わたしの進む先には関係ないと思っていましたから、もちろんよい方だとは思いますけれど。
兄から譲られた編み物の教科書を傍にリーリエは言った。わたしにも兄がいる。それなりに仲が良く気安い関係ではあるが、彼を「よい方」だなんて思ったことはない。幼いころは喧嘩ばかりだったが、リーリエとグラジオは喧嘩をするほど顔を合わせたことがないのだと聞いたことがある。知れば知るほど奇妙だった。
薄いグレーの毛糸が編まれていく。ときおり解かれ、ふたたび編み直される。ところどころ摘んだように糸が飛び出ていた。棒針を扱う指先が細く、爪は短く整えられている。先端は丸く、艶が自然でない。「あっ、だめですよ」触れると落とされた棒針が彼女の膝の上に着地する。
「爪なにか塗ってる?きれいだね」
視線を彷徨わせ頬を赤らめては「磨いただけです」と消え入りそうな声で言う。少しばかり血色の悪い唇に目がいってしまう。彼女もわたしの情欲を感じ取っていた。親指の腹を這わせて、そっと顔を寄せ、しかし思いとどまる。
「それ間に合わなくなっちゃうね」
彼女の膝でおとなしくしている毛糸はマフラーになる予定らしい。彼女の兄への贈り物として先月の終わりぐらいから編み始めているものだった。リーリエは「たった一瞬なのに」と残念そうにする。
「一瞬で済むだろうか」
わたしの疑問に彼女は首を振って「むずかしいですね」と照れくさそうにする。
彼女の進む先とは、いったい何処なのだろう。大きな人生の転機が彼女にとってはすでに起きていて、わたしはそれ以前の彼女を知らなかった。知らなくてもよかった、今ここにいる彼女がすべてなのだから。ベッドに横たわる彼女は髪をまとめあげていて、晒された頸に口付ける。汗ばんで、焼けるように熱い。肩に伝う汗を舌先で舐めると、汚いからと押し返される。
「ねえ、マフラー」
「え……」
「マフラーどうなった?できたのかい」
最後に見たときは七割ほど完成していた。荒い呼吸をくりかえしながらリーリエはわたしを非難するように見つめ「いま、にいさまの話しないで」と不貞腐れた。それもそうかと謝ろうとしたが、しかしふと気になったのだ。関係ないとまで思っていた兄に今では手編みのマフラーを贈ろうとしている。どういう心境の変化なのか。彼女のこれからゆく道は、何処なのか。
「きみはわたしのことが好きだよね」
「な、なんですか突然……もちろん、その……」
「でも、わたしのことが関係なくなるかもしれないね。きみの兄さんとは真逆でさ」
情けなかった。まわりくどいわたしの言葉にリーリエは眉を下げて微笑んだ。彼女が笑うといつも困っているみたいに見える。
「素直になればいいのに」
抱きすくめられると、彼女の匂いがした。コロンなのか、なんなのかわからない。肉体を捲り上げ、内側から放たれる彼女本来の、甘くどこか寂しい匂い。滑りの悪い胸元に額を擦り付ける。
「あの人にはあの人の道が、わたしにはわたしの道がありました。ですが結局おなじことをしているのです。知らず知らずのうちに」
金の髪がわたしを包むように流れてくる。肌に触れるとこそばゆかった。
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