外は生憎の雨だった。しかしだからといってパトロールを休む訳にはいかない。自分達は組の諜報役なのだ。そのことを考えると、やはりパトロールを怠る訳にはいかなかった。
「しかし随分濡れたな…」
ぶるり、と身体を震わせる。弾いた雨粒が身体から地面へと落ちた。このままだと風邪をひいてしまいそうだ。
「は……くしゅん!」
無意識の内に掌を擦り合わせる。少し早いが風呂に入って温まるとしよう。冷えた身体を動かし風呂場へ向かう。
「ギャァァアア!!」
風呂場では小妖怪達の声が辺りに響き渡っていた。びしょ濡れの着物は気持ちが悪く、黒羽丸は急いでそれらを脱ぎ捨てる。そしてガラリと扉を開けた刹那。誰かが発射した水鉄砲をモロに頭から被ってしまった。ポタリ、ポタリ。自らの黒い毛先から滴り落ちる水滴を見ている黒羽丸は無言である。例えばこれがもし彼の父親である鴉天狗だったら、「何をやっとるんじゃぁぁああ!!」と小妖怪達に怒鳴り散らしているところであろう場面だ。しかし、彼の息子である黒羽丸ではそうならなかった。彼は無言のまま扉を閉め、ノロノロと濡れたままの着物を着る。そして大浴場の扉をピシャリと閉めた。この彼の静かすぎる一連の行動のお陰と言うべきか、大浴場で暴れる小妖怪達が黒羽丸の存在に気付くことはなかった。
「…………はぁ、」
そのまま重たい身体を引き摺るようにして歩き出す。…寒い。だけれど、あの中に入っていく勇気をあいにく自分は持ち合わせていない。久しぶりに家族風呂に入ってみよう、そう思った。
奴良家には2つ風呂があるのだ。1つめは近所にある銭湯以上の広さを誇る大浴場である。そしてもう1つ、広さこそは無いのだが、こじんまりとした綺麗な浴槽がある。これは元々総大将が珱姫と2人きりで入れるように作った風呂場だそうで、自分達もたまに使わせてもらっていた。
「………寒い…」
扉にぶら下がっている札は“開き”を示していた。即ち今この風呂を誰も使用していない。札が“使用中”を示していなかったことに嬉しくなった黒羽丸は、先程とは一転、気分良く着物を脱ぎ捨てた。いつもの彼ならここで脱衣場に自分以外の荷物が置いてあることに気付き、疑問に思っただろう。しかしこの時の黒羽丸には周りに気を使う余裕など無かった。腰にタオルを巻き付けた彼は風呂場へと繋がる扉を開ける。そしてそれは、中に入っていた彼女が風呂場に侵入してきた不届き者を成敗しようと桶を投げ付けたのと同時だったのだ。
「成敗!!」
「…うわっ!!!」
飛んできた桶を反射的に避けた黒羽丸は目の前の光景に唖然とする。誰もいない筈の風呂場。しかし彼女、なまえがいたのだ。入ってきたのが黒羽丸だということに気付いたなまえは再び投げようとして構えていた桶を置く。
「な−んだ、黒羽丸だったのか」
「な、んで…」
「どしたの?」
「札は…」
「あ−、ごめん。裏返すの忘れてた」
てへっ、と頭をかいたなまえは私もう上がる、と音をたてて湯船から立ち上がる。そしてその身体を隠す様子も無く、平然と風呂場から出ていった。
「……………」
黒羽丸は驚きのあまり暫く動くことが出来なかった。彼女がまだ小さな頃はよく一緒に風呂に入っていたが、それもある一定の時期に止めた。まあ、それが当たり前である。
「成長していたな…」
ぼそり、と呟く。狭い風呂場ではその声が必要以上に反響し、彼を赤面させた。久しぶりに見た彼女の身体は色々なところが成長していた。もう彼女は子供の身体ではない。胸も膨らみ始め、というよりは大人の胸に近かったし、括れも美しかった。
…って何考えてるんだ俺は!仮にもなまえは妹だろ!!
ガシガシと頭をかきむしった黒羽丸は取っ手を回しシャワーから水を出す。冷たい水を頭から浴びながら、頭を冷やした。ポタリ、ポタリ。黒羽丸の黒い髪から水滴が落ち、排水溝に向かって流れる。その水滴と一緒に先程までの記憶が消え失せてくれればいいのにと、彼は願った。
「へ…くしゅん!」
「大丈夫か?」
「ああ……」
「にしても珍しいよな−。兄貴が風邪ひいて熱出すなんてさ」
「うっ…」
(言えない…まさかなまえの身体を見て高鳴った鼓動を治めるために雨に打たれて冷えた身体を水にさらしすぎたからだ、なんて…)
「鴆様から薬貰ってきたよ−」
「なまえサンキュー!ほら、兄貴。………兄貴?」
「…っ……!」
「顔赤くね?大丈夫か?」
「だ、だ、大丈夫だ…」
「ほらお水。早く治してね−」
「あ、ああ…」
「だああああ兄貴!水!溢してる!!」
「す、すまん……」
「ホント大丈夫か?熱上がってんじゃね?」
「ん−とね、」
そう言ったなまえが自らの額と黒羽丸の額に掌を当てる。すると黒羽丸の顔は更に赤くなった。
「私の体温よりは低いから、多分38度くらいだと思う」
「おおお俺はもう寝る!」
「は!?ち、ちょっとマジで大丈夫?とりあえず薬飲んでよ」
「変な兄貴…」
(まともに顔が見れん…)
黒羽丸は暫くなまえの顔をまともに見れなかったという。
:)リクエストありがとうございました!
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