フラクタルプリズム


(T)
 クリスマス・イブのイブ、つまり二十三日の夕方。息が白くなるのも気に留めず開いた窓から外を眺める少女は、玉狛支部に所属しているオペレーターの蒔田由紀だ。
 数年前、はじめまして、と戸惑いの表情をしながら玉狛支部のドアから顔を覗かせた少女は小南桐絵と同じ制服を着ており、右手は肩からかけたスクールバッグを支え、左手は小南に掴まれ、ぐいぐいと引っ張られながら室内に連れられていた。そして小南は何の前触れもなく「この子を仲間にしたいの!」と宣言したのだ。あの日のことは、その場に居た全員が今も、昔も、これからも、忘れることはできないだろう。
 そんな彼女も今やしっかりとしたボーダーのオペレーターなのだが、小南が本部よりも玉狛支部で働いて欲しいと関係各所に言い回った結果、蒔田は今でもここに残り、玉狛第一の臨時オペレーター兼庶務という扱いになっている。
 そして今、あの日とあまり代わり映えのしないこの玉狛支部には迅悠一と蒔田由紀、林藤陽太郎、雷神丸しか居らず、冬の静かな夜の空気に呑まれてシンとしていた。
 窓から外を眺める蒔田と、その蒔田の背中を眺める陽太郎はとても離れた対象的な位置におり、迅がふたりを視界に入れるのは少々難しい距離だった。いつも蒔田の後ろを歩くほどに蒔田に懐いている陽太郎だったが、窓から吹き込む風の冷たさに耐え切れず離れているのだろう。
「迅さんは明日が雪かどうか、分かるんですよね。」
 突然投げかけられた些細な疑問に何も返事をしなかった迅をひと目見て、その沈黙を肯定ととった蒔田は空を見上げて「今年もホワイトクリスマスは無理そうですねぇ」と呟きながら、そっと窓を閉めると、少し離れた場所で雷神丸から暖をとっていた林藤陽太郎は、やっと窓を閉めたか、とあからさまにやれやれといった顔でストーブの電源を入れた。
「由紀ちゃん、換気はいいけど長すぎるぞ」
「ごめんね、陽太郎くん」
 その会話に陽太郎を見ていた迅は大きく頭を振って振り返り、蒔田に顔を向けた。
「えっ! 換気だったの?」
「はい、長い時間ストーブをつけたままだったので。どうかしましたか?」
 てっきり物思いに耽っていたのかと思っていたが、外を眺めていたのはストーブの換気のついでだったらしい。あのしんみりとした空気は何だったのかと言いたいところを我慢して、迅は何でもないよとソファへ移動した。
 もし由紀に明日雪が降るのか教えるならば、答えはノーだ。
 それは確定した未来で、明日の天気は晴れ。せめて雨ならば、夜に冷えて雪になったかもしれないが、それはもうありえない。そもそもホワイトクリスマスになる確率も低いのだからあまり期待しない方がいいと由紀も分かっているようだが、どうしても捨てきれない思いもあるようだった。
 会話は途切れ、それ以上特に何もすることなく、部屋が暖かくなったことで陽太郎と雷神丸はお昼寝をし、迅はぼんち揚げを食べ、蒔田は読書を始めた。
 それから程なくすると玄関の扉が開く音がして、小南の声が響く。
「ただいまー!」
 パタパタと小走りで玄関に向かう蒔田を迅はそっと見送った。

(U)
 クリスマス・イブの朝。朝早くからクリスマスパーティーの準備をしていた蒔田は、ふとクリスマス・イブは何をすればいいのか、原点に立ち返った。
 クリスマスもクリスマス・イブも玉狛支部の夕食はいつもより豪華になるが、大きな違いと言えばイブの夜に行われる夕食後のプレゼント交換がクリスマスにはないことだ。その疑問を小南に尋ねると、「そんなの楽しいことをすればいいのよ!」と言われながら、玉狛支部からは少し遠いショッピングモールへとあれよあれよと連れられて、出かけることになってしまった。
 ふたりが出かけていく様子を見送った迅は木崎と烏丸の顔を見て、声を出す。
「さて、やりますか」
