審神者は婚活中


夏真っ盛りの蒸し暑い朝、戸を開け窓も全開になっている審神者の部屋に、気難しそうな顔をした一期一振が訪れた。朝から畑仕事をすることになっているためトップスはパーカー、ボトムスはスウェットというラフな姿ではあったが、審神者はどんな服装でも気にしない人であったため刀剣男士達は各々好きな服装をしていることが多い。

審神者の部屋の窓から入り口へ吹き抜ける風が立っている一期一振の顔に直撃し、髪がさらさらと後方に流れた。

「文…いえ、文とともに大量のお見合い写真をお持ちしました」
「それがよくお見合い写真って分かったね!」
「こう何度もありましたら覚えます」

一期一振の手の中にあるのは少しばかりの文と、たくさんの分厚い白い封筒であった。それをため息ひとつつきながら審神者の向かっていた仕事机の隅にそっと置くと一歩下がって拝跪した。

「何度もお伝え致しましたが、私達は主以外の審神者に使える気はありません。どうかご結婚は考え直していただきたい」
「でも私ももういい歳だし結婚したい。」
「こんのすけから聞きました。私達と共に居ることができるのは審神者だけであると、そして結婚をすると審神者は辞めなければならないと」
「まあ私の相手が審神者だったとしてもお互い本丸持ってるし、揉め事を防ぐためにも政府はふたりとも審神者を辞めさせるだろうね」
「でしたらなぜ」
「いやだって結婚は夢だし」

何度同じ問答を繰り返したことか。一期一振は半分諦めつつあったのだが、それでも何度も止めたかった。

主には人としての幸せを願いたいが、自分の元を離れて欲しくもない。実に子供染みた悩みごとではあるが、切実でもある。

「一期一振」
「はい」
「とりあえずまだ恋人も居ないし、それは追々考えていきましょ!」
「はぁ」

恋人ができてからでは遅いのだ。

もう駄目だ、胃がキリキリする…。

文のお届けも終わり、内番に向かうために主に背を向け、腹と頭を押さえながら主の部屋を出た。自分は今どんな顔をしているのだろう。あ、そういえば以前植えたスイカはどうなっているだろうか、最近の畑当番は長谷部殿であったし大丈夫かとは思うが、心配になってきた。

なんとか思考を主から畑のスイカへと移行させながら、自室に寄ってタオルを掴んで部屋を出ようと戸を開けた時、たまたまひょっこりと鶴丸国永が通りかかった。

「おいおい朝からなんつー顔してんだ」
「ああ、鶴丸殿。おはようございます」
「おはよう。体調悪いのか?真っ青だぞ」
「いえ、大丈夫です」

鶴丸国永は、ぽん、と一期一振の背中を手のひらで叩いた。

「なら背筋を伸ばせ。どうせ主の事だろ。お見合いだっけか」
「分かっているならなんとかしてくだされ」
「おっ、こいつは驚いた」
「何がですか」
「主は今まで何度お見合いをしたと思ってる?それなのに1つも成功してないだろ。みんなお前には感謝しているんだ。もっと主に優しくしてやれよ」
「何を仰りたいのか私にはわかりません」
「まあまあ、これからも近侍は君にしてもらいたいってことさ」
「それは主が決めることでして、」
「あーもう!とにかく君は主に尽くせばいいんだ、わかったな」
「言われなくてもそう致すつもりです」
「よろしくな!」

太陽のような笑顔でぐいぐいと一期一振の背中を押す鶴丸国永は審神者が辞めてしまう危機感はゼロらしい。以前相談を持ちかけたところ、主が変わってしまうなどありえないと言わんばかりに「まあ一期一振が折れない限りは何も心配してないさ」とケラケラと笑っていた。

「さてさて、今日は俺と畑当番だ、昼になって暑くなる前に粗方終わらせてしまおう」

畑に着くやいなや真っ先にスイカの様子を見に行く一期一振の背中を見て、鶴丸国永はくすりと笑った。

「それ、主が『夏だから食べたい』って言っていたから植えたのか?」
「え、まあ、弟達も喜ぶでしょうし」
「つくづく君は主に甘いな」
「そんなつもりはないのですがな」
「そうかいそうかい」

