サイハテは誰にでも訪れる

リクエスト:中学生男主と東春秋

ふぁぁ、と大あくびをしながら影浦隊の隊室に置かれているこたつに入っているのは影浦隊の隊員ではなく蒔田由紀である。

部屋の持ち主である影浦隊の隊長、影浦雅人は現在ここにおらず、数分前に「帰る時は鍵をしろ」と言って隊員を引き連れて部屋を出ていった。影浦は純粋になついている蒔田に対しては案外寛容な態度なので、影浦隊も蒔田が居ることに対して何も言わないし、もう隊員として誘っても良いのではないかと仁礼光は考えているらしい。

そんなことは露知らず、蒔田が静寂に包まれた部屋でのんびりとしていると、扉が開く音がやけに大きく響いた。

「またここにいた」
「師匠こんにちはー」

この部屋の住人であるかのようにくつろいでいる蒔田を見て東は小さくため息をつきながら部屋の中へ入った。

「由紀は影浦隊に入るのか?」
「やだなぁ。俺はいつか師匠と新しく隊を結成するんで、その時がくるまではフリーです。とりあえずどうぞどうぞ」

由紀が自分の反対側をどうぞと俺に勧める。あまり大きくないこたつなので自分が入ると狭くなるんじゃないだろうか、とも考えたが少しだけ入ることにする。

手や足を全てこたつに入れるように身を捩らせて中に入ると、俺の冷えた足と由紀の小さな温かい足が軽く触れて、由紀はすっと足を引いた。

机の上には食べかけのみかんがひとつと、手のつけられていないみかんが2つ。由紀は皮が剥かれたみかんを頬張りながら、ひと房つまんで俺に「あーん」と差し出してきたので、そのままの意味で口で受け取ると、とても嬉しそうに笑った。

中学生二年生の由紀とはかなり歳が離れているので、親子のようだとも言われることお多いが、由紀はあまり気にしていないらしく、今でも姿が見えると師匠!師匠!と寄ってくる。例えるならば迅と緑川だろうか、いや、緑川よりは由紀は幾分か落ち着いている。

「俺の隊には入らないのか?」
「うーん、それも考えたんですけど、今の東隊に俺は必要ないと思うんですよねぇ。だから俺はフリーのまま、師匠のお側にいます!」
「まあ何でもいいけど俺の歳も考えろよ」

そもそも25にもなって戦闘員を勤めていることすら珍しいのに、由紀は俺がずっと引退しないと考えているようだが、将来的には引退か、せめて忍田さんのような立ち位置にして欲しいものだ。

そんな俺が引退せずに育成している後輩達の中でも由紀は狙撃主であり、俺の教えをどんどん吸収してゆくので、"もうひとりの東春秋"と呼ばれるようにもなってきた。上層部も由紀が高校生になったら遠征にも行かせる予定らしい。調子に乗るから絶対に由紀にだけは知られるなとあらゆる隊員に釘は刺してあるので未だに本人は気づいていないけれど、時間の問題だろう。

「由紀、今どんな感じ?」
「狙撃手個人ランクは今7位です!」
「うーん、とりあえずそこで止めとけ」
「何でですか!」
「何でも。狙撃手は続けていいから、ランクを上げるのはひとまず中止」
「えー!」
「えーじゃないの」
「師匠がそうしろって言うならそうするけど」
「よしよし」

頬を膨らませて典型的な拗ね方をする由紀の頭を撫でてやると、少しだけ照れていた。もう頭を撫でる年頃ではないのかもしれない。

「最近見てやれなかったし、今から稽古つけてやるけど行くか?」
「本当!? 行く! 行く!!」

俺は由紀のこの顔が好きだ。嬉しくて嬉しくてたまらないと瞳を輝かせているこの顔。もっと甘えてくれてもいいと思うが、そう仕込んだのも俺だ。だから由紀は子供の癖に色々考えてしまう顔に似合わない頭脳プレイヤーになってしまったのかもしれない。

先程まで眠そうな顔をしていたのに、直ぐに立ち上がり、こっちこっち!と手を引いてくる由紀を見て、少しだけ笑ったあと、鍵をかけろよ、と声をかけるとこちらを振り返り、腰に手を当て、仁王立ちのようなポーズをとってみせた。

