それきり会話はなかった。きみの手が温かかった。

「妖怪ク〜〜〜イズ第17問。次のうち鳥を従えて飛ぶ火の妖怪は何?」

リクオの家に向かう途中でたまたま会った清継達と名前。清継は自らが作成したノ−トを見ながら妖怪に関する問題を出す。

「ブ−!!違うよ島くん!君はまだまだだねぇ〜気合いが足りないよ」

名前は少し離れたところで皆を観察していた。カナちゃん。リクオくんが好きで、妖怪が怖い普通の女の子。島くん。サッカーが上手く少し背が低い普通の男の子。清継くん。どうやら覚醒したリクオくんに惚れたらしいが、かわいそうなほど妖怪運がない変な男の子。そして…ゆらちゃん。陰陽師で、負けず嫌いな女の子。
初めて彼女を見たときはなんだか嫌な予感がした。私達京妖怪のもう1つの宿敵、花開院家。父によれば、彼らは私達の仲間を沢山殺めたらしい。私にはよく分からなかった。花開院と京妖怪が争ったのは400年も前の話だ。羽衣狐様が封印されてからは、京妖怪は目立った活動をしなかったらしいし、お陰で私も花開院家の陰陽師をゆらちゃんと会うまで見たことが無かった。古株の幹部達の中には、花開院という名を聞くだけで怒りを露にする奴もいる。しかし私には彼らを憎むという気持ちまではなかったし、だからゆらちゃんをどうこうしようという気持ちも無かった。お姉様から“殺せ”指示がきたら、殺すことにした。

「ごめんごめん、遅くなっちゃって…」

「本当に遅いぞ奴良君!さっさと案内したまえ!」

奴良家の前に着くと、ひょっこりとリクオくんが門から顔を覗かせた。ぶぅぶぅ文句を言う清継くんに苦笑しながらも、お邪魔します、と言いながら門の中へと入っていく。やはり百鬼夜行と言うべきか、中には数えきれないほどの沢山の妖怪がいた。“いかにも出そう”なガタガタと襖が鳴る部屋に通された名前達は、ゆらのレクチャ−を受ける。

「妖怪は色々な種に分けることが出来ます。人の姿をしたもの、鬼や天狗、河童など超人的なもの、超常現象が具現化したもの…。妖怪の3分の1は火の妖怪であると言われています」

ゆらの声をどこか上の空で聞きながら、名前は“彼”の気配を探ってみる。やはり今日はリクオくんが釘を刺したのか、ほとんどの妖怪は妖気を消し人間に化けていた。しかし、彼女は京妖怪だ。そして、普通の妖怪とは違う。竜鯉(りょうり)。その妖の妖力は、計りしれないのだ。

「…見つけた」

「苗字くん?何か言ったかい?」

「ううん、何でも。ごめんねゆらちゃん、続けて」

にっこりと嬉しそうに笑った名前の姿は、とても嬉しそうだった。




*

*

*



「この家は――…どうも変ですね」

そう言い部屋を出ていったゆらに続き、全員が部屋を出ていく。それは名前も同じで、ゆっくりとした動きでみんなの後に続いた。そうして暫くみんなの後ろに続いた後、ごろあいを見計り名前はそっと彼女らから離れ違う道を進んでいく。妖怪の存在、つまり彼の存在を隠したがっているリクオが戻ってくる前に、“彼”を探しに行きたかった。

「それに…――」

この家にはリクオくんの祖父である大妖怪、ぬらりひょんがいる。御姉様や私達京妖怪の、宿敵。彼に見つかるといろいろと面倒なので事は早急に済ませたい。どんどんと“彼”の気配に近付いていく。足を一歩踏み出すたびに、胸が高鳴った。熱く火照りだした頬に手を当てて、少しでも熱を冷ます。少し先に曲がり角が見えた。あの曲がり角を曲がれば、彼の姿が見える筈だ。ふぅ、と小さく息を吐く。

