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辺りは真っ暗だった。なまえはひたすら前に進む。歩くたびに腹に空いた傷口が開いてしまったのか、酷く傷んだ。がしかし、足は止めなかった。止められなかった。夜風が気持ちよく吹いていた。こんなとき、自分が飛べたら良かったのに、と思う。なまえはまだ飛べなかった。それ故、帰るためには歩くしかなかったのだ。

「かあさま…」

呟いたその言葉は夜風に消えていく。おうちに帰ろう、帰らなくちゃ。きっと家族みんなが、私のことを待っている。心配してくれている。全ては、夢幻(ゆめまぼろし)だったのだから。

「……った、」

石につまづいたなまえは地に膝をつく。膝小僧からは血が噴き出すように出ていて、まるでなまえの帰りたいという気持ちの大きさを表しているようだった。痛くて悲しくて、涙が溢れそうだった。けれどなまえは泣かなかった。ここで泣いたら、もう家には帰れない気がした。ぐっと膝に力を入れて立ち上がる。少し歩くと、先程までの町並みと違い少し建物が減ったように感じた。逃げてきたとき見たことがある建物を発見したことから、方向はこっちであっているようだとなまえは確信する。

「餓鬼だ、」

「あぁ、餓鬼だな」

「奴良組か?」

「ここらにいるんだからそうなんだろうな」

道に現れたのは双子の鬼だった。牙はするどく爪は妖しく光っている。何より、デカイ。その身体はなまえの5倍は優にあった。

「震えてるぜ?」

「そうだな、兄弟」

「食いがいがありそうだ」

逃げなきゃ…その思いとは裏腹に、なまえの脚は地に根を這ったように動かない。小さなその身体は目に見えて震えている。

「俺は肝をもらうぞ、兄弟。赤子や子供の生き肝を喰らえば百人力の妖になるというからな」

「じゃあ俺は脳味噌を貰うぜ…柔らかくて旨そうだ」

じゅるり、と涎を垂らしながら双子の鬼は一歩一歩確実に近付いてくる。震える身体では炎を出すことすらままならなかった。怖い。また、あの時みたいに。

「なまえっ!大丈夫か!?」

「にいちゃんっ…!!」


あの時みたいに助けにきてっ…

「お主の身体、我ら双子の鬼がいただく」

怖いよ、に−ちゃん!

双子の鬼は2つの口を開けた。反射的になまえは目をつぶる。どんどんと鬼の手が近付いてきているのが雰囲気で分かった。走馬灯のように記憶が思い出される。最後に思い出したのは今はもういない家族の笑顔と、そして少しの間だったがお世話になった若菜とぬらりひょんの笑顔だった。

しかしなまえが目をつぶり待っていた衝撃はいつまでたっても訪れなかった。代わりに地面が割れる大きな音と、何かが鳴る音、

「大丈夫か!?」

そしてあの日兄が自分に言ったのと同じ言葉が聞こえた。なまえはそっと目を開けてみる。見えてきたのは、双子の鬼が1人の青年と対峙している姿だった。青年――黒羽丸は錫杖でなまえへと伸ばされていた2つの腕を振り払う。

「ここは奴良組のシマだ。勝手な行動は許さない」

「だとよ兄弟。どうする?」

「知ったことか。我等は誰の指図も聞かぬ」

黒羽丸は驚きと恐怖で目を見開いたまま固まっているなまえを抱き上げ双子の鬼から少し距離を取った。双子の鬼は話の通じそうな相手ではない。つまり、自分が滅さなければならないのだ。なまえを安全な場所に降ろした後、黒羽丸は彼女の頭に手を置いた。びくり、と彼女の肩が跳ねる。

「少しだけここで待っていてくれ。すぐ戻る」

そしてなまえの手を取った黒羽丸は、その両手で彼女の目を覆った。似ていた。あまりにも似ていた。顔が、とか雰囲気が、とかありきたりなことではない。その行動が、言葉が、自分の兄に酷似していた。でも違うのだ。目の前で自分を守るために闘ってくれている人物は、自分の兄では無いのだ。兄は、死んでしまった。

「ぐわぁああっ!」

勝敗はついたようで、黒羽丸の錫杖に付かれた双子の鬼は断末魔の叫びをあげて死んでいった。くるりと振り返った黒羽丸はしゃがみこんで目を覆っていたなまえに近付いていく。近付けば近付くほど、彼女が泣いていることが分かった。まだ幼い彼女だ、きっと怖かったのだろう。そう解釈した黒羽丸はもう大丈夫だ、怖がることはない、という意味を込めて立たせてやろうと前屈みになり脇に手を射し込もうとする。がしかし彼の手は空を掴んだ。黒羽丸が行動するよりも早くなまえが彼の腰元に抱き着いたのである。

「にいちゃん…!」

「…………」

心の奥底ではちゃんと分かっていた。夢幻なんかではない。家族はみんな死んだのだ。兄は自分を逃がすために、守るために死んだのだ。ちゃんと分かっているからこそ辛かった。目の前の人物は兄ではない。その事実が兄は、家族はもうこの世いないんだという事実をなまえに酷く実感させた。泣きじゃくるなまえを黒羽丸は抱き締めてやり、あやすように背中を優しく叩いてやった。しかしなまえの涙は止まらない。今まで我慢していた分、それは堰を切ったように溢れ出す。今だけは。兄のような兄でないこの人物に、甘えていたかった。妖怪が、怖かった。だけどそれと同じくらい、一人ぼっちになるのが怖かった。

※分かりにくいため解説

なまえは「家族が待っているから、家に帰ろう」と冒頭で言っていますが、心ではもう家族はこの世にいないことをきちんと理解しています。しかし一人ぼっちということを認めてしまうのが嫌で、その事実を真っ向から否定していたのです。
しかし助けに来て欲しいと願った兄ではなく、兄に似た言動をする黒羽丸が助けに来たことで兄はもうこの世にいないんだという事実を酷く実感してしまいます。つまり、もう自分は一人ぼっちなんだということを認めざるをえませんでした。それが苦しくて、悲しくて、兄ではないことは充分理解していますが、兄のような黒羽丸に甘えて泣きついたというのが今回のお話です。
分かりにくくてすみません(泣)
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