 リビングの真ん中に置かれていたクリスマスグッズを手分けして配る。烏丸は窓ガラスにデコレーション用のペイントやシールを使って飾り、迅はドアや壁にリースを飾りつけながら小物をテーブルやツリーの周りに飾っていく。木崎は夕食の下準備に取り掛かり始めた。
「おお! 今年も気合入ってるねぇ〜!」
 リビングの扉から顔を覗かせたのは小南達と一緒に出かけたと思われていた宇佐美で、全員がその姿に驚いた。
「あれ? 宇佐美は小南と蒔田と一緒に出かけなかったのか?」
「大急ぎでやることがあってですね、今終わったんですよ」
 疲れました、と肩をぐるぐる回す宇佐美はその場でぐるりと三人を見て、にやりと笑った。
「迅さん、とりまるくん、今からちょっと手伝って欲しいことがあるので、お願いしてもいいですか?」
 宇佐美はこっちこっち、と手招きしながらふたりを部屋から誘い出す。
 その顔はとても楽しそうに笑っていた。

(V)
 午前中をショッピングモールで遊び尽くした小南と蒔田が玉狛支部に帰ってきたのは昼を少し過ぎた頃だった。リビングは綺麗に飾り付けられており、テーブルの上には皿が並べられている。
 出迎えた木崎は、ふたりの持つ紙袋や様々な店舗のロゴが入った袋の多さを見てやや身を引いたが、そのまま迎え入れた。
「やっと帰ったか」
「レイジさんすみません! 準備を全て任せてしまいました」
「それはいい。楽しかったか?」
「はい!」
 元気よく返事をする蒔田に微笑み返す木崎はマフラーを外そうとする蒔田を止めた。
「どうしました?」
「蒔田、服装はそのままで小南と一緒にこっちに来てくれ」
 詳しい説明もないままに、木崎に案内されふたりがやって来たのはいつもの訓練室。本当にここで合っているのかと木崎を見上げるが、木崎は表情を変えずに扉の前に立った。
「そこに置いてある長靴を履いてふたりは先に中に入っていてくれ。俺はキッチンに戻ってからもう一度ここに来る」
 そう言い残して廊下を引き返す木崎を見送り、蒔田と小南は顔を合わせた。
「桐絵ちゃん、どうする?ちょっとこわいね」
「とりあえず行くしかないじゃない……。どうせ迅達が入り口でクラッカー構えて『メリークリスマス!』って言うくらいよ。私が扉を開けるから安心しなさい。」
「ありがとう。でも長靴って何だろう……」
「さあね」
 言われるがままに長靴を履いたふたりは扉の前で再び深呼吸した。じゃあ開けるわよ、と最終確認をした小南に首を縦に振って、蒔田は小南の背中を握りしめ、くっつく。小南が自分よりも少しだけ背が高くて良かったと、自分の身長の低さについて感動したのは始めてのことだった。
 シュッと扉が横にスライドした音がして、蒔田は目を固く閉じた。
 しかし待てども何の音もせず、小南も無言のまま立ち尽くしているようだった。
 蒔田が恐る恐る目を開けると、最初に微動だにしない小南の背中が見え、何が見えているのだろうと顔を小南の体の横から出して見ると、目の前には銀世界が広がっていた。
「桐絵ちゃん……! これ……!」
 深々と降る雪は三門市全体を包み込んでいて、蒔田達は玉狛支部の屋上に立っていた。近くには見慣れた河川。遠くにはボーダー本部が見える。そして、屋上の真ん中には驚くほど大きなかまくらができていた。
「おお!ふたりとも遅かったね」
 かまくらは河川の方向に入り口が空けられていて、そこから真逆の屋上の入り口へと首をぐっと伸ばした迅がふたりに早くこっちへ、と手招きをする。その横からもさもさした頭がちらりと見えたが、迅が顔を外に出しすぎていたため、こちらを見ることができず、スッとまた中に戻っていった。
 迅はよく見るとトリオン体になっていて、寒そうにしていなかったが、かまくらのなかはほんのり明るいオレンジ色をしている。おそらく蝋燭の火があるのだろう。
「ちょっと迅! こんな楽しそうなこと何で早く教えてくれなかったのよ!」
 小南が足場の悪い雪の中を駆け抜けて、真っ直ぐにかまくらへと猛ダッシュする。
