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スパン、と音をたてて襖を開く。中にいた黒羽丸は特に驚いた様子もなく、なまえを迎えた。
「なまえ。襖を勢い良く開くなと前に言っただろう」
「リクオ様が!リクオ様が!」
「?」
呪文のようにその言葉を繰り返すなまえに黒羽丸は首を傾げた。確かこの子はリクオ様と共に鴆様の屋敷へ向かったはず。もしや、刺客が現れリクオ様が襲われたのだろうか。しかしなまえは我が妹分ながら、強い。そんな彼女が急いで戻ってくるほど強い刺客だったのだろうか。第一、何故パトロ−ルで見つけることができなかった。
「落ち着け、なまえ。一体何があった?」
「リクオ様の姿がっ…来たっ!!」
「だからどうしたんだ、なまえ」
「〜〜〜っ!!」
廊下から1つの足音が聞こえる。そしてそれは、確実にこの部屋に近付いてきている。ギュッ、と黒羽丸の着物の袖を掴んだなまえが彼の背中へと隠れたのと、襖が勢いよく開いたのはほぼ同時だった。その開け方はなまえと似ていて、彼等がいかに同じ時間を一緒に過ごしてきたかを示している。部屋に入ってきた人物…即ちリクオは、黒羽丸の後ろに隠れるなまえを見つけてニヤリと笑った。
「なァ、なまえ。杯、受けてくれんだろ…?」
「〜〜っ、」
「リクオ様?どうなされたのですか?」
「なまえのやつに俺の杯を受けてもらいたくてよォ…」
義兄弟の杯を、そう笑うリクオ。黒羽丸は自分の背に隠れるなまえに視線を向けた。彼女は顔をその髪と同じくらい真っ赤に染めて、また今にも零れるんじゃないかと思うくらいに目を潤ませている。黒羽丸と目線を絡ませたなまえはいやいやと首を振った。心なしか、身体が震える。
「なまえ、」
「なにっ…」
「リクオ様が…」
「いっ、今はムリ−!!」
そのまま黙りを決め込んだのか、黒羽丸が何を言っても反応しない。さて、困った黒羽丸はリクオに申し訳ありません、と謝る。
「今はこんな状態ですので、また今度というわけには…」
「…兄貴は大変だねェ、黒羽丸。こいつの可愛い顔に免じて今夜はこれにて幕引きにしてやるよ…――黒羽丸兄さん」
「!」
やはり妖しげな笑みをその顔に浮かべたリクオはくるりとその身を翻し静かに去っていった。2人きりになった部屋にはなまえの浅い呼吸がよく響き渡る。彼女が自らの袖口を離したので黒羽丸は漸く(ようやく)なまえと向き合うことが出来た。
「なまえ」
「な、に」
「お前、妖怪のお姿の若にあれだけ会いたがっていたじゃないか」
「…………」
「一体どうしたんだ」
「…………ちゃったかと思った」
「?」
「何時ものリクオ様が、いなくなっちゃったかと思った」
「!」
なまえはギュっと自分が着ている制服のスカ−トを皺になるくらい掴んだ。怖かった。彼もリクオ様だと頭ではちゃんと分かってはいた。いや、分かっているつもりでいた。けれど彼には普段のリクオ様の面影を見付けられなかったから、怖くなってしまったのだ。兄のように、両親のように、自分の手が届かないところに行ってしまったようで。
「……もう大丈夫。ちょっとビックリしただけ」
リクオ様に謝りに行こうかな、そう言って自分から身体を離そうとするなまえの腕をグッと掴む。そして自分の方に勢いよく引き寄せ未だ小さく震えるその身体を黒羽丸は抱き締めてやった。
「く、黒羽丸?」
「大丈夫だ。誰もお前の前からいなくなったりしない」
「……!」
そのままあやすように優しく背中を叩いてやる。
「それに、あの時とは違うだろう。お前は護る力を手に入れた」
「…………」
「何も心配することはない。大丈夫だ」
「………うん」
“今度は何も失わないように”、孔雀妖怪は護る力を手に入れたのだ。もう、自分の大切な人が消えてしまうのは嫌だった。月だけが2人を見ている。黒羽丸は相変わらずなまえの背を優しく叩いていて、なまえは相変わらず黒羽丸の胸に顔を埋めていた。夜は更けていく。
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