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凍てつくような寒さが和らぎ、春が来る。浮世絵町の桜も我先にと蕾を開花させ始め、人々に春の訪れを感じさせていた。しかしここ、奴良組の桜は世間の桜とは少しばかり事情が異なっていた。奴良組の垂れ桜は妖力によりいつも咲き誇っているのだ。しかし人間には妖力が無い。そのため、リクオには普通の桜に見えているようだった。
「なまえ!ねぇ見て!桜が咲いたよ!」
「ん〜〜ねむい…」
「ねぇ起きてってば!なまえ!」
未だ眠そうに目を擦るなまえをどうにか連れ出すことに成功したリクオは、桜の木の下まで連れて行く。
「この桜なら冬でも咲いてるよ…」
「僕には普通の桜に見えるの!」
そう言ったリクオはあそこの幹まで登ろうよ!となまえの手を引いた。しかし桜の幹は太く、どう見ても幼子独りでは登れそうに無い。勇敢にもリクオが挑戦してみるが、やはり無理なようだった。
「登れないや…」
「そ−だね…あっ!」
リクオと同じ残念そうな顔をして桜を見上げていたなまえだったが、何か思い付いたのかその顔は笑顔に変わった。
「リクオさま!つかまって!なまえが飛んだげる!」
「……大丈夫?」
「絶対絶対ぜぇ−ったいだいじょ−ぶ!」
なまえのその言葉を信じたリクオが恐る恐る彼女の首に手を回すと、しっかり捕まっててね!と言ったなまえは羽根をばたつかせた。ふわり、ふわり。宙を舞うことには成功したが、如何せん人を乗せたことなど無いなまえは飛び方が安定しない。あっちへふらふら、こっちへふらふらするのは必然だった。
「なまえ!あとちょっと!頑張って!!」
「うぅ…おもい…」
「うわっ、たか−い!!」
顔を髪の毛と同じく真っ赤に染めた辛そうななまえとは反対に、何時もより目線が頗(すこぶ)る高い事が嬉しいのかリクオは嬉しそうにはしゃいでいる。やっと木の幹までたどり着いたなまえは、全身の力が抜けたようにその場にへたりこんだ。
「ねぇなまえ、見て!家だけじゃなくて浮世絵の桜も満開だよ!」
リクオの言葉に未だへたばっていたなまえはようやく起き上がる。そして立ち上がると、彼と同じように幹に手をつきその景色を見渡した。
「ホントだ…満開」
「きれいだね!」
「うん!」
そのまま二人は暫く桜に見惚れていた。しかしいざ降りようとした時に怖さからかリクオを抱えたままなまえが飛び出すことが出来ずに降りられなくなってしまった。そのため二人は悪戯コンビが見付からないと探しに来た黒羽丸に降ろしてもらい、彼にこっぴどく叱られたのだった。
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ふと、庭に目線を向ける。するといつものように立派に咲き誇る垂れ桜が目に入った。昼間のことを思い出す。
「珱姫…ワシらの孫は元気じゃのう。まさかお前さんに登るとは思いもしなかったわい」
ふうっと煙を吐き出す。幼い孫達は、桜を登った。誰に頼ることも無く。自分達の力だけで。
「孫の成長は早いわい…いつの間にか大きくなって、いつの間にか背中しか見せなくなる」
目を細めたぬらりひょんは、寂しそうに笑った。
「ワシに出来ることは、見守ることだけじゃ…いつの日か、リクオが自分だけの百鬼夜行を造り上げて欲しい…ワシはそう願っておるよ」
コツン、と灰を落とす。目を閉じたぬらりひょんの瞼の裏には、桜の幹の上で幸せそうに笑うリクオとなまえの姿が描(えが)かれていた。
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