「分かってますよ師匠! 俺カゲさんにここの鍵貰ったんです!」

こんなにも仲が良かったのか、と正直驚いた。これは仁礼だけでなく影浦も隊にスカウトする気だ。おそらく由紀に一度断られたから、今度は周りから固めるパターン。人質はきっとこたつだろう。

「由紀、今度の休み、一緒に買い物に行こう」
「師匠と買い物! ぜひ! 何を買うんですか?」
「こたつ」
「こたつ!!」

ほらやっぱり。

もちろん俺も影浦に喧嘩を売るつもりはないので自分の家に置くつもりだ。

少しでも多く影浦より俺の元に来て欲しいという小さな抵抗。我ながら大人気[おとなげ]ない。

「東隊の部屋に置くんですか?」
「いや、俺の家」
「師匠の家……!! これで師匠の家に行く口実ができます!」
「本人を目の前にしてそれを言っちゃ駄目だろ……」
「確かに」
「そんなことしなくても由紀ならいつでも来ていいよ」
「やったー!」

ほらほら、由紀はそうやって笑っていればいいんだよ。

繋がれた由紀の手はとてもあたたかくて、やわらかい。この手が引き金を引くのは少し寂しく感じた。

「師匠! 早く! 早く!」

意気揚々と空きブースに入りトリガーを起動させる由紀の手には俺と同じく、アイビスが握られている。

「由紀はアイビス以外使わないのか?」
「師匠と一緒がいい!」
「うーん、でもイーグレットに換えよう」
「何で!」
「何でも」

トリガーを解除させてチップをアイビスからイーグレットに換えると由紀はその様子をじっと見ていた。

「師匠が稽古つけてくれるって言ったのはアイビスからイーグレットに換える為だったんですね」
「バレたか」
「バレバレです。俺は師匠に従いますけどね!」

由紀は早速イーグレットで的当てを頑張っているが、弾速の違いに慣れず、動く的を相手に予想通り苦戦している。

「アイビスより速いんだから、ほら、照準はもう少し後ろ」

同じように由紀の隣でアイビスを構えて、同じようなタイミングで的を狙うと面白いように由紀がつられる。

「もー! 師匠が一緒に撃つからタイミングがズレて当たらない!」
「はっはっは」

文句や独り言を言いつつ、それでも一生懸命イーグレットの特訓をする姿はとても真っ直ぐで、輝いていた。

「イーグレットに慣れるまで任務も訓練も受けちゃ駄目だからな。上にも俺から伝えておくから」
「はぁい。ところで師匠のその権力はどこからくるんですか?」
「さぁ」
「俺も頑張って早く師匠に追い付きたいなぁ」

追い付いて欲しいと思う反面、もう戦いには出向いて欲しくないとも思っていることを、由紀は気づいているのだろうか。

由紀の実力ならば上層部の思惑通り、高校に進学したら直ぐに遠征メンバーに抜擢されるだろう。この小さな身体で。

だから、イーグレットに慣れたらアイビスに戻して、その次はライトニングに換えて、またランキングを下げ、その間に教えられることは全て叩き込むつもりだ。

全ての狙撃用トリガーを自分の手足のように使いこなせるようになった時、由紀と俺はいったい何歳になっているのだろう。

「ほら、よく考えて撃て。狙撃手に大切なのは一発を確実に当てることだと教えただろ?」
「はい!」

俺が由紀に与えられるのはこれだけ。

せめて、自身を守れるくらいに強くなるまでランキングは上げさせないし、遠征はもっと場数を踏んでからだ。

「師匠! 今のはどうでしたか!」
「良かったから、今度は距離を延ばそうか」
「はい!」

だからせめて、もう少しだけ彼に、平穏を。

20151113
2015年ハロウィンリクエスト『東春秋相手、中学生くらいの男主弟子でほのぼの』
リクエストありがとうございました!
ほのぼの……?なんだかほの暗くなってしまいました……。
男主目線からみたらほのぼのかもしれません。すみません。



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