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黒羽丸がいないあるお昼過ぎに事件は起きた。

「わぁぁああん!!」

「「「なんだぁ!?」」」

周囲に響き渡ったけたたましい泣き声に総会が終わったばかりの奴良組は敵襲かと辺りを見回した。泣き声の発生源はどうやら庭からのようで、その証拠に庭には先程までなまえやリクオと一緒に悪戯していたはずの小妖怪達が一ヶ所を囲むように集まっている。

「どうしたんだ?」

その輪に近付いた首無がそう問うと、小妖怪の間からそうっと顔を出したリクオがその問いに答えた。リクオは少し言いにくそうに視線を泳がせている。

「あのね、黒達を嵌めようとして作った落とし穴になまえが落ちちゃって…」

「なんだって!?」

驚いた首無が急いで彼等の後ろに回ると成る程、確かに落とし穴がそこにはあった。覗いて見ると以外にもその落とし穴は深いことが分かり、首無は自らの紐をその穴に垂らす。

「なまえ、掴まるんだ。引っ張りあげてやるから」

しかしなまえはその紐を掴もうとはしなかった。それもそのはず、彼女は火がついたように泣いているのである。首無が引き上げるために垂らした紐など見向きもしない。どうしたものかと首無が頭を悩ませている間にも、相変わらずなまえの泣き声は響き渡っていた。

「生憎鴉天狗様や三羽鴉達は見回りでいないし…そうだ、毛倡妓の髪の毛で!」

打開策を思い付いた首無は心配そうに穴の中を覗いていた納豆達に町に出て黒羽丸を探してくるように頼んだ。あいよ!と飛び出していった小妖怪達を見送り、なまえの側にいてやって下さい、と心配そうに穴の中を見つめるリクオに一声かけてから自分は毛倡妓を呼びに行く。兎に角、彼女を引き上げることが何よりも先決である。

「なまえ、私の髪をお前さんに巻き付けるけど、間違っても燃やすんじゃないよ!」

毛倡妓は直ぐに見付かり急いで穴の縁へと2人は戻った。なまえの泣き声は変わらず響き渡りその勢いは衰えていない。みだれ髪、遊女の舞。自らの畏でするすると髪を伸ばした毛倡妓はそっとなまえの身体を落とし穴から引き上げた。

「なまえ、怪我はないかい?」

毛倡妓はそっとなまえの身体に絡まる自らの髪をほどいてやる。そして彼女の身体のあちこちを見て、怪我はないことにホッと息を吐いた。もし彼女に大きな怪我などがあったら黒羽丸が卒倒しかねない。その様子が想像できた毛倡妓はくすり、と笑みを漏らした。その一方で首無は未だ泣き止まないなまえを泣き止ませるのに必死である。

「なまえ、どこか痛いのか?どうしたんだ」

「うう〜〜〜っ」

「泣いてちゃ分からないよ、」

「うわぁぁあん!!」

「なまえ、なかないで」

リクオが彼女の頭を優しく撫でてやっても全く効果はなく、そのうちになまえの悲しい気持ちが移ったのかリクオまで泣き出してしまった。

「「うわぁぁあん!」」

「ちょ、首無…」

「リクオ様、なまえ、お願いだから泣き止んでくださいぃい!」

泣き続ける2人の幼子をどうすることも出来ずオロオロする首無ととりあえず根源であるなまえに泣き止んでもらおうと必死に彼女をあやす毛倡妓。しかし2人の幼子の泣き声は治まらず代わる代わるいろんな妖怪がなまえとリクオをあやす。

「なまえ、ほらチョコだよ」

「リクオ様ァリクオ様が好きな“あにめ”が始まる時間ですぞぉ」

「なまえ、いないないばぁ〜〜」

しかしやはり泣き止まない。どうしたものか、妖怪達が途方にくれたその時。

「こっち!早く早く!」

「一体どうしたんだ?」

納豆小僧が黒羽丸を引き連れて戻ってきたのである。これで大丈夫だ、と妖怪達が思ったのは言うまでもない。なまえが泣いているのを発見した黒羽丸は急いで近寄り彼女を抱き上げた。ゆらり、ゆらり、優しくゆらしてやりながら泣いている理由を問いかける。

「ひっく、うぅ…」

嗚咽が止まらないなまえの背中をトントンと一定のリズムで叩いてやる。そのうちになまえの涙はあまり流れなくなり、喋れるようになるまでに回復した。一方のリクオはというと、いつの間にか現れた若菜によって抱き上げられ今や泣き疲れて彼女の腕の中で大人しく眠っている。

「おとしっ、あなが、ね…っ」

「落とし穴がどうかしたのか?」

「おち、たぁっ……!」

「そうか」

ビックリしたのか?と黒羽丸が問いかけるとなまえはこくこくと首を縦に振って頷き彼の胸に顔を埋めた。どこか痛いか?と聞かれれば音が聞こえてきそうな程の勢いで首を横に振る。とりあえず怪我はないようだ。ホッと息を吐いた黒羽丸はなまえを抱き抱えたまま移動し始めた。洗面台でタオルを濡らした黒羽丸はそれで彼女の腫れた目元を冷やしてやる。

「つめたい…」

「腫れないといいが…」

「はれたらいたい?」

「少しだけな」

ようやく涙が止まり、嗚咽も治まってきたなまえ。しかしその目は真っ赤で、どう見ても腫れるのは避けられなそうだった。

「腫れそうだな…」

「いたいの、やぁっ」

「もし腫れたら俺がおまじないをしてやる。そしたら痛くないだろ?」

「いたいのいたいの〜ってやつ?」

「あぁ」

「ならだいじょ−ぶ!なまえはひゃくまんにんりき!」

「それを言うなら百人力な」

すっかり泣き止んだ妹分の頭を優しく撫でてやりながら、しばらくは彼女の目を冷やすことに専念した黒羽丸だった。




「そういえばなまえ。あの落とし穴はリクオ様と作ったのか?」

「ううん、青につくってもらったの!しゅばば−って」

「…また悪戯をしようとしていたのか?」

「……ごめんなさい」

「お前が落ちて痛かったように青達も痛いんだぞ」

「う……」

「やるなとは言わない。でもやり過ぎは禁物だ」

「わかった!」


その日から奴良組に設置してある落とし穴の数が減ったそうな。
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