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奴良組がなまえを拾ってから数日経った。相変わらずなまえはぬらりひょんに口を開かなかったし、ぬらりひょんも無理に聞き出そうとはしなかった。彼女は今、宛がわれた自室に1人佇んでいる。

「……………」

きゅっと唇を噛み締めた。ぬらりひょん、と名乗ったあのお爺さんがここにいる妖怪達に言い聞かしてくれたのか、無理に自分に近付いてくる者はいなかった。もしかしたら、自分が出したあの炎に怯えたのかもしれない。居心地がいいか、と聞かれれば良くは無い。まだ妖は怖かった。彼女は今となってはもういない家族以外の妖怪を未だに信じられないでいた。そう、それこそぬらりひょんのことも信用したわけではないのだ。ほんの少し、少しだけ警戒心は無くなっただけで。

だからここ数日彼女の面倒は人間であるリクオの母、若菜がみていたりする。勿論ぬらりひょん以外の妖怪はこぞって止めるように説得したが彼女は聞く耳を持たなかった。私は人間。だからあの子の世話は私がみるわ、と。
リクオは決して接触させない、という妖怪達の条件は飲むことになったが…彼女は見事勝利を勝ち取ったのである。しかしそれは、裏を返せばなまえが幹部達に信用されていないということだった。そう、それこそ彼女が妖を信用していないのと同じように。当たり前だ。なまえは何も語ろうとしないのだから。妖怪の世界は人間の世界とは違い、たった12歳で成人である。それ故幼子であろうと人間の幼子と同じ扱いにはならないのだ。それに時期も時期だった。2代目が殺されたばかり…彼女を刺客として疑っている者もいないわけではなかったし、実際刺客ではないという証拠はなかったのだから。

「……かあさま、」

おうちに、かえりたい。ここ最近のなまえはそんな気持ちが日々膨らみつつあった。帰ったってどうにもならないのは十分彼女だって分かっている。だが帰ったら今まで通りの光景が待っている気がした。あの出来事が夢幻(ゆめまぼろし)のような気がした。彼女はそう、信じたかったのだ。

「おしっこ…」

立ち上がってそっと襖を開ける。若菜から困ったときはいつでも台所に来てね、と言われていた。他人の家…それも妖怪屋敷を歩き回るのは気が退けたがしょうがない。そろり、そろりと足を前に出していく。なるべく妖怪に出会いたくなかった。

「…………」

若菜から教えてもらった道順通りになまえは歩いていく。するとある部屋に膨大な妖気が集まっているのが分かった。灯りが惜しみ無く漏れる、あの部屋。怖くなったなまえは急ぎ足になりながら台所までの道を進む。

「……ですよ!」

「………だ!」

その部屋では話し合いが行われているようだった。余程大きな声で話しているのか、廊下まで漏れてくるその声。自分が聞いていい話ではないかもしれない。いくら幼いなまえでもそれ位は分かった。それは、後から考えれば彼女なりの自己防衛だったのかもしれない。とにかく急ごう、そうなまえが思った時。

「だからあの娘を追い出せと言ってるんです、総大将!何も話さない、自分の名前すら言わない。そんな奴どうしてこの奴良組に置いてやらなきゃいけないんですか!!」

「きっとあの娘が、鯉判様を殺したに違いない。リクオ様だって娘子が近くにいたって言っていたじゃないですか!」

「今度はリクオ様を殺しに来たのか…」

「これは由々しき事態ですぞ。あの娘はどこじゃ!」

今までよりもよりいっそう大きな声が廊下に響き渡った。そしてその声は彼女に悟らせてしまったのだ。自分はここにいるべきではないのだ、ということを。その後の彼女の行動は早かった。おうちに帰ろう。きっとかあさまやにいちゃんが、おかえりって言ってくれる。何処に行ってたの!って、怒ってくれる。

廊下に1羽の七色の羽を落としたなまえは、奴良組の門に向かって駆け出したのだった。
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