「――…よしっ!」

小さく気合いを入れ直した名前は、曲がり角を曲がった。

初めて間近で見た彼は、黒が似合う人だった。

心臓が鷲掴みにされたような感覚に陥る。名前は今まで何かに執着したことがなかった。恋をしたことが、なかった。長い妖怪の生だ。焦ることはないし、そんなことに今までは興味もなかった。だから同級生(同級生と言えるのかは微妙だが)の女の子達が恋で騒いでいるのをどこか遠目で見ているだけだったし、彼女らがどんな気持ちでいるのかも分からなかった。分かろうともしなかった。けれど、今なら分かる。

やっぱり私は、彼が好きみたいだ。

「あっ、あの…!」

「?」

「この家の方ですか…?」

「ああ、そうだが…。もしや、リクオ様の御学友か?」

「はい、あの、えっと、そうと言いますか…」

いざ彼を目の前にすると、緊張で言葉がすらすら出てこない。いつものどこか余裕のある私はどうしたのか、御姉様達にこの姿を見せたら笑われそうだ、全く。

「…迷ったのか?」

「あ…えっと、はい」

「若はこちらだ」

歩き出す彼を小走りで追い掛けながら、名前は思考を巡らす。このままではダメだ、だって私はまだ彼の名前すら分かっていない。これではこの家に来た意味が無くなってしまう。彼は私の姿を見て先日の事を思い出したのか、少し目を見開いた。彼の記憶にどんな形にせよ少しでも存在していたことが嬉しくて、頬が緩む。しかし自分が助けた少女が若頭と仲が良いと言えども、まさか家にまで来るとは思っていなかったのだろう。この辺りは提案をしてくれた清継くんに感謝である。

「あの…!」

「?あぁ、すまない。少し歩くのが速かったか」

「お名前、なんて言うんですか?」

突然の予期せぬこの問いに驚いたのか、彼は一瞬目を見開く。

「…黒羽丸だ」

「黒羽丸、さんですか。私は名前です。あの、よろしくお願いします…!」

「?」

ペコリ、と急いでお辞儀をした名前に黒羽丸は律儀にこちらこそ、と返した。それきり会話は無かったけれど、彼のさりげない優しさ、それは私の歩く速さに合わせて歩幅を縮めてくれていたことなのだけれど、が嬉しくて緩んだ頬が更に緩んだ。

「ここだと思うんだが…」

「あ、先程通された部屋…」

「そうか。なら良かった」

俺はこれで失礼する。そう言い残し立ち去ろうとする彼。自然と体は動いていた。

「…?」

「あっ…ごめんなさい」

伸びた私の手が彼の腕を掴む。本当に無意識のその行為に酷く名前は驚き、急いで手を離した。

「まだ何かあったか?」

そんな私に彼は嫌な顔1つせずにいてくれる。どくり、どくり。心臓が鳴る。うるさい。竜鯉の血が騒ぐ時とはまた違う鳴り方。こんな鳴り方――私は知らない。

「また、会えますか…?」

「…………あぁ」

この問いかけに彼が肯定してくれた理由なんて私には分からない。そこにはただ、頬を柄にもなく紅く染めた私と、彼だけが存在していた。一瞬掴んだ彼の腕は温かかった。流石鴉天狗、とか思ってしまう辺りは自分でも笑ってしまう。彼が去った廊下に一人佇む。

「御姉様、私やっぱり…」

恋を、しました。

ガラリ、と襖を開ける。そこには先程まで存在していた筈のぬらりひょんの姿は無く、代わりに私の不在理由を問う彼女らがいた。リクオくんにいたっては顔が青くなっている。

「名前ちゃん!?どこにいってたの」

「みんなに後ろを歩いてた筈なんだけど、いつの間にかはぐれちゃったみたいで…」

「嘘!?!?」

「くすくすくす…リクオくんの顔、面白い。心配かけてごめんね、案内してもらったから大丈夫」

「だだだ、誰に!?」

「う〜んと、誰だっけ…」

「名前ちゃ〜〜〜ん…」

「嘘嘘、ちゃんと覚えてるよ。黒羽丸、って人だったよ」

「!」

また、会えるといいなぁ。そんな名前の呟きを聞いたリクオが複雑そうな顔をしていたことを、名前は知らなかった。彼女の頭の中は再び彼に会うためにどうするか、ということでいっぱいになっていたのだ。

お題配布元 確かに恋だった

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