まっしろフード


審神者の部屋で鶴丸国永から出陣の成果を報告している最中、審神者は鶴丸国永の着ている服ばかりを見ていた。

「どうした?」
「なぁ鶴丸、嫌じゃなければその服、俺も着てみていいか?そんなに体格差ないしいけると思うんだけど」
「これか?」
「そうそうそれそれ」

鶴丸国永が自分の着ている服の袖をふりふりと軽く振りながら審神者の目を見ると案の定目線は服に釘付けになっていた。

「じゃあ主の服と交換をしないか?」
「鶴丸がこんな普通の服を着るのか?」
「ああ、前から少し気になっていたんだ!」

審神者の今日の服装は見た目だけなら社会人のスーツとあまり変わらない。

下は折り目のついていない黒のカジュアルパンツを履き、上は白シャツを着ているだけでネクタイはしていない。審神者の考える"無難な格好"なのである。

夏は半袖。冬はニットやシンプルなテーラードジャケットを着て、真冬日なら更にマフラーや手袋を身につければ完璧だという持論と共に数年間生きてきた審神者は、生地や色に多少のこだわりはあるとしても「オシャレか」と問われればやはり「無難だろう」と答えるしかないのだ。

「こんなのでよければ貸すけど鶴丸が黒を着ると思うと白い床に墨をこぼしたような気分になりそうだ。背徳感すごそう」
「そういうものか?」
「そういうものだ。じゃあ着替えるか」

審神者はそのままベルトに手をかけるとカチャカチャと音を立てて外し始めた。

「おいおいおいここで脱ぐ気か?」
「ダメか?」
「いや!駄目じゃないが!駄目じゃないがもう少し恥じらいを持っても!」
「同じ男だろ?」
「いやいやいやいや、あ、ま、まあいいけど」
「ほら鶴丸も早く脱げよ」
「ああ、なんで俺の主はこんなに男前なんだ」

審神者の言動に頭を抱えながら背を向けて服の袖に手を通す。同時に袖を通り抜ける風は少し冷たくて背が震えた。

肌着になった姿で後ろを向くと審神者は早くもパンツ一枚になっていた。ボトムスの意のパンツではない、下着のパンツだ。きゅっと引き締まった腰や二の腕、適度についた腹筋、すらりとしているが逞しい足、ああずるい俺の完敗だ。男の俺から見てかっこいい。

「鶴丸はそれで全部か?」
「あ、ああ」
「俺こういうやつ着たことないからちょっと手伝って欲しいんだけど、まずこれを着ればいいのか?」

俺の服を掴んだ主が袖に手を軽く通してから、グイッと近づいて来た。

近い近い近い近い近い!

ちらりと見える胸筋はかっこいいが乳首は見えなくて少し残念…ではなくて!俺は何を考えているんだ。落ち着こう。

審神者の肌に目がいかないようにしながら着せていくと、案外ぴったりと合って目の前に自分がもう一人いるように見えた。髪の色も目の色も違うのに白が全てを溶かすように、しかしその色を引き立てるように存在していた。

首筋からゆっくりと目線を下げると先ほどまで自分自身の肌に触れていたものが相手の肌に触れていると思うととても興奮した。

「どうだ?」
「あ、ああ、なかなか似合っていると思う」
「そっか!鶴丸も着せてやるよ!」
「自分で着れる!」

構造が簡単な分、審神者の服はすんなりと着ることができ、部屋の姿見を見るととてもさっぱりした自分の姿に少しだけ驚いた。

「やっぱり鶴丸はほっそいなー。ちゃんと食ってるか?」
「だーかーらー腹をそんな優しく撫でるな!ぞわぞわする!」
「鶴丸ってみんなにけっこう優しいし、なんやかんや言って世話好きなのに俺には厳しいよなぁ」
「はぁー。自分の行動を思い返してみてくれ…。俺はもう心臓がもたん…」

深いため息と共に審神者を見ても審神者は何を言っているのかという目で俺を見ていた。

鶴丸国永はこの感情を恋慕だと知っていた。いつの日か乱藤四郎が「主ってなかなかかっこいいし、ちょっと胸がドキドキするけどこれは恋じゃないわ、憧れね」なんて、次郎太刀と居間で話していたのを聞いた時、自分もこれは憧れなのではないかと思った。そうであったらどんなに楽になれるかと。