 かまくらまでは何度も人が通ったのか、道ができていたが、道以外は小南の膝より少し下あたりまで埋まってしまうほど雪が積もっていた。トリオンで作られていることは分かるが、ここまで積もらせる必要があったのかと蒔田は玉狛支部の消費トリオンを考えて少しだけ心配になった。
「桐絵ちゃん待ってよー!」
 蒔田が小南を追いかけながら雪の中へと足を踏み入れると冷たい風が肌を刺した。
 あまりの寒さに慌ててかまくらの中に入ると、ふわりと温かい空気が頬を撫でる。かまくらの中に入る体験は小南も蒔田も初めてで、先にかまくらの中に入っていた小南は目をキラキラと輝かせながら内側をペタペタと叩いていた。
 絵に描いたようなシンプルな作りのかまくらは、中央に雪でできたテーブルが作られていて、真ん中には綺麗なキャンドルが火を灯している。
「ふたりとも遅かったねぇ。ショッピングは楽しかった?」
 かまくらの一番奥に座り、みかんを剥きながらふたりに尋ねる宇佐美は満足気な顔をしている。宇佐美の隣座っていた陽太郎は、宇佐美の剥いたみかんを一房受け取っていた。
「どうだ?しおりちゃんががんばって作った『ほわいとくりすます』ってやつだ!」
「なんでアタシより陽太郎が自慢気なのよ……。かまくらができるまでストーブの前でお昼寝してたでしょ」
「むむ……。でも最後は手伝った!」
 ホワイトクリスマス。確かにホワイトクリスマスなのだが、蒔田が想像していたものはイルミネーションで輝く三門市に静かに雪が降る静かな夜であって、豪雪の中、巨大なかまくらをつくることではない。
 けれどもかまくらの入り口から見える三門市はイルミネーションや窓から漏れる部屋の明かりで柔らかく包まれていて、夜景としてはこれ以上ないほどに綺麗だった。
 蒔田と小南が楽しそうにしているところを見た烏丸はそっとかまくらから出て、雪だるまを作り始めた。表情は読み取れないが、足取りは軽やかで少しだけ口角が上がっているようにも見える。烏丸が雪だるまをつくり始めたことに気づいた陽太郎は「おれも作るぞ!」と外に出て行く。
「どうだ?」
 陽太郎と入れ違いに入り口から木崎がマグカップとお菓子のたくさん乗ったお盆を持って中に入り、お盆をテーブルの真ん中に置いた。マグカップからは薄く白い湯気が上がっている。
 木崎が入っても全く狭いと感じないほどに大きなかまくらだが、背が高い分、移動には頭をぶつけないように少し前屈みになっているところが、普段は見ることができない光景だ。
「レイジさんありがとうございます」
 ココアや紅茶、よく見れば湯呑みも混じっていて温かいお茶が入っている。
「おお! 流石レイジさん! ぼんち揚げには緑茶がよく合う!」
「迅さんおじいさんみたいです」
「えっ!」
 蒔田に言われるのは予想外だったのか、目を丸くしながら「ぼんち揚げ食べる?」とぼんち揚げの袋を差し出してきたので、蒔田はありがたくひとついただくことにした。確かにこれはココアよりも緑茶が合うかもしれない。
 小南は紅茶を手に取りビスケットをかじった。
 クリスマスよりはお正月のこたつの中のような光景になっているが、それでもみんな楽しそうだ。
「修くん達はまだですかね?」
 蒔田が宇佐美に尋ねると、うーん、と顎に手を当てて、そうだなぁ、と口を開いた。
「修くんと遊真くんは本部に個人ランク戦をしに行ったし、千佳ちゃんは出穂ちゃんと狙撃手の訓練があるって言ってたから、帰ってくるのは夕方かなぁ。それまでは雪はアタシたち玉狛第一が独り占めだよー!」
 楽しそうに笑う宇佐美につられて小南が楽しそうな顔をして立ち上がった。
「そうよ! こんなに雪があるんだから、雪合戦でもしましょうよ!」
「確かにこの雪の量はすごいよね、栞ちゃんこんなにたくさんのトリオンどうしたの?」
