抱負はあなたと共に

スマボネタ、司令主と出水

正月の本部には誰も居ない。

年越し時間に本部に居るのは物好き程度で、職員も隊員も家に帰って各々の年越しをしている。そんな静まり返ったボーダー本部の一室で、僕は23年間生きてきて初めて、ひとりの正月を迎えた。

僕の立場は"司令見習い"で、半年前からその名の通りの仕事を日々こなしている。

司令見習いになるまではボーダー内の情報を管理、保守していくのが僕の仕事だったのだけれど、『そろそろ隊員の指揮がとれる人間がもうひとり欲しい』と忍田さんが会議で僕を指名したらしい。

去年までなら数日前には仕事を終え、大晦日はシステムの最終チェックをしてからそのまま四塚市の実家に帰り、缶ビールを飲みつつ年越しの瞬間はバラエティ番組を見ながら家族でカウントダウンをしてから眠りにつく。そして元日の昼からは親戚の集まりの中でまたビールを飲むまでが正月の恒例だ。

とは言うものの、実家に帰るのも、親戚の家に行くのも、元日でなければいけないことはない。僕が元日に行こうと決めているだけであって、親戚と集まって飲んだとしてもボーダーの機密を漏らしてはならないため、ひとり酒をする時以外の飲む量は微々たるものだ。

そう。僕はそれほど重要な情報を預かる立場に居たはずだったのだ。

朝の7時。そろそろ誰かがやってくる頃だろうと、夜間に立ち入ることを禁止されている区画を解放した後で、巡回警備を兼ねての散歩に出掛けた。

朝特有の冷たい風が頬を撫でたので、戻ったらもう少し暖房を強めよう。根付さんに節約と言われているが、隊員や職員が風邪をひいては元も子もないと毎回詰め寄って温度を上げている暖房は、冷え性には好評らしい。

「しれー」
「うわっ! ……出水か、どうしたこんな朝早くから」

考え事をしていて注意散漫になっていた僕の目の前にひょっこりと現れたのは出水公平だった。僕の指揮の元、素晴らしい働きをみせ、尚且つよく話しかけてくれるいい子なので、部下と言うよりは友達に近い関係に司令見習いとして助けられてばかりだ。

「しれーならここにいるかなって思って」
「すごいな、今年からなのに。あと、僕は『しれー』でも『司令』でもないから」
「でも司令見習いなんでしょ? 実際おれたちを指揮してくれてるじゃん」
「いや、それは出水たちだからだよ。ランク下位の隊への指揮の許可は下りてない」
「へぇ」

これは万が一僕が指揮をミスしても上位ランクの隊員なら臨機応変に対応ができ、尚且つ指揮を間違えたり、無謀なことを言ったりしても反対意見を出してもらえるのでお互いの成長に良いだろうと救済措置をくれた忍田さんの案である。

下位ランクは実戦経験が浅い者も多いので、まだ任せられないのだそうだ。

「なるほど、じゃあおれたちは特別なんだ。おれ、しれーの指揮好きだよ。分かりやすいし的確で早く終わるから」
「褒めても何も出ないよ」
「本心なんだけど、何も出てこないのは困ります」

スッと手を差し出してきた出水はにこにこと良い笑顔を浮かべている。

この意味が分からないほど僕も野暮じゃない。僕が子供の頃にもたくさんの人に同じことをしたようなものだ。

「はいどうぞ、お年玉」
「やったー! しれーありがと!」

胸ポケットから取り出したポチ袋を受け取り、出水はその場でくるりと1回転した。

「出水は本当に頑張ってくれてるし、特別。みんなには内緒ね」
「俺、しれーの役にたってる?」
「たってるたってる。今年もよろしくな」
「……!! もちろん!」

嬉しそうな出水の頭を撫でてから再び歩き出す僕の背中を出水が追い抜いて、僕の目の前でぴたりと止まった。

「おれ、今年も頑張る! だからずっとおれのしれーでいてください!」
「ん、よろしく頼むよ」

またあとで、と去っていく出水の背中を見送って、最初は荷が重いと感じて辞めたくなった司令業を今年も頑張ってみようかな、と思いながら僕はまた歩き出した。

For Saco 20160102
元日までに間に合いませんでした。
リクエスト:出水にお年玉をあげるお話。
スマボ司令主とまとめてしまいました。すみません。
さ子さんいつもありがとうございます。今年もよろしくお願いいたします。



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