自分だけが邪魔な色をしてる

時枝と同い年 ※特殊夢主、流血注意。

トリオン兵、あんな非科学的なものが、ましてや、自分の目の前に現れるなんて誰が想像していただろう。

それでも今は普通に学校に行き、日々を過ごし、こうして仮初めでも平和を手にしているのだから不思議なものだ。

「充、おはよう」
「おはよう。どうしたの、朝に来るのは珍しいね」

三雲隊の空閑遊真を連想させる赤い目、いや、それよりは深く、真紅と例えた方がいいのかもしれない美しい目をした由紀がわざわざ隣のクラスのおれの元に来ることは珍しくないが、朝に来ることは初めてで、そのまま見ていると少し尖り気味の耳がピクリと動いた。

「由紀ー! 宿題助けてー!」
「充、佐鳥が来る。助けて」
「そんなこと言わずに助けてー!」

佐鳥が来る方向から逃げようとおれの後ろに移動した由紀に隠れるつもりはなく、佐鳥との間におれを配置したいだけなのだけれど、どちらにしても盾にされにるおれに身になって欲しい。

「由紀ー!」
「おはよう賢」
「おはよ! ……じゃなくて!」
「うん分かってるよ。宿題でしょ?」
「分かってるなら手伝ってよー!」
「とりあえず出来るところまでは自分でやってね」
「それだと間に合わなくてー!」

おれを挟んで会話をする由紀と佐鳥を交互に見ていたが、くすくすと笑う由紀がとても綺麗で、色白の肌に赤い目が美しさに拍車をかけていた。

「由紀の鬼! 悪魔! 人でなしーー!」

佐鳥が半泣きになりながらおれの裾を掴むので、背中にいる由紀に顔を向けると、目が大きく開き、ぱちぱちとゆっくり瞬きをしていた。

「ははっ、佐鳥は面白いことを言うね。そうだなぁ、俺は鬼だけど悪魔じゃないよ」
「確かに騙したりとかはしないけどー! 厳しいー!」
「仕方ないなぁ。人でなしにはなりたくないから手伝ってあげるよ」

おれの机の上にノートと教科書を広げる佐鳥と、その横に立つ由紀。この席はおれの席だから座っているのはおれだけなのだけれど、二人はそんな体勢で宿題なんて出来るのだろうか。

「佐鳥、こっち」

席を立って佐鳥を座らせようとすると由紀がまたおれをじっと見て目をギラリと輝かせていた。

「充はさ、本当に綺麗だよね」
「……、どういうこと?」
「今も佐鳥に席譲ったし、きっと心も体も、血も全部綺麗なんだろうなって」
「意味分かんない」
「そうだね、ごめん。忘れて」

席に座りながらおれのシャープペンシルをカチカチと鳴らす佐鳥を見守りつつ、由紀は佐鳥が持ってきた教科書をぺらぺらとめくり、手を止めた。覗いて見ると確かに佐鳥が躓きそうなところだ。由紀も佐鳥のことをよく見ているし、おれなんかよりもずっと綺麗だ。

◇◆◇

あれから授業開始までに宿題を終えた佐鳥を連れて教室へと戻っていった由紀を見送って、2限目の授業が始まった頃。

窓から見える廊下をふらふらと歩いている人影が見えた。

由紀?

ふらふらと歩く由紀の向かう方向はおそらく保健室だろう。

「すみません、頭が痛いので保健室に行ってきます」

思わずそう言って立ち上がってしまったので、廊下を走って由紀を追う。走ってしまったことは今くらい許して欲しい。

保健室の扉を開くと保健室に設置された流し台に向かっている由紀が居た。背中を向けていてよく見えないが、扉の開く音にビクリと体を大きく揺らした後でゆっくりと振り返る。

「み、つる……」

由紀の口の端からは赤い液体がたらりと流れ落ち、腕まくりをした由紀の腕からも同じように赤い液体が滴り落ちていた。

「何してるの! 早く止血しないと!」

慌てて水道の蛇口を開き、勢い良く水を流して傷口に当てる。由紀の顔が痛そうに歪むが、救急箱から清潔なガーゼを取り出して水を拭きながら止まらない血を吸い取っていく。想像以上に傷が深いようだ。