くすくすと笑う鶴丸国永は絵になるなと思いながら一期一振はこんこんとスイカを叩いてみたり持ち上げて重さを確かめてみたりして、納得する一つを選んで刈り取ると、納屋から持ってきた手洗の上に乗せて水道まで持って行き、真上の蛇口をひねって冷水で冷やし始めた。

その後は普段通りに収穫時となった野菜と本日の夕食に使えそうな野菜を収穫し、雑草を抜いたり畑を耕したりと、畑の手入れをしていると、もう太陽は高く登っていた。

「お昼できましたよー!」

審神者の澄んだ声が本丸に響き渡った。

一期一振は急いで水道まで向かい、スイカが冷えている事を確認すると縁側まで運び、それから手を洗い、最後に蛇口の下に頭を突っ込むとばしゃばしゃと荒く髪を洗った。

「君は本当に雑なところは雑だな」
「鶴丸殿も急がないと間に合いませんぞ」
「少しくらい汚れていたって主は気にしないと思うがな」

鶴丸国永は審神者が一期一振の髪を大層気に入っていることを知っていた。たまに髪を触っても大丈夫かと審神者に問われ、身長の届かない審神者のためにどうぞと頭を下げている一期一振は、いつの日か主と見た映画に出てきた姫と騎士のようである。

そんなことを考えていた鶴丸国永のことをさっさと置いて、スイカを抱えた一期一振は居間へ向かっていた。

ふたりが居間に着くと審神者が食事用の大きな机の上に出来上がった昼食を配膳していて、手伝っていたのであろう堀川国広がこちらに気づいた。

「あ、内番お疲れ様です」
「堀川殿も遠征お疲れ様です」

軽い挨拶を終えると一期一振は審神者の元に駆け寄り手伝いを始めた。

昼食後にみんなで食べたスイカはひんやり冷たく、審神者は大層嬉しそうな顔をしていた。






次の日、夕日が落ちる頃に一期一振が長めの遠征から帰り、審神者の部屋に向かう途中、薬研藤四郎と審神者の会話が耳に入った。

「で、今回はどうよ」
「うーん、なんかさー、現代でやったから薬研くんが想像つくか分かんないんだけど、とりあえず居心地は良くなかった。唐揚げが相手の方が多かった。」
「はっ?唐揚げ?」
「うん、唐揚げ。出されたお皿のさ、唐揚げがさ、相手の方が1個多かった。一期だったら絶対多い皿くれるのにーって思ってたら終始本丸のみんなどうしてるのかなーって考え始めちゃってお見合いどころじゃなかった」
「はははっ!」
「何で笑うのさ!」

どうやら今日行われたお見合いについて弟と話しているらしい。主はお腹はお腹が空いているのであろうか、唐揚げの話に続いて食べた食事の感想を薬研に事細やかに話し始めた。

薬研は始めこそ楽しげに笑っていたのだが、段々と腹を抱えながら笑い出し、ついにはげらげらと笑い転げ始めた。

薬研の笑い声のせいで主が何を話していたのかは分からなくなってしまった為、盗み聞きをしているつもりはなかったが、部屋に入ることにした。

「薬研、はしたないよ」
「おう兄貴おかえり」
「一期さんおかえりなさい。遠くまでありがとうございました」

優しい笑顔で迎えてくれる二人に心を緩ませながら近づくと、座っていた薬研が腕を伸ばして私の服の裾を引っ張ったので、薬研の隣に座った。

「兄貴聞いてくれよ、大将は今回もお見合い失敗したんだけどさ、また兄貴と比べてんの!」
「また?」
「ああ、兄貴は知らねぇか。大将はお見合い終わった後に毎回『一期の方がいい』って言うんだぜ」

そう言われて主を見ても軽く首を傾げて『そんなこと言っただろうか』という顔をしているし、私自身もどんな反応をすればいいのかすら分からず、呆然と主を見つめてしまった。

「はぁ、大将は兄貴とお見合いしてみたらいいんじゃねぇのか?」

薬研藤四郎がこぼしたその一言に審神者も一期一振も少し頭を捻ったが、もしもお互い、この先、ずっとずっと一緒に過ごせる日々がくるのならば、それはとても幸せなことだとふたり微笑んだ。

前サイトから移転させました。



審神者は婚活中