しかし、いや、やはりと言うべきか、この感情は恋慕であった。

審神者のことで一喜一憂してしまうし、他の刀剣男士達と楽しそうに話しているのを見ると心に靄がかかった。

「なあ鶴丸、この服装みんなに見せに行こう!」

そう高らかに宣言して鶴丸国永の手を掴んだ審神者は意気揚々と部屋を出たが、その後ろで鶴丸国永は反対の手を額に当てて高ぶる気持ちを抑えていた。

居間へ続く道を歩いていると、遠くの廊下からこちらに気付いた加州清光が走って来た。

「主!さっきから探してたんだよ、ってそれ鶴丸さんの服じゃん!」
「どうだ!俺もなかなか似合うだろ!」
「うんうん!似合ってるよ!鶴丸さんが着てるのは主のだよね?俺のも着て欲しいなー!」
「わかった今度な」
「やった、約束ね!そうそう、今日俺たくさん誉とってから褒めてもらおうと思って!資材は倉庫に入れておいたよ」
「流石清光!今日の夕食のおかずはちょっと多くする!」
「ありがとー!」

加州清光と楽しそうに話している審神者の顔は、審神者の背中に立っている鶴丸国永からは見えなかった。にこにこと笑う加州清光を見るとどうしてその立ち位置が自分ではなかったのかとまた心が痛み、顔を下に向けると着ているシャツから審神者の香りがして、落ち着いた。

顔をあげると加州清光はもうおらず、審神者は三十歩ほど前で早く早くと自分を手招きしている。早く参らねばと足に力を入れた時だった。

「おや、その服は主のか?」

後ろから声をかけたのは三日月宗近である。

「ああ、そうだが?」
「そうかそうか」

そのまま手で口を覆いながらこちらをじーっとみている三日月宗近の目はとても嬉しそうに笑っている。なぜかと聞こうとしたらバタバタと審神者が袖を大きく振りながら走って来た。

「三日月ストップストップ!」
「俺は何も言ってないぞ」
「本当か?」
「本当だ。それが彼シャツか、なんて聞いてないぞ」
「それ!!それを言っちゃだめです!」

審神者は三日月宗近の肩を掴んでグラグラと揺らした。それでも口元に手を当てたままにこやかに笑っていた三日月宗近は、鶴丸国永を見ると手招きをしたので近づいて審神者に質問を投げかけた。

「なあ主、彼シャツって何だ?」
「鶴丸、さっきの話、聞いてたか?」
「ん?かれしゃつのことだろ?」
「Oh My God! あ、お前達が神か…」

審神者の手は三日月宗近の肩からずるりと落ち、その場に崩れ落ちた。

「おい主?大丈夫か?」

跪いて審神者の顔を覗き込むと青ざめた顔をしていて、これは本当に危ないのではないかと三日月を見ると、近づいた三日月はそれはそれは楽しそうな顔で審神者が着ている俺の服のフードを被せた。

「主よ、その姿はまるで白無垢だな」

その一言でがばりと顔を上げた審神者は真っ赤な顔で三日月宗近を睨みつけた。

「はっはっはっ、しかしこれでは鶴丸は彼シャツならぬ嫁シャツだなぁ」
「それ以上言うな!」

鶴丸国永は頭を傾げた。普段の自分の態度とは真逆である。審神者は鶴丸国永の顔を見ると慌ててフードを目深に被った。

この後逃げるように自室に戻った審神者が何事も無かったと言わんばかりの顔で服を着替えて鶴丸国永に服を返しに来た。

鶴丸国永が彼シャツとは何か審神者に聞いてみようとしたところ、加州清光の話を聞きつけて刀剣男士達が自分の服を着てみて欲しいと審神者の元へ押しかけてきたので、鶴丸国永が彼シャツの意味と、それをなぜ自分にさせたのか知るのはもう少し先の話である。

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柊さんへ。ありがとうございました。



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