「充、大丈夫。すぐ直せるよ」

おれの手をそっと離してべろりと赤い舌を見せた由紀は傷口にそっと舌を滑らせる。

赤い血に触れて更に赤く染まる舌が通り過ぎたあとには、何事もない白い肌があらわれた。

「どういうこと……?」
「俺、今朝佐鳥に言われた通り、鬼、なんだよね」
「鬼?」
「うん。鬼は鬼でも"吸血"だけどね」
「……冗談じゃなさそうだね」
「……、ごめんもう一度いい?」

そう言った由紀はまた思い切り自分の腕に噛み付いていた。

「ちょっと、治るからと言って見過ごせないことするのやめてよ」
「でもお腹すいたし、人の血は飲めないし、自分の血もなかなか美味しい」
「普段どうしてるのさ」
「お腹は基本的に空かない。今が年に2、3回くるうちの1回なだけ」
「で、その都度自分の腕噛んでるの?」
「家に帰ったらレバー食べるよ」

くすくすと笑いながらの腕から垂れる血を「勿体無い」と丁寧に舐めるしぐさが色っぽくて、おれの喉が鳴った。

「血、飲みたいの?」
「まあね」

おれの血を想像したのか、ペロリと舌なめずりをする由紀の横を通りすぎて、鋏にアルコール消毒液を吹きかけてから前腕を思い切り切り裂いた。

「充!?」
「はい、どうぞ」

あまり深く切ることはできなかった傷口からじわじわと血液が流れだし、ゆっくりと腕を伝う。

ゴクリと、今度は由紀の喉が大きく上下した。

「勿体無いから飲むなら早く飲んで欲しいんだけど」
「……ありがと」

床に落ちそうな血を舌でゆっくりとなぞって傷口に吸い付いた由紀は痛くないように加減をしているのか、丁寧に血を飲み始めた。

見たこともない恍惚を浮かべている由紀はとても色っぽくて、舌先が少し肌に触れるだけでおれの心臓は跳ね上がる。

「あ、ねえ、人は噛まれたら吸血鬼になるって聞いたことはあるけど、これはカウントされるの?」

今更遅いだろうと思うが、由紀が辛そうにしている姿を見ていたくなくて、後先考えずに切ってしまった腕が今更ながらに痛み始めた。

「大丈夫。そんなこと言ったら俺と関節キスした人は全員吸血鬼だよ」

あれは思い切り噛まないと無理。それに俺、眷属つくりたくないし、人の血はあまり飲まないようにしてるから。と、丁寧に解説されたあとでそっと舌を離された。

腕を見ても傷なんてなくて、鋏に残っていた血だけがおれの腕を切った証拠として輝いている。

「これからおれに頼っていいよ。今みたいに飲めば平気なんでしょ?」
「充、それは嬉しいけど、飲んだら飲んだ分だけ吸血鬼としての歳を取ることになるからさ、できるかぎり俺は"人"でありたいんだよ」

今飲んだ量だと俺はまた1歳くらい歳をとらないかなー、と背伸びをしながら言う由紀はどこからどう見ても普通の人間で、やはり吸血鬼には見えなかった。

「どうしたの充?もしかしてまだ信じられないの?」
「まあね、頭で理解してても心が追いつかないんだよ」
「へぇ〜。俺はトリオン兵の方が信じられないけどね」

そういうものか、と思った時、授業が終わるチャイムの音がスピーカーから流れた。長い時間保健室に居たような気がしたが、そんなことは無かったらしい。

「俺さ、自分も、充も"人でなし"にはしないから安心してね」
「そう」

いつも誰かがおれを頼ってくれていた気がした。嵐山さんも、おれを頼っていてくれると思う。

もちろん自分が少なからず世話好きであることは理解しているが、由紀はどうやら頼ってくれないらしい。それが歯痒くて、せめてもと血で汚れた流し台と鋏を洗ってあげることにした。

「あ、充!」
「何?」
「遅くなったけど、ごちそうさま!」
「……、それ変な意味に聞こえる」

少し首を傾げたあと、意味に気づいて顔を真っ赤にした由紀は紛れも無く人間の顔だった。

For Haku 20160111
時枝くんは必要な時にさっと、自分の事を顧みずに行動してくれる人だと思う。
珀さんに捧げます。



自分だけが邪魔な色をしてる