を輝かせた鴆。まさかちっこいこいつがその理由まで知っているとは。どこかワクワクした気分で鴆はなまえの言葉を待った。しかし。
「うふふ、ひみつ−」
「ぬわぁにぃぃい!?」
「女はひみつを着飾ってうつくしくなるの−っ」
ぴょこっと黒羽丸の膝を飛び降りたなまえ。そして今にも怒りだしそうな鴆から逃げるべく、広間から転がるように出ていった。
「っこら待ちやがれなまえ−!!」
「や−だよっ!ぶっ」
「こらなまえ、鴆様は身体が弱い。あまり走らせてはダメだ」
「分かった。なまえ、も−はしんない」
「いい子だ」
「疲れた。黒羽丸だっこ−!!」
「捕まえたぜ、なまえちゃんよぉ…」
「ぎゃぁあああ!」
※理由
孔雀は主にサソリ等の毒虫や毒蛇類を好んで食べる。
⇒そこから毒が効かない体質という設定にさせていただきました
※鴆は元服前なので毒羽根ではないですが鴆妖怪は生まれつき身体が弱いという勝手な設定にさせていただきました。悪しからず。
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