「あ、これ?去年からゆっくり溜めてたんだよ!由紀ちゃんがホワイトクリスマスにしたいって言ってたし、トリオンならできるかな、って!この場所の設定は夜景を含めて私のオリジナルだよー!名付けて『宇佐美特製玉狛支部屋上マップ、クリスマスの夜景付き』!綺麗でしょー!」
 どうだ、と胸を張る宇佐美に蒔田は驚いた。
 誰かが雪で遊びたいから作っただけの仮想空間とばかり思っていたが、自分のためだったとは。
 それを少し離れた場所で聞いていた迅がニヤニヤとしながら蒔田を見つめた。
「由紀ちゃん、本物の雪は降らなかったし、ここは訓練室だけど、こんなホワイトクリスマスはどう? 楽しい?」
「栞ちゃん、迅さん、ありがとうございます! とっても楽しいです!」
 お礼もいいけど、行きましょう!と蒔田の手を引っ張りながら小南が立ち上がる。
 外ではまだ少しだけ雪が振っていて、烏丸と陽太郎は大きな雪だるまを完成させていた。
「由紀ちゃんおそいぞ!」
「ごめんね、陽太郎くん。あ、雪うさぎも作ったの?」
「むむっ、失礼な!これは雷神丸だぞ!」
「ごめん……」
 蒔田のそうは見えないと言わんばかりの顔に烏丸は思わず吹き出してしまいそうになったが、なんとかポーカーフェイスを保ち、陽太郎が一生懸命に自分の作った雪だるまと雪雷神丸の素晴らしさを語る様子を見ていた。
「雪もいいが、そろそろ部屋に戻るぞ。修たちも帰ってくる」
 訓練室で、しかも夜の設定になっていた事に時間の感覚を忘れていた全員は木崎の言葉に驚いた。
 昼から雪で遊びつくした陽太郎は少し疲れた様子をしていて、雷神丸の背中にだらりと体を預けながらかまくらの前に戻ってきた。
「よしみんな、雷神丸、部屋に帰るぞー!」
 先頭を歩くゆっくりとした歩幅に合わせて、みんなが宇佐美特製の夜景を見納めながら訓練室を出た。
 リビングに戻って夕食の準備をする木崎と、それを手伝う蒔田と宇佐美。クリスマスプレゼントを交換する準備をする迅と烏丸。料理をテーブルに運ぶ小南。各々何も言葉を掛け合うことなく体が動いてしまうのは、長年一緒に過ごしてきた結果とも言えるだろう。
 準備も終盤に差し掛かった頃、三雲、空閑、雨取の三人が仲良く玉狛支部に帰ってきた。
「こんばんは、ってすごいですねこれ」
「みんなおかえり〜!」
 三雲の声に宇佐美がいつも通り出迎えると、空閑は挨拶も忘れてふむふむと興味深そうにクリスマス仕様になったリビングを見渡していた。
「昨日からすごいことになっていたが、今日はさらに飾りが増えているな」
 これは何だ、と飾りを触る空閑に雨取がおどおどしながら壊さないか見守っていた。
「さあ、みんな一緒にクリスマスパーティーしようか!」
 最後の料理を運び終えた宇佐美は、三人をぐいぐいと席へと案内した。

(W)
 夕食も食べ終わり、クリスマスプレゼント交換をしよう!と高らかに宣言した宇佐美に、三雲隊が全員目を見開いた。
「宇佐美先輩、ぼくたち何も持ってきていませんが……」
 慌てて謝罪しようとする三雲を小南が止めた。
「そんなこと気にしなくていいのよ、言い忘れてたの気づいてさっきあたしと由紀で買ってきたから」
「でも……」
「子供は気にしなくていいのよ」
「小南先輩も子供です」
「とりまる!あたしが折角いいこと言ったのにー!」
 先輩としての威厳を見せることができたと喜んでいた小南に水を差した烏丸は無表情でぽかぽかと叩かれていた。その様子を三雲は困ったと眉を下げながら迅を見る。
「大丈夫だよメガネくん。ね、由紀ちゃん」
「そうだよ修くん。私達がプレゼント交換したくて買ってきたんだから!それにほら、遊真くんはやりたそうにプレゼントの中身を予想してるよ」
 プレゼント交換のやり方を宇佐美に教えてもらいながら、用意されたプレゼントの山を見て中身が何かを考えている空閑は、箱が大きい一番を狙いたいな、と意気込んでいた。
「オサム、善意は受け取るものだぞ。やろう」
