つまらないセンチメートル

出水くんと歳上彼氏

最近、手も繋いでない。

気づいてしまえば、気づかなければ良かったと後悔が胸を締め付けるばかりだ。

何かを求めているのかと問われればそうではないのだが、何も変わらない日常の中で、手を繋いだり、抱きしめてもらったり、蒔田さんと肌が触れ合う回数だけが確実に減っていた。

何か気に障ることをしてしまっただろうか。

考え出すと止まらない思考はマイナスの方向にしか向かず、クリアに聞こえていた音も何も聞こえなくなってしまった。

「出水」

誰かが読んでいる。返事をしなければと思うのに、体は動いてくれない。

「おい! 出水!」

大きな声に体中が揺すられたようで、はっ、と目が覚めたような感覚に驚いて立ち上がると、周りが一斉に『ありがとうございました』と教師へ終礼の挨拶をした。時計を見ればもう昼休みだ。

そうか、授業中だったか。

体の力が抜けたようにストンと椅子に座ると、おれの隣に誰かが立った。

「出水大丈夫か?」
「ああ」

聞き慣れた声色に顔を上げると米屋が心配そうな顔をして俺の顔を覗き込んだ。

「さっきの授業、ずっとうわの空だったじゃん? 本当に大丈夫か?」
「大丈夫。少し考え事をしてただけ」
「考え事?」
「蒔田さんと最近手も繋いでないな、って」
「ああ、なるほど」

何を納得したのか待っていろと言って俺の側を離れた米屋は自分のロッカーの中から紙袋を取り出して、再びおれの元へと戻ってきた。

「これやるから、ファイト」
「は?」

いつもと変わらぬ口調に少しだけ気分が戻ってきたおれが紙袋の中を見ると、安っぽいセーラー服のようなものが見えた。

「それ、去年の先輩が文化祭で喫茶店やった時に使ってたやつのあまりだってさ。しかも未開封」

安さが売りの店にナース服やチャイナ服と大量に売っていそうなパッケージに包まれたこれをどうしろと言うのか。

「それ着て迫ってみたら? 流されてくれるかもよ」
「流されるって……」

それでも紙袋から手を離さなかったおれは、そのままスマホを取り出して蒔田さんに《今日家に行っていいですか》とメッセージを送った。

◇◆◇

「いらっしゃい」

いつも通りの笑顔で迎え入れてくれた蒔田さんは目の前のローテーブルにガラスのコップに注がれたみかんジュースを置いてから、おれの真横に座った。

「どうしたの急に?」
「……会いたくなったからじゃダメですか」
「ダメじゃないけど」

右手を首の後ろに当てるのは、蒔田さんが困っている時にする癖だ。

おれは紙袋に入れて持ってきたセーラー服を少しだけ取り出して、思いきって蒔田さんに見せてみた。

「蒔田さん、こういうの好きですか」
「え、何それ」
「セーラー服です」
「それは見ればわかるけど」
「興味ないんですか」
「ちょっと待って、出水、ストップ」

座りながら横に座っている蒔田さんに体を近づけて迫るとじりじりと後ずさりされたので、セーラー服の入った袋をテーブルの下に置き、蒔田さんの右手を両手で包んだ。

「おれじゃ、ダメですか?」
「……そうじゃなくて」

目を逸らしていた蒔田さんの喉が小さく上下に動いた。

流されろ、そのまま流されろ。

そう願うおれはひどい人間なのかもしれない。

蒔田さんは小さく深呼吸をしたあとで、おれをまっすぐ見た。

「……俺は、出水とそういうことするのは出水が高校卒業してからって決めてて……、だから、ごめん」
「え?」
「ん?」

いや、そういうことするつもりで迫ってたんだけど、高校卒業してから、ってことは、おれのことを嫌いになったとか、やっぱり女の子がいいとか、そういうことじゃないってことで。

「おれが高校卒業してからも一緒にいてくれるんだ」
「何言ってるの? 当たり前」
「なんだ。心配して損した」

おれがほっと胸を撫で下ろすのとは正反対に、蒔田さんが首を傾げる。

「心配してたの?」
「だって最近手も繋がないし」
「あっ、ああ、それはただ俺の理性が耐えられなくなりそうだったからで……」
「まじで?」
「まじで」

魅力の問題かと思ってたんだけど、それも大丈夫そうだ。

「蒔田さん、今日泊まっていい?」
「だーかーらー」
「そういうこと無しでいいから、今日は近くに居させてよ」
「はぁ……。いいけど、絶対しないからな」
「わかってます」

今日は、ですけどね。

20160505 For Saco
さ子さんの「(流されろ、流されろ)」と考えている出水くんが大好きで、書かせていただきました。



つまらないセンチメートル