呼吸する宝石

男主×嵐山

床に敷いたクッションの上に座り、ローテーブルの上のパソコンをカタカタと軽快な音をたてていると思うと、たまに唸りながら書いた文字を消す作業を繰り返している由紀さんの背中を俺は静かに見守っていた。

「由紀さん、大丈夫ですか?」
「ごめんな」

それしか言わない由紀さんはパソコンのディスプレイとにらめっこしたまま顔をこちらに向けること無く手を伸ばし、俺の頭をぐりぐりと撫でる。

由紀さんのクリスマスは当日もイブも仕事で、平日だし、成人している社会人としては当たり前のような気もするのだけれど、帰宅はいつも0時を過ぎていた。メッセージアプリに届く「ただいま」「メリークリスマス」の文字を指でなぞっても何も嬉しくない。「会いたい」と送信しても「年末は忙しいんだ、ごめんな」と返された。世間でよく聞くブラックではないかと思うけれど、俺が知らないだけで0時まで仕事をするのは当たり前なのかもしれない。

付き合って初めてのクリスマスのはずだったのにな。

過ぎ去ったカレンダーの日付を見送って、26日。イブもクリスマスも由紀さんと会えなかった俺は任務が終わるとすぐに由紀さんの家に行き、マンションの入り口に立って待っていた。他の住人の後ろに付いてオートロックをくぐり抜けようか何度も迷ったところで止めて、寒空の下、ひたすら待ち人を待った。

連絡をしようと思ったけれど、待っていることを伝えたら帰れと言われそうでこわかった。

0時までは待とうと決めていたけれど、20時を少し過ぎた時間に由紀さんは帰宅して、マンションの入り口に立つ俺を見て顔を歪ませた。

どうやら俺は失敗したらしい。

だからひとこと「元気そうで良かった!」と言って去ろうとしたら、無言で腕を掴まれてズルズルと部屋まで案内された。

風邪をひいたら困ると言いながら乱暴に洗い立ての香りがするタオルとシャツを渡されて、脱衣所に放り込まれた俺はシャワーを浴びて、由紀さんの服を着て、今に至る。

時刻は22時48分。

床に座ったままパソコンに向ってる由紀さんの背中に思い切って抱きついてみた。

由紀さんの体は驚くほど冷たくて、知らないタバコのにおいと、整髪料と、少しだけ汗の香りがする。

「由紀さん。俺、由紀さんが好きです」

そう言うと由紀さんの体がピクリと動いて、俺の視界が反転した。

背中が痛い。天井で明るく輝く蛍光灯を隠すように俺の上に覆い被さる由紀さんの瞳孔は開ききっていて、目の下には薄い隈、瞳には薄く涙の幕が張っている。ギラギラとした瞳が俺を見下ろした。

「あ、その、ごめん。俺、今気が立ってて。仕事がうまくいかなくて、どうしていいか分からなくて、准に優しくできそうになくて、クリスマスも仕事、頑張ったのに終わらなくて、今も終わらなくて、でも准に会いたくて、仕事持ち帰ってみたんだけど、そうしたら家の前に准がいて、突き放してたって、やっと気づいて、本当に、ごめん」

由紀さんの口からこぼれ落ちる言葉はまるで悲痛な叫び声のようで、ああ、追いつめられていたのか、と俺はやっと理解した。

「由紀さん、俺、ちゃんと待ってますから。だから急がないでください」

由紀さんの頭が揺れて、蛍光灯の光が俺の目を差す。その光が眩しくて、少し上半身を持ち上げて由紀さんの首に腕を回して抱きついた。肩に顔を[うず]めると俺の肩が濡れた。

「ごめん、ごめん。優しくするから、だから、」
「はい、抱いてください」
「なっ、……あれ?准、顔真っ赤」
「由紀さんも顔ぐちゃぐちゃですよ」

優しい笑顔に戻った由紀さんは上から噛みつくようなキスをしてきた。キスすら久しぶりだったのに激しくて、優しい顔しているのに余裕なさそうだ。ぞくぞくする。でも今は駄目。

「由紀さん、」
「何?」
「おしごと、終わってからですよ」
「准は真面目だな」
「俺はご褒美です」
「言うようになったな」

またパソコンに向って仕事をしながら俺の頭をぐりぐり撫でる由紀さんの仕事が終わるように、俺はコーヒーを煎れようと立ち上がった。



For Shousei 20151227
嵐山は輝く宝石なので周りがくすんで見えそうですが、本当は嵐山は周りを明るく輝かせる宝石だと思います。
祥星さん、遅くなりましたがメリークリスマス!大好きです!



呼吸する宝石