 空閑の声に続いて宇佐美が割り箸の先を握ったものぐいっと三雲の前に差し出した。
「この割り箸の先に書いてある番号のプレゼントを取ってねぇ〜」
「栞ちゃん、それ王様ゲームみたいだね……」
 確か去年はブラインドボックスに入れたくじだったような、と思い返す蒔田に宇佐美はメガネを光らせて答えた。
「さっすが由紀ちゃん! そうです! この後王様ゲームをしようと思って、それを流用しました!」
「えー! 聞いてないよ!」
「由紀ちゃんは苦手そうだったから言いませんでした!」
「ひどい!」
 宇佐美と蒔田が会話を続ける中、みんなはそれぞれくじを引いていく。
 空閑は希望通りの一番大きな箱の番号を引き、目を輝かせていた。
「みんなプレゼントは持った?じゃあ開けてみよう!」
 宇佐美の声でみんな一斉に箱や袋を開け始めた。
 蒔田の手元に来たプレゼントは薄い水色のとてもフワフワしたタオルだった。見るからに品質の良さそうなタオルに思わず顔を埋めると、烏丸がじっとこちらを見ていた。
「もしかしてこれとりまるくんのだった?」
「はい。気に入っていただけたのなら良かったです」
 タオルというチョイスに少し驚いたが、実用性もあり、男女共に使えるものを選んだところが烏丸らしいと蒔田は思ったが、品の良さそうなタオルを前に少しだけ彼の経済事情を心配したことは内緒にしておこうと心に誓った。
「これ迅さんでしょう」
 みんながそれぞれプレゼントを喜んで受け取っている中、唇を尖らせてプレゼントを突き出す空閑に何事かと全員が空閑に視線を向けると、その箱には大きく『ぼんち揚げ』と書かれており、文字の通り箱のなかにも大量のぼんち揚げが入っている。
「それ迅さんの部屋にもたくさんあるやつ……」
 思わず蒔田がそれを口にしたが、迅は少しだけ不思議そうな顔をした。
「あれ? ダメ? 喜ぶと思ったのに」
「迅さん未来見えてたでしょ」
「いや、こればかりは弁解させて欲しい! 本当に見えなかった!」
 訝しげな表情で見つめる蒔田に弁解を試みる迅だったが、ぼんち揚げの箱を迅の腹に押し付けて迫る遊真に押されてどんどん離れていく。
「おおお落ち着こう、遊真は何が欲しかったんだ?」
 思わず聞いてしまった迅は少しだけ後悔した。空閑が欲しいものが簡単に手に入れられるものでないことはこの場にいる全員が知っていることで、ここで聞くことでもなかった。急いで話を戻そうと頭をフル回転させる迅に、空閑が何ともないように口を開いた。
「そうだな。すぐには思いつかない。だからこれは迅さんにあげるよ」
 予想もしていなかった答えに全員が首を傾げた。
「だってこれを食べている迅さんは楽しそうだからね。おれはみんなが笑顔ならそれでいいや」
 ああそうか、と蒔田は思った。遊真くんはプレゼントに期待をしていたのではなく、箱を開ける瞬間に期待していたのだろう。
 まだこの世界のことをあまり知らない遊真くんは、大きな箱の中から何かまた、自分の知らない面白いものが出てくるのだろうと無意識に期待してわくわくしていたに違いない。
 きっと来年になれば遊真くんはもっとたくさんの事を見て、知って、覚えていくのだろう。それでも毎年、おどろくようなプレゼントを用意してあげたい。この世界は想像以上に広くて、今日私が初めて経験した雪のように、新しいことをたくさん吸収して、キラキラと瞳を輝かせていて欲しい。
「由紀! 何ぼーっとしてるの! ゲームするわよ! ゲーム!」
「ごめん桐絵ちゃん、すぐ行く!」
 いつの間にかプレゼントは机の上に置かれていて、みんなは少し離れた位置でわいわいと何かを準備している。
 床に広げられたオセロや人生ゲームやツイスターやジェンガや、小南で見えない部分にもたくさん用意されているであろうパーティーゲームを見て蒔田は今夜は長くなりそうだと小南に笑いかけた。

パーティーはこれから様に提出。ありがとうございました。



フラクタルプリズム