ホテルに戻ると、ガイと見知らぬ女が座っていた。女がガイに小ぶりなケーキを食べさせてやっているのをデウロとピュールがうんざりとした面持ちで見ている。
「みんな何してるの」
 セイカが声をかけると、全員の目がこちらを向いたのでぎょっとする。「何してるもなにも」素っ気なくピュールが返す。
「無言の抗議?」
 デウロが言うと、ガイが「だって」と反論するが、口にケーキを捩じ込まれていた。おいしいかと訊かれ、こくこくと頷いている。
「これ、どういう感想を抱いたらいいの?」
 困惑のままに訊く。
「思うがままに」
「……何?」
 デウロに促されセイカが呟くと、ピュールが並び立つ。ショーでも眺めているようだった。観客は三人。
「ボクも初めて遭遇したときはそう思いました。奇遇です」
「オマエら散々いうけどオレも思ってることなんだぜ、それ」
 演者のひとりであるガイが女を制止すると、彼女は驚いたように「いやだったの?」と甘えた声で言うので、ガイは慌てて「そんなことはないけどさ」とまいった様子を見せるが、そのじつデウロたちからは満更でもなさそうに映った。
「じゃあ、はい、もう一口どうぞ」
 また二人だけの世界に戻ってしまう前にセイカが「彼女はどなたなの?」と切り出した。二人は同時にセイカを見やる。彼女が「わたし、なまえです」と笑顔で応えた。
「なまえはオレがミアレに来るより先にこのホテルにいたんだよ」
「だから後から来たあたしたち、ずっとあれ見せつけられてるんだよねえ」
「彼女、ガイ相手に電流が走ったらしいですよ。その表現はまあ、悪くないと思いましたけど……見るに堪えないのでやめてほしいのですが」
 ピュールの言葉になまえは「それ!」と大きく叫ぶ。
「わたしだって二人きりがいいのに、ガイくんお部屋に入れてくれないんだもの」
「入れるわけないって」
 ガイが首を振る。
「確かにそれはマズいかも」
「実行していたらガイの人間性を疑います」
「そこまでいうか?」
 三人が頷く。
「カフェとかでやったら?」
 腕を組み、デウロが提案する。
「周りの人が迷惑しますよ」
「じゃあ映画館」
「映画に失礼かも」
「おいセイカ、さすがに言いすぎだろ」
「だって、映画観に行くところなんだから。観ないと失礼でしょう」
 そう言っている間もなまえは周囲の声などまるで耳に入っていないかのように両手指を組んで自らの口元にあてがい、ガイを熱っぽい視線で見つめていた。「なまえもなにか言えって」ガイが視線を合わせると、きゃあと悲鳴があがる。
「ついていけません、このノリ」
「おひるごはんまだなのにちょっとお腹いっぱいになってきたよ。まあ、食べにはいくけどさ」
 デウロとピュールが散っていく。それぞれカウンターのAZに帰宅時間を告げて、フラエッテが見送った。残されたセイカは気まずそうに「私、どうしたらいい?」とガイに問う。ガイもまた気まずそうに頭を掻く。
「オマエまだポイント集め切ってないんだろ?」
「あ、ふたりきりになりたいっていう」
「そういうんじゃないって」
「そうです!」
 なまえが半ば叫ぶように言う。それからガイの腕にまとわりつくようにしがみつくと、ガイはびくりと身体を揺らし固まった。彼の頬から耳朶にかけて一気に血色が良くなる。半ば振り回すかたちで自分を導いてきた男の意外な一面にセイカは素直に感心する。
「じゃあ、私夜まで特訓でも」
「ああ……いや、待て。オレをひとりにしないでくれ」
「な、なに?いやらしいこと考えちゃうからってこと?」
「えっ、本当に?」
 なまえが期待のこもった眼差しを向ける。
「違うって、もういい!」
 声を荒げたガイはなまえの腕をそっと振り払うと勢いのままにホテルから出ていった。
「怒らせちゃったかな」
 純粋な眼差しでなまえがセイカに問う。
「照れてるだけなんじゃ……まあ、目に余るからよかったよ」
「セイカさん、ずばっというんだ」
 なまえがそう微笑む。話が通じるというだけで、先程とは打って変わってごく普通の女の子といった印象になる。自分たちとそう変わらないくらいの年頃だろう。
「わたしだって変だってわかってるよ。でも、ガイくんかっこいいでしょう、それに出会ったばかりのときは……といってもそんなに前じゃないけど……なんだかずっと暗い顔していてね、だからお茶に誘ったり、他愛もないお話したり……人助けだと思ってって言ったらぜんぶ付き合ってくれたの。ほかにもこの街の素敵な景色を教えてあげたり、おいしいもの食べたりしてたらね、だんだん自然な笑顔がたくさん見られるようになって……わたし、ズドーンってきちゃったの。頭のてっぺんから、つま先まで」
「はあ、ズドーンと……」
 予想より自然なきっかけだったなとセイカは内心思う。彼女へのエキセントリックなイメージがさらに薄まっていく。
「でもね、セイカさん、これはここだけの話なんだけど……ガイくんはわたしのこと好きになってくれないと思うの。こればっかりは仕方ないけど、でも、やれることはやってそれでもだめなら諦めることに決めて……だからわたし多少やりすぎってぐらいアピールすることにしてるんだよ」
「いや」
 あのガイの満更でもない反応を見て脈がないと感じる人がいるだろうか。恋は盲目……というのはまた違う意味だっただろうか。セイカがどう返そうか考えあぐねていると、フラエッテがやってきてなまえを囲むように回る。
「フラエッテも慰めてくれてる」
「いやだから……まあいいか。がんばってください」
 こんなこと、といったら失礼だけれどふたりの恋路を見守っている場合ではないらしい。観光のつもりでやってきたというのに、私は私で妙なことになってきている。
「応援してくれるの?優しい、ありがとう!」
 なまえからの熱いハグを受け止めながら、今夜のバトルについてセイカは思案を巡らせた。フラエッテが呆れたようにカウンターに戻っていく先でAZが柔らかな微笑みを浮かべている。